15、真実の告白
しばらくは本当に何もなかった。そして、何もすることがない。いつもなら、家事をしていたが、ここですると逆におかしく思われる。そうだ、馬でも習おうかしら。逃亡するときにはいいかも。修道院には経費節約のために馬はいなかった。行商人が来たときに便乗したり、馬屋宛てに伝言を託して馬を持ってきてもらったりしていた。
屋敷には馬車用の馬を飼育している。お父様に頼もう!
私は執事のマイクにお父様との面会を頼んだ。マイクは灰色の豊かな髪と四角い口髭をきれいに整えている、60代前半の有能な執事だ。
他の二人に知られたくないことは、お父様に直接話すようにしている。
食事のときにはしつこくエラに、修道院のことを聞かれた。その度に、「庶民の苦労が分かったんじゃなくて?」とか、「平民みたいに話すのね」とか、なんか私を下げるような言葉ばかり言ってくる。でも、私はもう相手にしなかった。
エビは私が修道院で学んだことを話しても、平気な顔をしていた。最初に報告書をすり替えると言っていたから、それで安心しているのだろう。
今日の夕食の席で、お父様から返事があった。
「ピニー、明日帰ったら話を聞こう」
「はい、分かりました」
お、馬の話ね。私は喜んだ。
それを見て、ソルビエは鋭い目をした。
チャンスだわ。食事が終わると、自室にエレとエレ付きの若いメイドのメアリーを呼んだ。
「メアリー、あなたにお願いがあるの。明日、ピニーが旦那様の部屋から出たら、ワインを持って行って、この薬を入れてちょうだい」
「えっ……それはなんですか?」
「これは、仮死状態になる薬よ。死んだりしないから大丈夫。
騒ぎになったら、あなたは、
『ピニーが部屋から出てきた』
と言えばいいのよ。あの親子の関係は冷えきっている。3年も修道院に放置されていたから、ピニーには動機があるわ。悪役令嬢だからみんなが疑うはずよ。
これが成功すれば、あなたのお給料を上げてあげる。将来はメイド長にしてあげるわ」
メアリーに薬の包み紙を渡して、肩にそっと手を置いた。薬を見つめるメアリーの表情は興奮して目が輝いていた。……やってくれそうね。
「マイクは私が引き付けておく。あなたは、見つからないように執務室に入るのよ。旦那様にはピニーに頼まれたと言えばいいわ。ワインは見えないようにかごに入れてこの部屋に置いておくから」
「私も手伝うから」
エレもメアリーの横に立った。
「分かりました」(奥様に目をかけてもらえたほうが出世できるわ)
私はエレと目を合わせてほくそ笑んだ。
翌日、帰宅したお父様に呼ばれた。
「乗馬の件だが、安全のため先生を付けるとしよう。それなら、許可する」
「分かりました。ありがとうございます」
やったね。
「……ピニー、話がある」
なんだろう。帰ろうと思ったが、また姿勢を正す。
「ここ数日お前を見ていたが、すっかり令嬢らしくなった」
「ありがとうございます」
そうなんだ! つまりお父様から見ても合格ということね。うれしい!
「それで、ソルビエとエレオノーラのことを話そうと思う」
「? はい、何でしょう?」
あの二人のこと?
「あの二人は、ただの使用人だ」
「えっ?」
はい?
「私は再婚していない」
「……」
——嘘でしょ……、何なのそれ。前考えていたことより、別の意味で最悪で、意味不明だわ……! 私は続きを待った。お父様は苦い顔をして言った。
「あの二人が来たことで、お前が変わるかもしれないと思って連れてきたのだ。だが、かえって悪くなった気がした」
そりゃそうでしょ。——私のせい? 私は冷や水をかぶせられたようだった。さっきの気分はもうとっくに冷めている。
「お前を修道院にやったのは最後の手段だった。あの二人から離したほうがいいと思ったからだ。結果、良かったと思う」
ああ、そうですか……。
「あの二人は知りませんよね。そのこと」
「ああ、知らない。あの二人の役割は終わった。この関係を近々解消することにする。話は以上だ」
「失礼します」
私はやっと声を振り絞って言った。体が思うように動かない。私はゆっくり執務室を出た。
私は部屋に戻ってドアを閉めた。すぐにドアにもたれかかって、下を向いた。
お父様から聞かされた、まさかの事実は強い衝撃だった。とんでもないことをしてくれた!
でもそれは、私が悪役令嬢だったから……。
いやいや、そんなことない。きっと私が普通の令嬢でも、お母様に似たエラを手元に置いたはず。お父様はそういう人なのよ。
平民のくせにエレオノーラなんて名前よく付けたわよね。あら……毒づく癖は治らないわね。
エラはきっと赤ちゃんの頃から、そう名付けるほどかわいかったんでしょうね。私なんかピニオンよ。でもこの名前結構気に入ってる。お母様が付けた……あれ? お父様だっけ? この際どっちでもいいわ。私はすっかり平民らしくなったけど、あいつは、今やすっかり貴族のお嬢様ね。
今までのことがバカバカしくなった。
私はバルコニーに出た。手すりを掴むと涙がこぼれた。……この家で久しぶりに泣いた。ずっと、この家では素直な感情を出せなかったと思う。
ふと下を見ると黒い人影がいた。
ねえ、どうしてそこにいるのよ。また悪魔の気配を伝って来たのかしら? 伯爵が下に立っていた。
泣いているのを見られてしまった。私はかまわず二階から飛び降りた。伯爵は私を受け止めてくれた。さすが。
「私が受け止めなかったら、どうするつもりだ」
「絶対放さないから、大丈夫」
へへん! 私は伯爵の首にしがみついた。
「幻覚だったら?」
「そうね、悪魔は幻覚よね」
「お前も私を悪魔と思っているのか?」
「そうよ、お互い様ね」
(まったく。悪魔のような奴だ)
伯爵は苦笑すると、私を抱きかかえたまま屋敷から連れ去った。




