22、悪魔と契約書
工場長は取り調べで素直に自供した。おじ様に金貨五枚を渡されて、承諾したそうだ。
計画は工場長が考えて、子供なら罪が軽いので雑用で募集したということだった。
子供が罪を犯した場合は、修道院に預けられて監察対象になり、敬虔さを学ぶことになる。経過が良くて、大人になれば修道院を出ることができる。
しかし、濡れ衣を着せられればその後の人生が狂ってしまうだろう。あってはならないことだ。
あの日の朝、工場内の端に油をまいて縄を置くと、外に出てそこから離れた窓の外に木箱を置いた。窓の鍵の部分を割って中に戻ってから、窓の鍵を開ける。縄にマッチで火をつけてから建物の外に出てドアに鍵をかけた。それから、ミルンが来るのを隠れて待っていた。
火元は激しく燃えたので、時限装置の形跡は残っていなかった。
ミルンが言っていたメモは、ゴミ箱から見つかった。書いたのは、工場長の家族だったが、なんのメモかは聞かされていなかったそうだ。
おじ様からもらった金貨は工場長の家にあった。平民が持つには高額だった。
おじ様は無実を主張し続けていて、なぜそんなことをしたのかを話さなかった。
私は男爵家を残すことを条件に、夫人に聞いてくるように要求した。おじ様は夫人に言われて、観念して話した。
工場が燃えて借金がかさむことで、伯爵が私との婚約をやめるのではと思ったそうだ。
確かに工場の建て替えにはお金がかかるし、機材も買わなくてはいけない。
おじ様は伯爵がなんで私と婚約したかを知らないので、つまらないことを考えたのだった。
私たちはお金を支援する関係ではないので、伯爵にとってはどうってことないだろう……。
私は執務室で、工場の再建について考えていた。建物は、事務所と倉庫二つが残っている。一つは製品在庫、もう一つは原料の綿が入っている倉庫だ。
しばらくは何とかなるだろうが、工場を再建して採算が取れるのだろうか?
私にはよく分からない。これまでのことは全部お父様がやっていた。何も分からない自分に、涙が出てきた。
ノックをして、マイクが入ってくる。私の様子に気づいたマイクが、気遣って声をかけてくれた。
「お嬢様……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。工場を建て直すべきか、考えていたの……」
「それなら大丈夫ですよ。旦那様は保険に入っておられたので、再建の費用は出ます」
「……そうなの。さすがお父様ね」
それを聞いて、少しほっとした。私の代で終わらせて、他の人に任せるべきなのかを考えていたけど、みんなが働く場所だから、できれば建て直したいと思っていた。
私はハンカチで涙を拭いた。
「旦那様もお一人で、領地経営していたわけではありません。私や秘書官、事務官に仕事を任せておいででした。お嬢様もお一人ではありませんよ」
「そうね。ありがとう、マイク」
私は笑顔を見せた。お父様もみんなに助けられていたのね。
お父様はいつも忙しかった。お母さまが間に入っていたから、私たちは仲が良かったのね。こんなに忙しかったら、私のことには手が回らない。私はずっと寂しい思いをしていて不満だったけど、やっと、お父様のことが分かった気がした。
なんだか、元気が出てきた。
「それにお嬢様は、工場長の嘘を見抜いて、ミルンを助けました。立派な子爵代理ですよ」
「マイクに褒められたら、合格ってことね」
「そうですとも」
神学の授業を思い出した。
『悪魔につけ入られないように、日ごろから敬虔な心を持つことが肝心です』
工場長にもきっと欲望があったのね……。二人とも悪魔が憑いていたのかしら?
