39、子爵邸襲撃
ソルビエは紙袋を持ってジャンの家に来ていた。髪をまとめて帽子をかぶり、黒いズボンにジャケットを着て、男の格好をしている。
私は家に入ると、帽子を取った。
「目立つ格好では来れなくなったからね」
「エレのことは新聞で見たよ」
やっぱり……来て良かった。私は紙袋からワインを取り出した。
「上手くいったから、これで、お互いに楽ができるわ。お祝いしましょ! クイーンはワインならたくさんあるわ」
「お! いいね。俺も住めるかな?」
「そのうちね」
コップにワインを注いで、先に飲んだ。
「あ~、おいしい!」
それを見て、ジャンも上機嫌で飲んだ。紙袋からケーキの箱を取り出した。
「うちのシェフに作ってもらったケーキよ。とってもおいしいの!」
中には丸いクリームケーキが二つ入っている。上には粉砂糖がかかって、固めの生地の間にはクリームがたっぷり入っている。見るからにおいしそうだ。
ジャンのほうにはクリームに、メホタスをたっぷりと振りかけてある。小皿に乗せて、ジャンに出した。
「うまそうだ!」
酒に酔い始めたジャンは、疑いもせずに食べた。ジャンはすぐに気を失い、テーブルに倒れた。私はニヤリとした。上手くいった!
食べかけのケーキを箱にしまい、ワインも栓をして紙袋に戻した。ジャンの口元と、手に付いたクリームを拭き取とり、使ったコップと皿を洗うと拭いて棚にしまった。
食器カゴからマグカップを取り出して流し台の上に置き、コンロに火をつけて、空のヤカンを置いた。コンロの火元に、フキンを置いておく。
ジャンはしばらくは目が覚めない。私は家から立ち去った。
歩いて自分のアパートに戻ると、服を着替える。着ていた服をクローゼットにかけて、紙袋を持って部屋を出ると、馬車を待たせてあるところまで行き馬車に乗った。
「火事だ!」
馬車の中でその声を聞いて、私は満足した。馬車でクイーンの屋敷に帰った。
ソルビエの隣には、中デビルが細くなって座っていた。
翌日、私は朝食を食べながら新聞を読んだ。モントルの平民居住区の火事の記事があった。住民の早期発見により火は消し止められたが、火元の部屋に住む、恋人と二人暮らしの男性が死亡したと書いてあった。
私はニヤリとしてエレに言った。
「ジャンが死んだわ」
「そうなの!」
エレも明るい表情をした。
(こうやって、邪魔者を消していけばいいのよね。
——それなら、第一王子を消せば、私が王妃になれるってことよね。素敵だわ!)
ピニオンは執務室で新聞を見ていた。
「恋人と二人暮らしの男性は」ジャンのことだろう。間に合わなかったのね……。エビはとうとう恐ろしいことをしてしまった。ジャンを殺したのは、薬を使った計画を知っていたからだろう。
証拠を消していってるのかもしれない。メアリーは警備署でも調書を取られているけれど、証言書がないと覆されることがあるかもしれない。私はマイクに聞いた。
「メアリーの証言書はどこに保管してあるの?」
「銀行の貸金庫でございます」
「そう」
ここにないほうがいいわね。
「衛兵に、エラかソルビエ、もしくは不審人物に注意してと言ってちょうだい。他の使用人にも身の回りのことに注意してと伝えて」
「かしこまりました」
屋敷はピリピリした雰囲気に包まれた。
午後になって、仕事に身が入らなかった。ふー、気が散ってダメだわ。馬にでも乗ろうかしら?
窓の外を見ていると、エラが馬車で来たのが見えた! エラは何のためらいもなく敷地を超えた。まずいわ!
衛兵がエラを槍で牽制すると、エラは手を前に出した。衛兵はその場に力なく膝を曲げて倒れた。その衛兵の襟をつかむと、引きずって屋敷に向かってきた。
なんて力なの! 普通じゃないわ。サルティーが力を貸しているのね!
私は慌てて部屋から出た。出くわしたメイドたちに声をかける。
「みんなに裏口から外に出るように言って! エラが悪魔に憑りつかれて、襲撃に来たわ!」
『!』
「わ、分かりました!」
メイドたちは慌てて炊事場の方へ向かった。
玄関ホールでは、マイクとクラウディオ、コンラッドがエレオノーラと対峙していた。マイクが声を出す。
「エレオノーラ、やめるんだ!」
「黙りなさい」
エレオノーラは引きずってきた衛兵を三人の前に軽々と投げた。手には炎を出している。
(魔法!? この屋敷を燃やす気なのか!?)
