31、スミレの指輪
首都までの道中で、昼食を御者ベイク63歳と、護衛のコンラッド48歳と一緒に取った。二人とも私が小さいころからうちで働いている。コンラッドが感慨深げに言った。
「まさか、お嬢様と食事をすることになるとは」
ベイクも静かに頷いた。
「こんなことを言うのも何ですが、旦那様が今の状態になられてから、緊張感が少し和らいで正直働きやすくなりました。
お嬢様はお変わりになられましたね」
「あははは、そうね」
お父様は厳しいからね。昔を知る二人なので、ちょっと気まずい。でも、主人と仲良くしたくない使用人もいないので、二人とも仲良くなれた。
首都に着くと平民用のホテルに泊まった。平民用でも貴族のツケは使える。コンラッドは心配そうに聞いた。
「お嬢様いいんですか? 貴族用に泊まらなくて」
「いいのよ。安いし」
ここだと三室が、貴族用一室の値段で泊まれる。それに、使用人の宿泊は大部屋になったり、安宿になる。ここはホテルだから十分安全だし、いいベッドで寝られるのだ。お父様だとこうはいかないので、せっかくだからゆっくりしてほしい。私が真ん中の部屋で、二人を両脇の部屋にした。
夕食も三人で取った。二人は上機嫌だった。
「明日は城に送ってくれたら、午前中は好きにしていいわ。城は安全だから。午後になったら迎えに来てちょうだい」
「分かりました」
「ありがとうございます」
私は二人に観光代で銅貨五枚ずつを渡した。これだけあれば、食事をして家族にお土産も買えるだろう。首都には馬車や馬を預けるところもある。
翌日、王宮の前で門番に名前を言うと通してもらえた。城前の通路を通り、円形通路の左側で停まって正面の階段の脇で降ろしてもらった。私は二人に小さく手を振った。二人は微笑むと、城を出て行った。
前は夜来たからよく分からなかったけど、本当に広くて大きいわ。衛兵が玄関扉を開けてくれた。
中はどこもピカピカできれい! 高そうな花瓶や、絵画が玄関ホールに飾ってある。メイドが私のところに来て、両手を前にして軽く頭を下げた。
「ご案内いたします」
「はい」
私はメイドの後について行った。城の奥に入る。王族の居住スペースかな? 階段を上がった。あれっ? お茶会なら庭園かと思ったけど……。
二階は静かで人もいない。青い絨毯が敷かれていた。広間のほうとは違い落ち着いた雰囲気だ。通路に第二王子が立っていた。ぎょっ! メイドは頭を下げると、いなくなった。? どういうこと?
「お前はまた、のこのこ城に来たのか」
王子は腕を組んで見下すように私を見た。それは否定しない。私は返事に困って、王子をただ見るだけだった。
王子は黙っていれば、とても美しい。金髪にグレーがかった黄緑の目……私のエメラルドの目のほうがきれいだわ。勝った! あなたが犬みたいだって言った、こげ茶色の髪に良く似合うでしょ!
「なんだお前。その見下すような目は」
王子は怒りをたたえて、訝しんだ。しまった! つい睨みつけてしまった。このままだと、城の塀に吊るされてカラスにつつかれるところだったわ。心の中で口を手で抑えた。私は黙って横を向いた。
「おい、答えろ!」
王子が私の顎に手を伸ばすと、バチッと衝撃が走り、光が出た。何!? 王子は手を引っ込める。
「何だコレは!?」
王子は私を見ると、手を掴もうとした。また、バチッと光が出た。
「その指輪か! あいつからもらったものだろ」
私は伯爵からもらった指輪を付けていた。そういえば、
『指輪に呪いでもかけてるんですか?』
『……そう思ってもらっても構わない』
このダイヤは魔法石なんだわ! 私に危害を加えようとすると反応するのね! 城に来るから豪華なものをと思って付けてきたけど、持っていて良かった!