マイクが神妙な面持ちで、教えてくれた。
「旦那様は、ダジメント男爵が子爵領を狙っているとおっしゃっていました。それでお嬢様の婚約を、いずれ解消しようと思っていたのです」
「そうだったの!」
「ええ、アーヴィン令息が断ってくれたので、ちょうど良かったのです。
今回のことで脅威はなくなりました」
お父様は考えてくれていたのね……。
放火は人命や、住む場所、財産を奪い、領地に与える被害は甚大なことから罪が重い。
その後、工場長は減刑で終身刑となり労働流刑地に送られた。おじ様は首謀者として処刑された。おじ様との縁もこれで終わった。
私はマイクと弁護士の先生と一緒に、男爵家に賠償金を請求しに行った。そのお金で、再建までの従業員の給料の一部を払うつもりだ。
アーヴィンはおじ様の後を継いで男爵になったが、憔悴しきっていて何も言わなかった。了承しなければ男爵家を取り潰すことになるから、夫人が了承し、書類にアーヴィンがサインをした。
男爵領のクイーンはワインの産地で、収入は問題ない。分割にしたから支払いは大丈夫なはず。
おじ様がいなくなったから、サンディとの仲を邪魔するものはいなくなった。
ただ、問題を起こした家なので、しばらくはおとなしくするために結婚はできないだろう。
帰りの馬車の中で私はほっと一息ついた。
「これでこっちは片付いたわね。あとは従業員の当面の働き口を探さなくては」
職人を手放すわけにはいかないから。マイクが提案する。
「綿花の畑や屋敷でも数名雇いましょう」
「そうね。必要な人だけ聞いてちょうだい」
休業手当を出すから、足りない給与分の仕事は短時間でもいい。
ミルンは病気の母親と妹の三人暮らしなので、屋敷で雑用係として雇うことにした。その申し出に、ミルンはとても喜んでいた。私が助けたことで、私のことをとても信用している。ミルンはまだ11歳だった。
帰ると、ミルンが飛んでくる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま。ミルン」
その様子に思わず微笑んだ。孤児院の子供たちを思い出す。なんだかほっとするわね。一緒に屋敷の中に入った。
伯爵が久しぶりにやって来た。応接室に会いに行くと、伯爵は立って待っていた。
「放火の話を聞いた。大変だったな」
「ええ、でも片付きました」
「そうか。子爵はまだ目を覚ましてないようだな」
「はい」
医者の先生が言うには、後遺症かもしれないとのことだった。容態は引き続き安定しているので、今後は何かあったときにこちらから呼ぶことになった。
「随分お見えになりませんでしたけど、伯爵はどうされていましたか?」
「外国に行っていた」
「え!?」
「北の国は聖騎士がいないので、悪魔祓いに呼ばれたんだ」
外国まで行くの!? 知らなかった!
「そうですか。今日は契約書を持ってきたんですか?」
「そうだ。確認したら、サインしてくれ」
伯爵はカバンから丸めた紙を取り出した。私は付け加えてほしいことがあった。
「一つ付け加えてほしいのですが、いいですか?」
「なんだ?」
「私の嫌がることはしないって、入れてください」
こうすれば、何もないまま別れることができるだろう。念のためだ。伯爵はしばらく無言だったが、
「お互いそうしよう。もし、したときは、罰を与えるのはどうだ?」
ぞっ! 私は伯爵から紙を奪った。
「やっぱりいいです。信頼関係が大事ですよね。おほほほほ」
ソファに座って内容を確認すると、ささっとサインした。
そうだ。大事なものを忘れていた。
「指輪はどうしました?」
「まだだ。特注したから時間がかかる。……私の本気度が、試されるんだろ?」
「ええ、まあ……」
何だろう? ……いやな予感がする。私はもうサインしてしまったが、よく考えたら、これは悪魔と契約したことになるんじゃ……。
「指輪に呪いでもかけてるんですか?」
「……そう思ってもらっても構わない」
「いや、構うでしょ!」
伯爵は腕を組んでフンッと鼻息を出すと、しれっと答えた。指輪が売れなかったら困る! 伯爵はさっと私から契約書を取った。
「あっ!」
契約書を取られた! 伯爵はもう一つの丸めた紙を私に渡した。私がサインした契約書を持ってこちらに見せる。
「そちらは私のサインがある契約書だ。内容が同じか確認してくれ」
「じゃあそちらも渡してください」
「なら、罰を書き加えようか」
ぞぞっ! 「いえいえ、このまま確認します」
私は作り笑いをして、急いで二つを見比べた。
「同じです」
「では、そちらを保管してくれ」
「はい……」
悪魔と契約してしまった……。




