26、観光とお土産
「私は仕事があるから、護衛のイーサンを連れて行け。買い物は伯爵家で払う」
「ありがとうございます!」
翌朝、伯爵から申し出があった。さすが、太っ腹ですわ!
イーサンは王宮騎士を引退した、50代前半のモントルの護衛だ。街用の馬車に私とワンス、デニスが乗り、御者の横にイーサンが乗った。ワンスとデニスは隣同士で座る。私は二人を見守る形だ。
ワンスは普段着を着ている。今日はもう、二人でデートさせるしかないわね……。
私の立場で羨ましがるのもダメだと思うけど、自由恋愛ができるワンスが羨ましいわ。心の中で一粒涙を流した。
私はみんなにお土産を買わなきゃいけないし、別行動でもいいわね。イーサンに荷物持ちを頼もう。
馬車を降りると、デニスとワンスが先導し、後ろに私とイーサンが付いていく。お茶に、お菓子に、日持ちするドライフルーツは料理長に買った。おいしいお菓子を作ってもらうためだ。修道院用の物は、直接送ってもらうことにした。届いた通知をこちらに送ってもらうようにする。
昼食時になった。私はワンスたちに言った。
「ワンス、二人で食べてきなさいよ。時間まで自由にしましょ」
「ありがとうございます! お嬢様!」
ワンスにもお小遣いを渡してある。二人の荷物をイーサンに持たせると、二人は早速、店を探しに行った。
「イーサンは私と一緒に食べましょう」
「えっ !? いいんですか?」
「ええ、いいわよ」
「はい……」
イーサンは護衛だから鎧を付けている。まあ、そのまま食べられるだろう。高級店に入らなければいいのだ。先にテイクアウトの店に行き、軽食と飲み物を買った。馬車に戻るとイーサンが荷物を中に置いて、私は軽食を御者に渡した。
「昼食を買って来たから、食べてちょうだい」
「あ、ありがとうございます」
老御者は驚いて受け取った。食べれるといいけど。イーサンが御者に声をかけた。
「ビル、休憩は?」
「じゃあ行ってきます」
トイレ休憩のことね。ビルは首都には来たことがあるのだろう。首都には公衆トイレがある。御者同士で、馬車の番をして休憩しに行くことがあるという話を、馬番に聞いたことがある。馬車は鍵をかけることができるが、馬に乗って行かれてしまうので番が必要だ。
私はビルが戻ってくるまで、馬車の中で休憩した。ビルが戻ってきたので、イーサンとまた街を歩いた。
「イーサンは首都にいたから、おすすめの店とかあるかしら?」
「あ、はい、ありますよ」
「行ってみたいところでもいいわよ。私が奢りますので!」
「そうですか。じゃあ」
イーサンは握った手を口元に当てて、少し顔を赤くした。行ってみたい店があるのね。伯爵持ちと言うと遠慮するから、言わなかったけど私が奢るのは嘘よ。おほほほ。
店に行ってみると、ちょっと洒落た店だった。さすがに浮いてしまうので、鎧をクローク係に預けた。平民でも入れるコース料理の店で、イーサンはマナーが分からないので、私が教えてあげた。
「ここに来たかったのね」
「はい、家族と首都に旅行に来たときに、入りたいなと思って」
イーサンは照れていた。料金も銅貨で済むから、平民でも十分払える。
「イーサンの家族は?」
「妻と、娘一人です」
あら、一人娘はうちと同じね!
