38、エラ再び
マクレガー子爵邸の塀の前に馬車が着いた。中からエレオノーラが日傘を持って降りた。
「お嬢様! 大変です! エラが現れました!」
執務室にワンスが駆け込んできた。何ですって!? 私は驚いた。急いで門まで行くと、エラが一人で門の外に立っていた。門は日中開けてある。
久しぶりに会ったエラは、前よりきれいになった気がする。ふんわりした薄紫のきれいな服を着て、日傘をさして微笑んでいた。
城にいるんじゃないの? ……なんだろう、すごく怖いわ。
「あなた、ここに入ったら捕まるのよ。分かってるの?」
「ええ、だから外にいるでしょ。
これを見て、スミレの指輪よ。あなたなら分かるでしょ」
エラは左手を掲げて、薬指にはめた指輪を自慢げに見せた。王子、あの指輪を送ったのね! なんて馬鹿なの……エラは王子が思っているような女じゃない。
『苦しい……助けて……』
あれ、声がする。まさか、
「その声、スミレの精じゃないの?」
「そうよ。最近はめるとうるさいから、してないの。でも今日はあなたに見せるために付けてきたのよ」
エラは嫌そうに、指輪を手で隠した。スミレの精が弱っているの?
「エレ!」
そこへ、馬に乗った王子がやって来た。馬から降りるとエラに駆け寄って、肩に手を置いた。随分親しげだわ!
「ここは危ないだろ」
「ええ、そうね。でも懐かしくて立ち寄ったら、ピニオンに追い払われたわ」
エラはがっかりした顔をした。そりゃそうでしょうよ。領主代理なんで。エラは王子の前では違う顔を見せているのね。王子よ、その女はあんたが最も嫌いなタイプの女なのよ。自分で気づけ! 私が言っても信じないだろうから。
「この女に近寄ったらダメだ。不幸になる噂は本当だ」
そりゃどうも! さっさと帰って! そこに反対側から、伯爵が馬に乗って現れた。馬から降りて二人に話しかけた。
「どうした? ここで」
「やあ、カイ。朝、クイーンの屋敷に行ったら、エレがここに行ったと聞いて、慌てて追いかけてきたんだ。
昨日モントルの屋敷に泊まらせてもらったが、いなかったな」
「ああ、用事で出ていた。帰るついでにここに寄ったが、……ちょうど良かった。
私はこの後しばらく巡回に出るから、ステンに伝えようと思っていた」
「分かった。私もすぐに城に戻らねばならない」
(巡回に出たら、しばらくは戻ってこないわよね! いいことを聞いたわ!)
伯爵は特にこの状況を気にしていないようだ……。エラはなんかうれしそうにしている。
「私は今、クイーンの屋敷に住んでいるの。じゃあね」
エラはそう言うと、二人は帰って行った。何ですって!? 隣に! 隣は王家が管轄しているから、王子が住まわせたのね。近づいていることに、なんだかゾッとした。伯爵は馬を引いて中に入ってきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ。あの女、私を挑発に来たんです! どういうことですか? 城に住んでいたのに?」
「両陛下があの親子の素性を知って、追い出されたんだ。王子がクイーンを管理することを申し出て、親子を住まわせた」
そんな! あの馬鹿王子が!
「王子はエラの性格に、全く気がついていないみたいですね」
「そうだな」(女に免疫がないせいだな……)「ステンもあの性格だから言っても無駄だ」
伯爵も呆れていた。馬を馬番に預け、私たちは中に入って応接室で話をした。
「エラが、王子の大事にしていたスミレの指輪を見せたんです」
「その指輪のことは知っている。あの女は舞踏会に指輪を付けて出ていたぞ」
何ですって!? エラが社交界デビューしたの!?
「エラはやる気がなくてダンスが上達しなかったって、ワンスから聞きましたよ」
「そうなのか? 普通に踊れていたぞ」
「え?」
どういうこと?
