27、ピニオン新聞に載る
翌日の朝食の席で、伯爵が新聞を食卓に置いた。
「これは何だ」
見ると、飛び蹴りの話が載っていた。「ピニオン令嬢と名乗る女性が、泥棒を捕まえた」と書いてある。
なるほど。令嬢が飛び蹴りをするわけないから、偽物かもと思ったんだ。貴族の間では、悪い方に広まるから私になるだろうけど。取引先には知らない顔すれば通るな。
ただ、お父様は起きたら必ず新聞をチェックするはずだから、色々なことがバレてしまう……。
「え、他の人じゃないですか?」
「こんなことをするのは、お前しかいないだろう。平民の女性でもしない」
ちっ。心の中で舌打ちした。でも顔には出ている。食事をしながら私は言った。
「……イーサンはうちで雇いますから」
「お前如きのことで、私がイーサンをクビにするとでも思ったのか?」
ええ、イーサンのほうが上でしょうよ。良かったね、イーサン。くっ!
「そのせいで、クレメンス男爵が面会に来るぞ。今日帰ると言ったら、午前中に来ると連絡があった」
「?」
誰? 今日私たちは、朝食を済ませてすぐに帰る予定だった。
来訪者は、つやつやの黒髪にハンドル髭の50代ぐらいの男性と、その後ろに昨日のご婦人がいた。なるほど! 昨日の人は男爵夫人だったのね! 伯爵と一緒に応対に出た。男爵はもみ手しながら話し出した。
「昨日は妻が、大変失礼いたしました」
「申し訳ありません。ちゃんとお礼もせずに」
なるほど。男爵は伯爵に会いに来たのね。クレメンス領のケリーは、モントル地域の北の山の近くにある領だ。隣に避暑で人気の観光地がある。そこは全体が観光地なので周辺地域はセカンドハウス的な領になっていた。ケリーは特に何もない領なので、伯爵とお近づきになりたいのだろう。
伯爵が応接室に案内する。
「ピニオンに用でしょうから、私はこれで失礼する」
「あ!」
伯爵はそのまま出て行ってしまった。男爵は残念そうだ。まあ、将を射んとする者はまず馬を射よ、と言うでしょう。夫人は夫の思惑とは関係ないようだった。
「昨日は本当にありがとうございました。子供の手も離れたので首都の舞踏会に参加したのですが、何分田舎者ですので、一人で歩いていましたらあんなことになりました。カバンを取り返してもらえて、本当に助かりました。これで、旅がいい思い出のままになりました」
「良かったです!」
夫人が素直にお礼を言いにきてくれたのはうれしかった。
「令嬢はすごいですね。私のほうからはどのようになったのかは分からなかったのですが、新聞を見て本当に驚きました」
「あ、いえ、3年も修道院にいたので、色々身に付きまして……」
「頼もしいですわ。今度、私たちの領にも遊びに来てください」
「はい、ぜひ」
それはうれしい! モントル地方の領はみんなうちの綿を使っているから、みんなお得意様だ。夫人は手荷物の紙袋を差し出した。
「これはうちで作っているお茶なんですよ。水がきれいなので、とてもおいしいと評判なんです。お菓子も名物の焼き菓子を持ってきました。どなたかと、お近づきになれることもあると思って、領地から持参したものです」
袋の中に、同じお茶の缶が三個と、焼き菓子が二箱入っていた。
「ありがとうございます。私はお菓子が大好きなんです。伯爵もお茶が好きなので喜びます! 二人で分けますね」
「そうなんですか! じゃあたくさん送ります」
急に男爵が喜んで、話に参加した。こっちに送ってよね……。
「伯爵は国を巡回してますから、ケリーにも行ったことがあるでしょうね」
「そうでしたか。私共は会ったことがないですね」
夫人は口元に手を寄せて、夫のほうを見た。男爵もピンと来ないようだった。伯爵は領主ではなく、神殿のほうに行っているのだろう。夫人はこちらを見て穏やかに言った。
「令嬢は噂とは全然違いますね。これからも、よろしくお願いします」
「はい」
やった! 仲良くできる領主がいるのは良いことだ。二人は帰って行ったので、私たちもすぐに帰路に着いた。
帰りはワンスとデニスを隣同士で座らせた。私と伯爵が隣同士だ。二人は声が大きいから。このほうが話しやすい。
「レストランの請求書が二人分だったぞ」
「それは、イーサンと食べました」
「それで仲良くなったのか」
ふふふ。
「男爵からお茶とお菓子をもらいましたから、メダスに着いたらお渡ししますね」
「ああ」
「伯爵と話せなくて残念そうでしたよ。私たちは仲良くなれましたけど。またお茶を送ってくれるそうです」
「なら、今度顔を出そう」
意外と律儀だな。
「ビルも機嫌が良かった」
「ああ、そうですか」
昨日帰ったら、ビルにも買っておいたお土産の袋を渡したのだ。伯爵邸の人たちにもお茶とお菓子を買ってきた。髪をセットしてくれたメイドのベラには、イーサンのお土産を買った洋装店で、白いレースの付いたピンクのリボンを買った。明るい髪色に合うし、ベラなら自分できれいに結えるだろう。渡したときは驚いていたけど、控えめに喜んでくれた。
ふと、エビのことを思い出した。エビもこんな風に、他人のお金を自由に使いたかったんだろうと思った。まあ、エビが考えているように使ったら、すぐになくなってしまうだろうけど。
私が買った物はどれも高いものじゃない。もらった指輪に比べれば安いものだ。あの指輪は、庭付きの広い一戸建てが買える。田舎なら、畑か農場の一軒家に馬も買えるだろう。あの指輪一個あれば、今後は心配いらないな。
「イーサンはお前の身のこなしに感心していたぞ」
「そうですか! それはうれしいです」
伯爵は喜ぶ私に呆れていた。
「一度お前の実力を見ておかないとな。剣は使うのか?」
「少しですよ。私ができることなんか、たかが知れてます。伯爵には効かないでしょ。昨日のは、犯人の虚をついたから上手くいっただけです」
伯爵が言った通り、令嬢が飛び蹴りするなんて誰も思わないだろう。犯人も伯爵じゃなくて良かったと思う。伯爵だとあれだけでは済まないかも。人前で、切り捨てたりはしないだろうけど……。
「わきまえているならいいが、私に勝てたら褒美をやってもいいぞ。得意なことは何だ?」
「え? 褒美は何でもいいですか?」
「ああ。欲しいものがあるのか?」
「はい。乗馬が大分上達したので、馬が欲しいです。馬車も扱えますよ」
伯爵は口を開けたままこちらを見ていた。なんの顔、それ?
「馬車まで乗ってどうする気だ。呆れたが、馬はいいだろう」
「やった! じゃあ、弓で勝負しましょう」
「ふん。私は弓は得意じゃないから、いいところを突いたな」
「そうなんですか! やった。でも手加減しないでくださいよ」
「もちろんだ」
「伯爵に本気で勝てたら、自慢になります」
伯爵は鼻でフンと息を出して苦笑した。
私は馬車の窓から景色を眺めてぼーっと考えていた。首都の新聞は修道院にも行くから、ヘミが見たら大笑いするだろうな。
私には王族との関係は、荷が重いなと思った。王子は性格悪いし、王女は睨むし。舞踏会で一応役割は果たしたから、長引くよりも何もない、いい関係のまま婚約解消したほうがいいと思う。
王女に睨まれたままなのはまずいので、婚約解消のためにも一度王女と話してみよう。伯爵の次の婚約相手は、多分王女しかいない。




