20、婚約の誓い
「私はこの後、乗馬の先生が来るので失礼します」
「私は少しここにいたいので、子爵と二人だけにしてくれ」
「分かりました。メイドに言っておきます」
私はちょっと気になったが、伯爵なら大丈夫だろうと思って部屋を出た。メイドには伯爵がしばらくいるので入らないように言っておいた。
ピニオンが遠ざかると、カイゼルは立ったままスタンリーに話し始めた。
「私は、ローデン公爵家四男、モントル領主のカイゼル・ケニン伯爵です。ピニオン令嬢と婚約しました。
ピニオン令嬢を大切にし、守ることをここに誓います。
子爵の目が覚めたときに、また、婚約の許しを得るために参ります」
カイゼルはしばらくスタンリーの様子を見ていた。軽く一礼すると部屋から出て行った。
翌日突然、ダジメント男爵が訪ねてきた。
私は自分の執務室を用意してもらい、そこで仕事をしていた。マイクが私にお伺いを立てた。
「いかがいたします?」
「玄関で会います。一緒に来てください」
「かしこまりました」
私は席を立つと、玄関に向かった。おじ様ったら、今さら何の用かしら? マイクが玄関の中に、おじ様だけを招き入れた。
おじ様は黒に近い焦げ茶色の髪に、四角い口髭で小柄で丸々と太っている。あの家族は全員同じ髪色で、アーヴィンとサンディは並ぶと兄妹みたいだった。
「ごきげんよう。お久しぶりです、おじ様。ご用件は?」
「やあ、スタンリーのことは聞いたよ。困っているんじゃないかと思ってね」
「全然、困っていませんよ」
「そうなのか? ここの離婚したご婦人を、今うちで預かっていてね。そう聞いたんだが。アーヴィンともう一度婚約してはと思ってね」
はあ!? エビの奴、知り合いがいないからって、おじ様のところに行ったのね。呆れた。でも良かった~、伯爵と婚約してて。
その前に聞いておこう。
「アーヴィンは、メイドのサンディと結婚するって言ってましたよ」
「愛人ぐらい、いてもいいだろ」
いいかげんなことを言って! おじ様だって夫婦仲は問題ないじゃない。サンディはまだいるのね。
「おじ様にもいないでしょ。アーヴィンもそのつもりはないし、私もそんな人はゴメンです。
それに私、ケニン伯爵と婚約したんですよ」
「何!? あの死神伯爵と!?」
「はい」
「本当なのか?」
おじ様は、マイクに聞いた。マイクはうれしそうに、両手を胸の前で握って答えた。
「はい、そうです!」
おじ様はたじろいだ。そりゃそうだ。モントル領はこの辺で一番羽振りがいい領だからな。
「ちなみに、ソルビエとエレオノーラはお父様が支援していた平民の親子です。夫婦関係はありません。後日そのように発表するつもりです。私も本人たちも知りませんでしたけど、今は知っていますよ」
「何だと!」
おじ様はそのままよろよろと後ろに下がった。マイクがドアをさっと開けると、憤慨して玄関を出て行った。
やれやれ。
ダジメント男爵は屋敷に帰ると、客室にいたソルビエとエレオノーラを怒鳴りつけた。
「お前たち! ただの平民だったとは、よくも騙したな! これだから平民は嫌なんだ!」
ピンの奴、話したのね!
「しかも、ケニン伯爵と婚約したと言っていたぞ!」
「何ですって!?」
どういうこと!? あの時もいたけど、二人は親しかったの!? いつの間に?
——修道院で会っていたのね!? 報告書の真面目に過ごしていたなんて嘘で、なんて奴! あいつはやっぱり悪役令嬢ね!
「そんな、伯爵と……」
エレが涙ぐんだ。
「お前たちはすぐに荷物を持って出て行け!」
そう言うと男爵は部屋を出て行った。
荷物は、カバン一つだけで来たからすぐに片付く。アパートは借りたままにしてるから戻れば大丈夫。
「エレ、出て行くわよ」
エレはすぐには動かなかった。……伯爵のことがショックだったのね。
中デビルがソルビエをけしかけた。
「あの男は危険よ。やめときなさい」
「分かってる……」
子デビルもエレオノーラに身振り手振りで、伯爵の危険性を訴えた。
(なんでピニオンと……貴族だから? あの子にはそれしか取り柄がないから……)
私たちは荷物をまとめて屋敷を出た。庭でアーヴィンに出会った。
ピンが、ここの息子がメイドと恋人だと言っていたわね。私はアーヴィンに声をかけた。
「旦那様に追い出されたので、私たちは出て行くわ。ピニオンにはもう婚約者がいるから大丈夫よ」
「え!? ピニーに婚約者が……」
アーヴィンは驚いた。そりゃあそうでしょうね。悪役令嬢だから婚約破棄したのに、帰ってきたらもう相手がいるんだもの。
「あなたのお父様は平民が嫌いみたいね。私はあなたたちのことを応援しているわ。手を貸して欲しかったら連絡をちょうだい」
「はい……」
紙に住所を書いて渡した。アーヴィンは紙を見ていた。
本当、頼りない子ね。メイドに付け入られたり、ピンが嫌がるのも分かるわ。
その様子を、アーヴィンと待ち合わせをしていたサンディは、木の陰からじっと見ていた。
ソルビエたちは歩いて屋敷を後にする。大きなカバンを持っているので、ソルビエはため息をついた。
はぁ……ここからモントルまで歩くと、明日はきっと足が痛いわね。




