21、放火事件
数日後の朝、秘書官のクラウディオが慌てて執務室に入ってきた。私はマイクと仕事中だった。
「大変です! 織物工場が火事です!」
「何ですって!!」
私とマイクは驚いた。そんな!
「今は従業員が火を消している最中です。連絡の者が来て伝えてくれました!」
「行きましょう!」
「はい!」
マイクが返事をする。クラウディオは衛兵二人と先に、馬で工場に向かった。マイクは使用人を警備署に送った。私は氷を料理室にもらいに行き、メイドに新しいナフキン五枚と救急箱を用意してもらった。
私とマイク、連絡に来た従業員の男性と一緒に、馬車に乗り込んで出発した。マイクが男性を紹介する。
「こちらは、従業員のジュードです。こちらは、子爵代理のピニオン令嬢です。ジュード、話を聞かせてください」
「初めまして、お嬢様。朝出勤すると、工場が中から燃えていました。私たちはみんなで消火活動にあたりました。火の勢いは強かったです」
「そうですか」
私は顔を曇らせて返事をした。綿は燃えやすい。お父様が寝ているときに、こんなことが起きるなんて……。
工場に着くと、なんとか火を消した後だった。工場には防災小屋が用意してある。それでも、半分以上が焼けてしまった。なんてことだ。私は工場を見たことがなかった。最初に見た姿がこんな姿だなんて……もっと早く来ればよかった。
従業員はみんな、飛んできた煤で汚れていた。クラウディオは工場長と工場の状態を確認している。
「みんな、消火活動ありがとう」
私は力なくそう言った。なんでこうなったのかしら? 朝に中から燃えるなんて……。マイクが従業員に尋ねた。
「最初の状況はどうでしたか?」
「勢いがよくて、不自然でした。工場には火種になるようなものはなかったはずです」
「やはり、それなら放火かもしれませんね」
そんな!! いったい誰が……。でも、ここはマイクに任せなきゃ。私は従業員たちに尋ねた。
「怪我をした人はいる?」
「はい、少し火傷した者がいて、今水で冷やしています」
女性が少し離れた水道の場所を指差した。男性二人がバケツを下に置いて、水を出して交代で冷やしている。私は様子を見に行った。
「火傷を見せてちょうだい」
「はい」
一人は右肘から下全体が赤くなっていた。一人は左手の甲に細長い火傷がある。冷やしていたから、水膨れにはなっていない。良かった。
私は馬車から保冷箱とナフキンを持ってきた。中の氷をアイスピックで割り、ナフキンに包んで渡した。
「これで冷やして」
「ありがとうございます」
もう一つ作る。私のできることはこれぐらいしかないわね。私は水道を止めた。
「氷はまだあるから移動しましょう」
『はい』
二人とみんなのところに移動する。二人が後ろでひそひそと話している。
「この人はお嬢様みたいだけど、エレオノーラ様は追い出されたって話だよな」
「そうだな。旦那様と同じ髪の色だし、ピニオンお嬢様だろ」
従業員には、エラが出て行った理由を言っていない。突然大声がした。
「私は犯人を知っています! こいつに違いありません!」
えっ!? 見ると、工場長が小さな男の子の襟を掴んで、引っ張り上げていた。私は従業員たちに聞いた。
「あの子は?」
「はい、あの子は少し前に雑用で雇ったミルンです」
「ボクじゃありません!」
ミルンは抵抗していた。工場長が言う。
「お前は先に来ていたじゃないか!」
「それは……ボフスさんからこの時間に来るように手紙をもらったんです」
「え? 俺はそんな手紙、渡してないけど」
「そんな……カバンのポケットに入っていて」
そのやり取りを聞いて思った。……何かおかしいわ。ボフスが頭をかいてミルンのことを話した。
「ミルンは俺が紹介したんです。雑用の子を探しているって聞いて、母親が病気で大変だからと思って。いい子だと思ったんですけど……」
秘書官がマイクに報告する。
「割れた窓の下に木箱が置いてありました。そこから侵入したと思われます」
「ボクが来たときには火が付いていました」
「お前がつけたなら、そりゃそうだろ」
「本当に違うんです。お願いです、信じてください!」
ミルンは必死で懇願していた。……あの子が嘘をついているように見えないわ。
「待ちなさい。その子を放しなさい」
工場長の手が緩んだ隙に、ミルンは工場長から離れてこちらに来た。私はミルンの肩に左手を置いて聞いた。
「その手紙はあるの?」
「いいえ、読んだら捨てていいって書いてあったから。でも、ゴミ箱にまだあると思います」
それを聞いて工場長の顔が引きつった。まさか……。話している時に、警備署の兵士二人が到着した。
ミルンを犯人だと言ったのは工場長だわ。窓が割れていたと言ったけど、ミルンはどこも怪我をしていない。工場長なら鍵を持っている。
「工場長、あなたはミルンの次に来たのよね」
「は、はい」
「あなたが火をつけたのね。工場長を連行して」
私が構わずそう言うと、全員が驚いた。工場長がたじろいだ。
「ま、待ってください! わ、私じゃありませんよ」
工場長はみんなに信頼されていたでしょうに。私も何で工場長がそんなことをしたのか分からないわ……。
「待ちなさい」
声がして振り返ると、ダジメントのおじ様が歩いてきた。
「工場が火事だと聞いて、駆け付けてきたよ。工場長が嘘をつくはずないだろ。まずその子供を調べたらどうだ」(ふう、来て良かったよ。子供ならたいした罰にはならないからな)
どうしてここにおじ様がいるの!? まさか! おじ様が首謀者なの!? 私は工場長に言った。
「工場長、あなたお金をもらったのね! 正直に言わないと、あなたは放火の罪で死刑になるわよ」
「えっ……」
「待て、まだ決まったわけではないだろう」
おじ様が遮る。来てもらってちょうど良かったわ。ここで勝負を付けないと……逃げられてしまうかもしれない!
「誰に命令されたのか言いなさい! 言えば減刑で終身刑にしてあげる。今言わないとあなたは死刑よ!」
「おい、やめろ!!」
「——ダジメント男爵です。お金をもらいました……」
工場長は呆然とした顔で、膝をついて座り込んだ。みんなが一斉に、おじ様を見た。
「嘘だ!! 何を言っている。わ、私は帰る!」
おじ様は踵を返すが、兵士が阻んだ。
「そこをどけ!」
「捕まえてちょうだい!」
私が叫ぶと、兵士はおじ様の手を掴んで後ろ手に縛りあげた。
「やめろ!」
工場長は衛兵が縛った。兵士の一人が私たちに言う。
「監査官が後日来ますので、現場はこのままにしてください」
「分かりました」
マイクが答えた。おじ様と工場長は、おじ様が乗ってきた馬車で連行された。




