37、エラの社交界デビュー
「舞台観ましたわ! 悪役令嬢の呪いで、ダジメント家が取り潰しになったんですって」
「ピニオンは本当に恐ろしい令嬢ですわ。なんでも王女に取り入って、ヒューター王子とエディット令嬢の仲を引き裂いたとか!」
「最近、エディット様を見ませんものね。お気の毒ですわ」
王宮の舞踏会では、ピニオンの噂が流れていた。王族用の入口の陰で、それを聞いていたヒューターは苦笑した。横にいるカイゼルは無表情だった。
「貴族の話とは、本当にいいかげんなものだな」
「ステラから手紙をもらった。あの親子のことは、ステンにすべて言ってある」
「ああ。まさか、女で失敗するのが自分の弟だとは思わなかった。
あのスミレの指輪もあの女に渡していた」
「!」(スミレの指輪は子供の頃、ステンに宝物庫に連れて行かれて見せられたことがある。そのころはまだ、子供が扱うものではないので、ステンのものではなかった。
あの指輪まで渡すとは、相当、入れ込んでいるということだな)
カイゼルは珍しく焦りを感じた。ヒューターに、気になっていた婚約解消のことを聞いてみた。
「エディット令嬢とは、婚約を解消したとか?」
「ああ、したよ。当面発表はしない。向こうの体裁もあるからね。不仲説が定着したら、実は婚約解消していたと発表するつもりだ」
「ピニオンに興味があると、ステンから聞きました」
「そうだな。お前の婚約者だからだよ。他意はない」
「そうですか」
ヒューターはカイゼルをおもしろそうに見ていた。
「お前を見習わなくてはな。ピニオン令嬢とは会って3年で婚約したんだろ? 相手をよく知っているからだと思うが」
「そうですね。3年はほぼ会っていませんでしたが、よく知らない相手と婚約するのは命取りですね」
「肝に銘じよう」
ヒューターはバツが悪そうに笑った。横の入口から、ステファンとエレオノーラが手をつないで現れた。みんなが騒然となる。
「ステファン様が来るなんて珍しいですね! それにあのご令嬢はどなた?」
「なんて美しい人だ!」
「あの方、マクレガー子爵の隠れてた華と言われていた、エレオノーラ嬢よ!」
エレオノーラを知っている令嬢が言った。
「あの、義姉のピニオンにいじめられていた、かわいそうなご令嬢か。想像以上に素晴らしい令嬢じゃないか!」
みんなが、エレオノーラを見ていた。エレオノーラはそれに満足していた。
(みんなが私を見ているわ。誰も文句を言わない。悪いのは全部ピニオンよ)
会場の中央で二人はダンスを踊った。エレオノーラのダンスは、ステファンと遜色がなかった。カイゼルは感心した。
(ちゃんとダンスを習っていたのだな)
ヒューターは二人を見ながら、あきらめたように言った。
「光魔法をもってしてもダメなら、私たちには何もできない」
「光魔法は完璧ではない」
「ステンのことは、父上に言うしかない」
ヒューターはそう言うと、会場に入っていった。代わりにエレオノーラが、一人でこちらに向かってきた。ステンは他の者と挨拶をしている。
(お披露目だけだったんだな。……本当に子デビルはもういないな)
カイゼルはエレオノーラと目が合った。カイゼルは腕組みをして、エレオノーラを冷たく見下ろした。
「お前たちに言っておくが、罪人は貴族にはなれない」
「私たちは、穏やかに暮らしているだけです」
エレオノーラは以前とは違い、すぐに視線を外すと、そう言ってその場を立ち去った。
(本当に冷たい人だわ。なぜ、あんな人に夢中になったのかしら?
王子様のほうが、優しくてずっといいわ)
王子からもらったスミレの指輪を見つめた。
(王子は大事な指輪だと言って、私にくれた。王子が何とかすれば、貴族になれるはずだわ。——子爵は死んでいないんだもの)
指輪を手でそっと包んだ。
王はステファンを政務室に呼び出した。王妃が同席する。
「ヒューから聞いた。あの娘は平民で、しかも罪人ということではないか。そんな者を舞踏会に出しては示しがつかんぞ」
「申し訳ありません」(父上には逆らえないな)
ステファンは素直に謝った。王妃はステファンの涼しい態度にピクリと眉を動かした。王は冷静に言った。
「城に住まわすことは許さん。準備ができ次第、城から出すんだ」
「分かりました。……それでは、私にクイーンを任せてもらえないでしょうか?」
「……いいだろう」(クイーンならモントルに近い。何かあったときはカイに頼るしかないだろう……)
数日後、エレオノーラたちは城を出ることになった。二人は馬車に乗り、エレオノーラは窓から顔を出した。王子が申し訳なさそうに声をかける。
「すまない。私も明日にはそちらへ向かう」
「はい、お待ちしております。王子」
馬車は護衛を一人つけて出発した。ソルビエはため息をついた。
「ダジメント邸に行くなんて、おかしなものね。でも、ここより羽が伸ばせるからいいわ。ただ、またピンの近くに行くのは気がかりだけど」
ピンが何をするか分からない。エレは涙ぐんでいた。無理もないわ。王子と上手くいっていたんだもの。エレが口を開く。
「私たちずっとこんななのかしら。せっかく、城にいられたのに。あの意地悪な伯爵も、貴族にはなれないと言ったわ」
「そうね。メアリーの証言書がある限り、難しいわね」
「それがなければいいの?」
エレがパッと顔を上げた。私は城じゃなくても構わないけど、この子は違うのね……。
「少しは有利に働くかもしれない。——それより気がかりは、ジャンだわ。あなたのことは新聞に載っていたから、私たちのことをジャンも知っているはず。
たかられる前に、始末することにしたわ」
(そうね。ピニオンだって、ダジメント家を潰してしまった。私たちも同じように、邪魔者を消していけば、なんとかなるわ。
そうだ! この指輪、王子がピニオンも見せたと言っていた。久しぶりに会って、見せびらかすのもいいわね!)
エレの機嫌が直ったわ。私は微笑んだ。
ソルビエの横に、中デビルが狭そうに腰かけていた。




