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『声を覚えられた話』  作者: 普通


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7/7

第7話 それは、年を越えなかった

年末まで、あと十日。

その間に、三つのことが起きた。

順番に書く。

———

一つ目は、○○からの連絡だ。

———

社会人一年目の同期で、東北出身の、変な知識を持っている奴。

心霊スポットに一緒に行った、あの○○だ。

卒業後も細く連絡は続いていたが、ここ数ヶ月は互いに忙しくて、やり取りが途絶えていた。

その○○から、メッセージが来た。

———

『最近、どうしてる。なんか変なことない?』

———

俺は、画面を見つめた。

タイミングが、良すぎた。

———

本物か確認したかった。

でも方法が分からなかった。

二人しか知らないような話を振るか。

でも、向こうが俺の記憶にある程度アクセスできるなら、それも意味がない。

———

結局、俺は一日返信しなかった。

———

翌日、また来た。

『無視してる? なんか心配で』

———

心配、という言葉が気になった。

なぜ心配しているのか。

———

俺は短く返した。

『なんで心配してるの』

———

すぐに返ってきた。

『夢に出てきたから。お前が困ってる夢』

———

俺は、また止まった。

夢に出てきた、と言った。

向こうが俺の夢に入ってきたことは知っている。

でも今度は逆だ。

○○の夢に、俺が出てきた。

———

これは、どういう意味があるのか。

俺のことが○○に伝わった?

それとも、○○を経由して俺に接触しようとしている?

———

判断できなかった。

俺は返信した。

『少し変なことはあったけど、今は落ち着いてる』

『心配かけてごめん』

———

○○からの返信は、こうだった。

『そうか。でも気をつけろよ。あの場所、やっぱりまずかったと思う。俺も少し、変なことあったから』

———

俺は、その一文を何度も読んだ。

———

『○○も変なことあったの』と返したら、既読がついたまま、返信は来なかった。

今も来ていない。

———

———

二つ目は、神社の老人からだった。

———

直接来た。

夜の八時過ぎに、インターフォンが鳴った。

モニターに映った老人の顔を、俺は三十秒確認した。

田中さんに教わった確認の仕方で。

———

老人だった。本物だと判断して、ドアを開けた。

———

老人は部屋には入らなかった。

廊下で、短く言った。

「お札の期限が、思ったより早い」

———

「どのくらいですか」

「年内、もつかどうか」

———

俺は頷いた。予想はしていた。

「新しいものを持ってきた」

老人は封筒を差し出した。

「ただし、これは一時的なものだ。根本的な解決にはならない」

———

「根本的な解決というのは」

老人は少し考えてから言った。

「向こうが持っているものを、向こうが手放すことだ」

———

「手放させる方法は?」

老人は首を振った。

「向こうが自分から手放す理由を作るしかない」

「俺には、その方法が分からない」

———

老人は帰り際、一つだけ付け加えた。

「田中という人のことだが」

俺は顔を上げた。

「その人は、お前より長くこれを抱えている」

「お前の問題が解決しても、その人の問題は別だ」

「混同するな」

———

老人は、それだけ言って帰った。

———

俺は新しいお札を玄関に貼った。

古いお札は、老人に言われた通り、白い紙に包んで捨てた。

———

———

三つ目は、大晦日の夜に起きた。

———

これが、一番大事な話だ。

———

大晦日、俺は一人で部屋にいた。

友人に誘われていたが、断った。

理由は言えなかった。

ただ、年越しの瞬間を、誰かと一緒にいることが正しいのか分からなかった。

お札の期限が年内ということは、年を越えた瞬間に何かが変わるかもしれない。

その時に、他人を巻き込みたくなかった。

———

夜十一時を過ぎた頃、俺はこたつに入ってテレビを見ていた。

音量は小さくした。

声を出さないようにしながら、でも完全な無音も嫌で、テレビをつけていた。

———

十一時半頃、スマホが鳴った。

田中さんからだった。

メッセージだった。

———

『今夜、何かあっても外に出るな。声を出すな。年が明けてから三十分は、動くな。』

———

俺は頷きながら読んだ。

返信しなかった。田中さんの指示通りに。

———

日付が変わる十分前から、俺は正直に言うと怖かった。

何が起きるか分からない怖さと、もしかしたら何も起きないかもしれないという希望が、交互に来た。

———

零時、五分前。

———

テレビの中で、カウントダウンが始まった。

俺はテレビの音を消した。

完全な無音の中で、スマホの時計を見た。

———

零時、一分前。

———

静かだった。

部屋の中に、何もなかった。

染みも、音も、気配も。

———

零時。

———

年が、明けた。

———

何も起きなかった。

———

俺はこたつの中で、膝を抱えて、時計を見ていた。

一分経った。

五分経った。

———

何も、起きなかった。

———

十分が経った頃、少し息を抜いた。

拍子抜けするくらい、普通だった。

———

その時。

———

ドアが、鳴った。

———

ノックだった。

三回。

———

俺は動かなかった。

田中さんのメッセージを思い出した。

『年が明けてから三十分は、動くな』

まだ十分しか経っていない。

———

もう一度、三回。

———

俺は、こたつの中で固まっていた。

———

三度目は、なかった。

———

二十分が経った。

三十分が経った。

———

俺は立ち上がって、ドアスコープを覗いた。

廊下に、誰もいなかった。

———

そのまま、また座った。

———

何も起きなかった。

それが答えだと思った。

年を越えても、お札は持った。

田中さんの言っていた「期限」は、今夜ではなかった。

あるいは、何かがあったけれど、届かなかった。

———

そう思って、布団に入った。

———

眠れなかった。

でも、怖くはなかった。

ただ、静かに天井を見ていた。

———

夜明け前に、少し眠った。

———

目が覚めたら、元日の朝だった。

初日の出は見えなかったが、窓から光が入っていた。

———

スマホを見たら、田中さんからメッセージが来ていた。

朝の五時に送られていた。

———

『無事か』

———

俺は返信した。

『無事です。ノックがありましたが、出ませんでした』

———

すぐに返ってきた。

———

『それで正解だ。ノックは向こうじゃない。』

———

俺は、その一文を読んで、少し混乱した。

向こうじゃない?