「あいつめ! 指輪に魔法をかけたな。たくっ。
なんで、カイはこんな女と婚約したんだ。何か、特別な手を使ったのか?」
なるほど、それが聞きたいんだ。伯爵もカイと呼ばれているから魚介仲間ね。あの二人のことを思い出してしまったわ。
ちょうどいいから王子にも言っておこう。
「婚約は伯爵からの申し出で、利害の一致によるものです。私たちは、ただ契約婚約しただけで、伯爵は私を令嬢避けにしているだけです」
「お前で令嬢避けになるのか?」
本当に口が悪いなこいつ。私も人のこと言えないけど……。
「効果は本人に聞いてください。私は伯爵とはいずれ婚約解消するつもりです。王子がご心配するような仲ではありません」
「何だと? ふ~ん、そうか。お前は本当にカイに興味がないんだな。
なら俺と婚約するか?」
えっ? ……伯爵と婚約解消できるならいいかもしれない。もちろん婚約はしない。したら大変なことになるだろう。協力してもらえるかもしれない。
「伯爵と婚約解消できるなら、王子と婚約するふりをしてもいいですよ」
「なるほど、お前はやはりおもしろいな。いいだろう。こっちにこい」
王子が私の手を掴んだ。今度は光が出なかった。多分悪意に反応するのね。王子は私を掴んだまま歩き出した。
「待ってください! 私は王女とお茶会の約束しているんです!」
「ステラから時間をもらった。午前中は俺に付き合え」
何ですって!? どうしてそうなったのよ!? ——ついていくしかない。王族だし。どんな人間か、確かめるために私と話がしたかったんだろうな……。私は仕方なく王子についていった。
大きな扉の前に来る。衛兵が一人立っていた。
「ここは財宝の保管庫だ」
ええっ!? そんなところに入るなんて嫌だ! 何かあったら捕まっちゃうじゃないの。私は怯えて手を引いたが、王子は鍵を出して扉を開けると中に入った。
「みんな見たがるのに、なんでお前は嫌がるんだ?」
当たり前でしょ! 面倒はごめんよ! 中はいろんなものであふれていた。大きな宝箱に、棚には金銀細工の王冠、古そうなカップに鳥の置物などが飾られていた。巻物や変わったタペストリーもある。
「これを見ろ」
部屋の真ん中に、小さなガラスケースのテーブルが置いてあった。中には指輪がある。指輪の中には、眠っている紫の髪に白い衣装の小さな女性が入っていた。
「スミレの精霊が入った指輪だ。大悪魔から逃げるために匿われているんだ。何代か前の王が外国に行ったときに、かわいそうに思って国に連れ帰ったんだ。もう100年も前の伝説だが」
精霊が! ここにあるんだから伝説じゃないでしょ。精霊は魔法使いにしか姿を見せない。光魔法は神の力で、それ以外の魔法は精霊が力を貸しているという話だ。
「これは、俺が管轄している指輪だ。俺と婚約したらその指輪の代わりに、これをお前にやろう。お前の母親は、この妖精に似た色の容姿をして、大層美しいと評判だったそうじゃないか。お前は全然違うがな。お前の元義妹は同じだったとか」
そうですね。私のことを調べたのね。あ、でもこれを利用するのはいいかも。イヒヒ。
「あの子はとてもいい子でしたよ。おほほほ」
「そうか……。仲が悪いと聞いていたが」
「仲は悪かったです」
「そりゃそうだな。お前は悪役令嬢だからな」
私は権力には敬遠されるほうがいいのよ。エラには子デビルが憑いてるから、見たときに嘘だって分かるわよね! 私は小さいイタズラに満足した。まあ、王子がエラと会うことなんて一生ないでしょうけど!
それより、悪魔のことが気になった。
「その悪魔の名前は、サが付きますか?」
「お前、なぜ猿のことを知ってる?」
王子の目が険悪になった。
「やはり、悪魔崇拝者なのか?」
ぎゃー!!! しまった! サルティーはこの国の悪魔なんだから、王子が知っていてもおかしくない! 逆に私が知っているのはおかしいから、終わった!
王子の手が伸びたが、バチッとまた光った。
「ちっ!」
王子も舌打ちするんだ。
「昼食の時間だ。行くぞ」
え?
「昼食を食わせると約束した」