「お嬢様は本当に話しやすい方ですね」
「そうよ。3年も平民暮らしだったからね」
「そうですか。気遣いも素晴らしいですよ」
「あら、ありがとう」
そうよね。使用人に食事を自分で持って行くことは、普通しないからね。大体は他の使用人が持って行くか、自分たちで調達することが多い。気がつかない主人だと食事抜きもある。私はもう、何も知らない頃には戻れない。
伯爵より先にイーサンとデートするのもおかしなものね。でも、父と食事してる気分かも。
昼食を済ませると、自分の分のお土産をまだ買っていないので、見ていない区画を回ることにした。ワンスとの待ち合わせは16時だ。15時のお茶の時間も入れてある。
「イーサンの家族にも、お土産を買いましょう」
「えっ!? いえ、それはちょっと」
「いいのよ。気にしないで」
だって伯爵持ちですもの。おほほほほ。自分のものを見て回りつつ、イーサンが気になったものを強引に買った。来ない伯爵が悪いのよ。買い物がてら、二人でお茶をした。
「いいんでしょうか? 私とお茶までして」
「いいのよ。だって、お父様とお茶を飲みたくても、寝てるんだもの」
「! 子爵様の容態はよくないのでしょうか?」
「そんなことないの。目が覚めないだけ」
「そうですか……」
イーサンは気まずそうだったけど、私は気にしなかった。お父様の症状は発表していないから、みんな家族問題のストレスで寝込んでいると思っている。毒を飲まされたとは知らない。
買い物も済んだので、15時少し前だけど戻ることにした。
「じゃあ、馬車に戻りましょう!」
イーサンはちょっと大きめの箱を持っている。奥さん用の帽子と娘さん用のカバンだ。私が買ったお菓子とお茶の袋も二つ下げていた。
「キャー! 泥棒よ! 誰かー!」
ご婦人の声がした。振り返ると後ろで叫ぶ女性と、カバンを持って走ってくる男がいた。イーサンが私をかばって、後ろに下がらせた。
「お嬢様、危険ですので下がってください。……えっ!?」
私はイーサンの腕の下をくぐって前に出る。走ってくる男めがけて、飛び蹴りをくらわせた。私の丈夫な旅靴の靴底が男の胸に当たる。男は自分の勢いで私にぶつかり、後ろに倒れた。私は華麗に地面に降り立った。
落ちたカバンを拾う。イーサンが荷物を持って駆け寄った。
「お嬢様! こんなことをなさっては、私がクビになります!」
「じゃあ、私が雇ってあげる」
「そういうことじゃありません!」
私はカバンの砂を払った。うちは伯爵家ほど給料はよくないけど、そうなったら我儘は言えないわよね。体がなまってたからちょうどよかったわ。
イーサンは荷物を降ろすと、倒れた男を縛り上げた。男は背中から倒れたので問題はないようだ。
先ほど叫んだ、大きな帽子にタイトなワンピースを着た上品なご婦人が、ゆっくり走って来た。お供を付けていないから、平民のご婦人だろうか? 私はご婦人にカバンを渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます! お礼をしますのでお名前を」
「あ、ピニオン・マクレガーです」
私のことは伯爵の婚約者として、今日の新聞にも名前が出ているはずだから、死者からもう復活しただろう。取引先にはいいイメージを持ってもらいたいから、名前を言った。すると、婦人は肩をすくめて怯えた。
「あの、ピニオン令嬢!? あ、どうも、ではこれで、失礼します!」
え? 婦人は慌てて元来た道を戻っていった。なぜ? 私がいたずらした子の母親とか? 悪役令嬢という名分はまだ取れないようだ……。
それで、一度婚約破棄されてるから、婚約破棄の口実になるからいいか。でも、子爵代理としては悩ましいところね。
警備署の兵士が来たので男を引き渡した。イーサンは歩きながら文句を言う。
「もう! 驚きましたよ。本当に!」
「あはははは」
笑うしかない。イーサンはすぐに照れてボソッと言った。
「……さっきの話はありがたいです」
「まかせて」
再就職の件は、快く了解した。私たちは馬車に戻ると、まだ時間があるので、ビルに銅貨三枚を渡して時間まで休憩に行ってもらった。私は乗馬を習ってもう2か月近く経ち、馬車も動かせるのだ。イーサンも多分できるだろうけど。
「ビルのために早く戻ったんですよね」
「そうよ」
イーサンは私のことをもう分かっているようだ。イーサンは微笑んだ。ワンスたちは時間いっぱい楽しんで戻って来た。ビルも戻ってきて、馬車は帰路に就いた。馬車の中でも二人は話している。
「私たち、お互いにお土産を買ったんです。メダスに戻ったら交換することになっているんですよ」
なにそれ、羨ましい……。私は口を押さえて涙を流した。メダスは子爵領の名前だ。
「お嬢様どうされました?」
「いいの、私のことは気にしないで……」
私も伯爵用にお茶を買ったのだ。ピンクの缶のピンクのお茶だ。ローズの香りで、優雅に飲む伯爵に似合いそうだなと思った。自分用には黄色い缶のレモンのお茶にした。使用人たちには、芳醇な香りの緑の缶のお茶だ。私もメダスに戻ったら伯爵に渡そう。




