30、悪魔崇拝
ピニオンは執務室で、ワンスから手紙を受け取った。
王女からの返信がすぐに来た。私が書いたのは、
『伯爵との婚約の件で話したいことがありますので、面会のお許しをいただきたいです』
と手短に書いた。王女からの返信の内容は、指定した日の午前中二人だけのお茶会に招待するということだった。すぐに返信をよこしたということは、王女も婚約の件に関心があるのだろう。
数日後には出発しなくてはいけないから、急いで準備しないと。
私はマイクと秘書官にだけ、王女と面会することを伝えた。他の使用人には内緒にした。王女と会うのは政治的意味合いが生じるので、外に知られるのはまずい。用件だけ済ませて帰るから、今回の同行者は御者と護衛だけにした。
サンディは自分の部屋でピニオンのことを考えていた。
私は婚約破棄のとき以来、ピニオンとは会っていない。アーヴィンからピニオンのことを聞いたけど、相変わらず傲岸不遜な女だって言ってた。
ピニオンの奴は修道院から戻って来たと思ったら、継母親子を追い出し、父親をショックで寝込ませて復讐を果たした。それから、旦那様を殺してダジメント家から賠償金をもらい、しかもモントルの領主、死神伯爵と婚約ですって!? どういこと!? どうして、あの女は上手くいってるのかしら? 悪役令嬢を通り越して、悪魔のような女だわ。
私はあの継母親子のように失敗はできない。でも、私が貴族になるのも婚約するのも、旦那様の罪があるから世間体を考えて1年以上先になると言われた。それまで保証がないから子供を作ることも考えたけど、私は19歳でまだ若いからもっと遊びたい。奥様のように貴族の生活を楽しみたいのよ。ずっと平民暮らしなんだもの、それぐらいしたって罰は当たらないわよね。私は自分の努力でチャンスを掴んだんだもの。ご褒美があって当然よ!
それに、同じ人間なのに身分で分けるなんて、それこそ不公平で不道徳なんじゃないかしら?
——平民や貴族の間では悪魔崇拝が流行ってるって聞いた。あの女ももしかしたら、やっているのかも! 修道院にいたから、その手のことを学んだのかもしれないわ。悪魔崇拝について調べてみようかしら。
私は執務室に行って、アーヴィンに相談してみた。
「貴族の変わった情報が入るところを知らない?」
「ん~、それなら、仮面クラブかな。暇を持て余した変わった貴族が通ってるらしい。怪しげなお店だって聞いたよ」
それだわ! アーヴィンは訝しげに聞いてきた。
「でも、どうして?」
「ピニオンのことを調べたいの。旦那様を殺したのは、悪魔崇拝じゃないかと思って」
「そんな!?」
「その証拠を掴めば、賠償金を払わなくていいでしょ。私が行って探ってみるわ。若い娘なら店も油断するから」
「でも、危ないよ」
「馬車を使うから。私が戻ってこなかったら、助けに来て」
「分かった」
アーヴィンは私の額にキスをした。大丈夫! あなたとの生活は、私が守ってみせるわ!
私は昼過ぎにモントルの仮面クラブに到着した。看板には仮面の絵が描かれていた。入ってすぐの受付には窓がなく、照明の明かりだけだった。ここでは、客も店員も全員が仮面をつけなければならない決まりだ。持っていない人は、入口で好きな仮面を借りることができる。私は縁に毛の付いた白い仮面を選んでつけた。
フロアに案内されると、席はほとんど埋まっていた。みんな仮面をつけて、思い思いに談笑したり、葉巻を吹かしたり、誰か分からないだけでも怪し気だ。
葉巻は嫌だわ。肌に悪いもの。私は嫌な顔をして煙を払うと早速、ウェイターにこそっと話しかけた。
「ダジメント男爵家の者です。ピニオン・マクレガーに対抗するために、悪魔崇拝について興味があるのだけど、話を聞けないかしら?」
ウェイターは体をビクッとさせた。
「少々お待ちください」
そう言うと、フロアから出て行った。しばらくして戻ってくる。
「こちらで、お話が聞けます」
やったわ。カーテンのかかった入口に案内されて中に入った。薄暗い照明の通路を通り、別のフロアに案内された。さっきの部屋より小さいが、ここもテーブルはほとんど埋まっていた。金髪で赤いドレスの女が、口元に笑みを浮かべてこちらを見ている。シルクハットをかぶったままの男も横目で見ていた。ここは隠しサロンだわ。
「どうぞ」
ウェイターは案内すると行ってしまった。茶髪の中高年男性が声をかけてきた。
「ピニオン・マクレガーのことで聞きたいと?」
「ええ。悪魔崇拝をしていたんじゃないかと思って」
周りの人間がこちらに関心を寄せる。
「ピニオン令嬢ならメンバーですよ。ほら、これがメンバーリストです」
男は綴じられた紙の束を出し、めくられた紙にピニオンの名前が書いてあった。やっぱりあの女、メンバーなのね……。
盛り髪の初老の婦人が声をかけてきた。
「ピニオン令嬢は上手くやりましたよね。ケニン伯爵と婚約だなんて、あやかりたいものですわ。おほほほ」
「お嬢さんもメンバーになりますか? 我が神、大悪魔サルティ―教に」
ピニオンの証拠を手に入れないと。そして、願いを叶えるためにメンバーになるのもいいわね。アーヴィンに相談しよう。
私はアーヴィンと後日またこのサロンを訪れた。私たちは、サロンとは別の個室に案内されて、席に座った。茶髪の中高年男性、リーダーのディランに紙を一枚ずつ渡される。
「ではこの入会書にサインしてください」
私とアーヴィンはサインして、サルティ―教に入信した。
ピニオンは首都に向けて出発した。
私は馬車の中から景色を眺めていた。また、首都に行くことになるとはね。