じゃあ、誰だ。

———

続きが来た。

———

『俺だ。確認しに行った。お前が出なくて良かった。出ていたら、俺じゃないものと鉢合わせていた可能性があった。』

———

田中さんが来ていた。

俺が出なかったから、俺は知らなかったけれど。

年越しの瞬間に、田中さんが廊下にいた。

———

俺は、その事実をしばらく噛み締めた。

———

『ありがとうございました』と返した。

返信はなかった。

———

それが、年末年始に起きた三つのことだ。

———

———

一月に入って、生活は戻った。

仕事が始まって、また残業が増えて、疲れて帰る日々。

———

変化は、二つあった。

———

一つは、部屋が軽くなったことだ。

うまく言えないが、空気が違う。

あの「重さ」が、完全にではないが、薄れた。

眠れるようになった。夢を見ても、普通の夢だった。

———

もう一つは、自分の声が少し変わった気がすることだ。

———

気のせいかもしれない。

でも、録音した自分の声を聞いた時、「あ、変わったな」と思う瞬間があった。

風邪をひいたわけでも、歳を取ったわけでも、たぶんない。

田中さんの言っていた「感情で変わることがある」という言葉を思い出した。

年末に感じた怖さや、静けさや、一人で年を越した夜の何かが、少し変えたのかもしれない。

———

向こうが持っている声と、今の俺の声が、少しだけ違うものになったとしたら。

———

それは、いいことだと思った。

———

———

二月の初め。

田中さんから久しぶりに連絡が来た。

メッセージではなく、電話だった。

出た。

———

「一つ、聞いていいか」

「どうぞ」

「最近、誰かに名前を呼ばれて振り向くことがあるか」

———

俺は考えた。

———

なかった。

———

「ないです」

———

田中さんは少し間を置いた。

「そうか」

———

「それは、いいことですか」

「ああ」

田中さんの声が、少しだけ、柔らかかった。

「呼ばなくなったということだ」

———

電話はそれだけで終わった。

———

俺はスマホを机に置いて、窓の外を見た。

二月の空は、白くて、寒そうで、でも明るかった。

———

終わったとは言えない。

田中さんはまだ続いている。

○○から返信は来ていない。

神社の老人のお札は、また期限が来る。

向こうは俺の声を、まだ持っているかもしれない。

———

それでも。

———

名前を呼ばれなくなった。

それだけで、十分だと思った。

———

この話を書き始めたのは、自分の整理のためだ。

誰かに伝えたかったわけじゃない。

でも書いていたら、いつの間にか長くなった。

———

最後に、一つだけ言っておく。

———

心霊スポットに行くなとは言わない。

行っても、何も起きないことの方が多い。

俺だって、あの夜は何も起きなかったと思って帰った。

———

ただ。

———

「何も起きなかった」と思っている時に、すでに始まっている場合がある。

———

あの小屋の前で感じた悲しさを、俺は「気のせい」だと思った。

でもあれが、全部の始まりだった。

———

気のせいだと思ったものを、もう一度だけ振り返ってみてほしい。

———

特に、感情だ。

理由のない感情。

唐突な悲しさ、根拠のない恐怖、説明できない懐かしさ。

———

その感情が、本当に自分のものかどうか。

———

———

田中さんとは、今も時々連絡を取っている。

会うことはない。声を聞くこともない。

メッセージだけのやり取りだ。

それが、今の俺たちにとっての正しい距離感だと思っている。

———

○○からは、まだ返信がない。

———

神社にはまた行くつもりだ。

お礼を言いに。

それと、もう少し話を聞きに。

老人が、まだそこにいれば。

———

中村が本物だったかどうか、確かめる方法は、まだない。

今でも少し、怖い。

———

封筒は、まだ持っている。

———

『まだ、終わっていない。でも、一人じゃない』

———

この言葉が誰のものか、答えはまだ出ていない。

でも、一人じゃなかったことは、本当だった。

———

———

これで、一旦終わりにする。

———

「一旦」と書いたのは、本当にそういう意味だ。

終わっていないから。

何かあれば、また書く。

何もなければ、このまま続きはない。

———

それが一番いい結末だと、俺は思っている。

最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。

これが実際にあったことかどうかについては、答えません。答えない方がいい話というのが、世の中にはあると思っています。

ただ一つだけ言えるのは、書きながら何度か手が止まったということです。思い出したくない場面があったのか、作っていて怖くなったのか、それも答えません。

七話で「一旦終わり」と書きました。本当に一旦です。田中さんのことも、○○のことも、中村が本物だったかどうかも、まだ決着がついていない。続きを書くとしたら、何かが動いた時です。何も動かなければ、このままです。それが一番いい、とも書きました。本心です。

怖い話を読む時、人はたぶん、自分の日常と地続きかどうかを確かめています。これは遠い話だ、自分には関係ない、と確認したくて読む。でも時々、読み終えた後に「あの時の感情、本当に自分のものだったか」と思う瞬間がある。

そういう瞬間が一度でもあったなら、この話を書いた意味があります。

また書く日が来たら、ここに戻ってきます。

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