マイクは驚愕した。エレオノーラが、手を出すと三人は意識を失って倒れた。
「きゃあー!!!」
それを後ろで見ていた、メイドが悲鳴を上げて逃げる。
「逃がさないわよ。全員燃やすのだから」
エレオノーラがメイドに向かって手を出すと、そのメイドも意識を失って倒れた。
玄関のほうから悲鳴が聞こえた。ピニオンが到着する。
「エラ!」
「ピニオン、エラと呼ばないで!」
エラの目は真っ赤で、瞳は黒だった。サルティーの色だわ。エラの頬はサルティーと同じように左右二つずつ赤く裂けていた。
「メアリーの証言書はどこなの?」
「こっちに来なさい」
私は応接室に向かった。部屋に入れば、使用人がその間に逃げられるだろう。倒れているみんなからも離れられる。二人で部屋に入った。私は振り返って言った。
「証言書はここにはないわ」
「どこにあるの?」
言えばそこを襲う気なの!? それなら言うわけにはいかない。
「こんなことをしたらもう、逃げられないわよ」
「大丈夫よ。みんな一人残らず消すから」
「そんなことできるわけないでしょ」
「じゃあ、あなたから殺すわ。その前に、証言書がどこにあるのか言いなさい」
エラが私に迫って、炎を顔に近づけてきた。エラの顔の裂けめの中に、アーヴィンとサンディのような人影が、うろのような目から涙を流して叫んでいる姿が見えた。取り込まれた人たちが中にいるんだわ。——どうすればいいの!?
『あいつが来た』
「誰?」
サルティーの声が話して、私がとっさに聞いた。
「カイゼルだ」
「伯爵は、巡回に行ったはずよ!」
エラが叫ぶ。
「サルティー、私の体を使いなさい。この女だと伯爵に刺されて終わりよ!」
『そうだな。あいつは、お前を殺せない』
サルティーが私の体の中に入ってきた。中に取り込まれた人たちの嘆きが聞こえてくる。前入ってきたときよりエネルギーがとても強いわ。私の瞳も黒くなって、白目の部分は赤くなっているだろう……。
エラは正気に戻った。力が抜けて床に座り込む。自分が起こした事態に動揺しているようだ。私はエラに冷たく言った。
「あなたは、もう終わりよ」
エラは私の姿に恐れをなしていた。あー、スッキリした!
『お前の役目はこれからだ』
おっと、そうだった。ここでサルティーが私から抜けて、またエラに入ったら終わりだわ。
伯爵が応接室に入ってきた。本当に来た。どうしてここにいるのかしら?
「大丈夫か?」
伯爵は私の姿に少し驚いていた。
「悪魔を取り込んだのか……」
「そうよ」
私は不敵に笑うと伯爵に近づいた。体は浮いていて、目線が近い。私の禍々しい空気に、伯爵は少し顔をしかめた。
サルティーは思い違いをしている。伯爵は、悪魔に憑りつかれた人間を容赦しない。人を殺しても悪魔は生き残る。このままだと、私だけが刺されて死ぬ。
伯爵に殺されるのかと思うと、惨めで涙が出てきた。
『あ! こら、泣くな!』
サルティーが怒っている。伯爵が私を見つめて、静かに聞いてきた。
「なぜ泣いている?」
「あなたに殺されると思うと悲しいの……」
涙が頬を伝うと、体が熱くなり光った。
『あ!』
サルティーが声を上げると、体から出て行くのが分かった。
元に戻ったわ。なぜだろう……? 私は床に降りたが、力が入らなかった。そのまま意識が遠のいた。
カイゼルはピニオンを受け止めた。サルティーは黒い靄になっていた。怒った声だけがする。
『だから、泣くなって言っただろ!』
(涙で浄化されたんだな)
ピニオンを優しく抱きしめると、目をつむってピニオンの頭に顔を寄せた。
「私がお前を殺すわけないだろ」
『やっぱりな!』
サルティーがフンッと、勝ち誇った感じで言った。
(サルティーは、浄化されて力を使い果たしたようだな)
カイゼルは、サルティーに向かって指をはじいた。
『あぁぁ~』
光がはじけて、サルティーはその場から消えた。
外から声が聞こえる。サルティーの魔法が解けたのだ。
「お嬢様! どこですか!?」
マイクの声がする。カイゼルは答えた。
「ここだ!」
応接室にマイクとコンラッドが入ってきた。クラウディオも廊下にいた。カイゼルが指示を出した。
「ピニオンは無事だ。その女にはもう悪魔は憑いていない。その女から指輪を外してくれ」
「分かりました」
マイクがエレオノーラから指輪を抜き取った。
「待って、その指輪は返して!」
エレオノーラは抵抗する力がなく座ったまますがるだけだった。マイクは無視して、カイゼルに指輪を渡した。
カイゼルは指輪を右手で受け取ると、光魔法を使った。指輪が輝き、スミレの精は回復してまた眠りについた。カイゼルはそれを確認すると指輪をポケットに入れた。そして、冷たくエレオノーラを見て言った。
「その女を縛って、警備署に連行しろ」
「やめて、違うの! 私じゃない。ピニオンに悪魔が憑いていたのよ!」
コンラッドが、エレオノーラを縛って廊下に連れ出した。マイクも後に続き、カイゼルもピニオンを抱きかかえて部屋を出た。