「さっき、スミレの精が弱っていました。何ででしょう?」
「! それは、おかしいな。普通、付けただけでは変化しない」
『それはだな、私のせいだ!』
宙から、白地に耳や顔の一部が濃いグレーの猫が現れた。
「その声は、サルティー!? 呼ばれなくても来るんじゃないの!」
『聞かれたから来ただけだ。久しぶりだな!』
テーブルの上に座ると、手をなめ始めた。
「またかわいい猫に憑りついたのね」
『当たり前だろう! こいつに踏みつぶされたくないからな!』
猫なのに器用に、伯爵を手でビシッと差した。
「さっきのどういうことなの?」
『私が、精霊の力をあの女に流したからだ』
「もしかしてそれで、ダンスが踊れたの?」
『そうだな。王子がいない時は私も力を貸している。いる時は精霊の力を借りている』
え? それって……私は悪魔崇拝事件のことを聞いた。
「悪魔教の集会に現れたのよね。そのときに指名したのはアーヴィンだったって」
『それは、あの親子を逃がすための嘘だ。王子が近づいていたからな、二人は引き合っていたので、会わせたのだ!』
『!』
私たちは驚いた。確かに王子は、きれいな平民女性を探していた。エレも貴族になりたがっていた。
『上手くいっただろ! あいつも聖騎士で気に食わん奴だからな』
「それは、否定しない」
私はサルティーに言った。サルティーはニヤリとした。
『お前とは気が合うな!』
「そうね」
「おい!」
伯爵は私を窘めた。私はムッとする。
「王子は私を疑っていましたからね。それに悪魔が悪いわけではありません」
「その考えが、悪魔崇拝だ」
「え!?」
伯爵は厳しい目をして、そう言った。私はドキッとして、思わず口元に手を近づけた。私、そうなの? ……いいえ、そういう意味で言ったんじゃないもの。
私はキッと伯爵を睨んだ。
「それは違います! 私は悪魔を崇拝しているわけではありません!
神学の授業でも言っていました。悪魔は人の負の心から生まれるんです。悪いのは人のほうです!」
「……」
伯爵は私の強い反論に目を見張った。それから、黙って席を立つと、部屋を出て行った。
あれ? 私はサルティーに聞いた。
「もしかして私たち、今、ケンカしましたか?」
『そうだな』
サルティーは横目で私をチロリと見てそう言った。こうなってしまっては、仕方がない。伯爵も私を疑っているからな。
サルティーに気になっていることを質問した。
「悪魔は生贄を必要としないと聞いたけど、それは本当なの?」
『そうだ。血や肉などの死骸や物は我々には意味がない。我々に必要なのは負の心だ。
汚れたものを捧げれば、悪霊が来て操られるだけだな』
「悪霊のほうが酷ですね」
『そうだな。悪霊も人だからな』
神官や魔法使いが言うには、悪霊が見えるのは悪霊に憑りつかれた者だけなので、この国では霊的な占いを、詐欺として禁止している。悪霊は見えないので、どうしようもないのだ。
「アーヴィンたちが集会で倒れたのはどうして?」
『実体化して魔力が減ったからな。捕まえやすいようにエネルギーを吸い取った。死んだ魂も、負のエネルギーが生み出されるから私のものだ』
そうなんだ! 授業で言っていた、
『悪魔に魂を捕らえられると、そこから逃げ出すのは困難で、転生することができないそうです』
『みんな我が糧となれ』
ってそういうことなのね。怖い!
「エラに憑いていた、子デビルがいなくなったのは?」
『実体化の時に食べた。王子が見たときに憑いていないほうがいいだろ。子デビルはどこにでもすぐに復活する。
それ以来、あの娘には私が憑いているから、他の悪魔は憑いていない。王子には気づかれないようにしている。くくくっ』
サルティーは小さく笑った。お~い、こいつ! がっつり敵じゃん!
『母親の中デビルは私が使役している。今も母親といて、母親は愛人を殺すつもりだぞ』
「え!」
サルティーは毛づくろいしながら、ちらりと私を横目で見た。愛人のジャンよね! それってダメじゃない!
私は急いで応接室を出て、マイクに警備署へジャンの家に行くように連絡してもらった。間に合うかしら?




