14、とうとう連れ戻された
早速、旦那様にお願いすることにした。
「ピニオンを連れ戻すだと?」
旦那様は怪訝な表情を見せた。
「ええ、もう十分時間も経ちましたし、反省していることでしょう」
「……報告書には、いまだに落ち着きがないと書いてあったが」
ちっ、ここに来てすり替えた報告書が足を引っ張るとは。本物の報告書では、カリキュラムが終了して、他の令嬢の面倒を見ている。行動に問題はないと、シンプルに書かれているだけだった。
「その時はまた戻せばよいのでは? 一度戻してもよいと思います」
「そうだな。考えておく」
「では、失礼します」
私は執務室を出た。上手く伝えたけど、戻ってこなければ作戦は実行できないわ……。いない間に旦那様に何かあれば、ピンが呼び戻されて、主導権を握られてしまうかもしれない。最悪の事態を想像して私は爪を噛んだ。
ピニオンは、森の中で身を低くして魔獣を探していた。伯爵が同じように身をかがめて後ろから声をかけた。
「お前はここで何をしている」
「!」
ぎゃー! 驚いて心の中で叫んだ。……見つかった。私は立った。
「魔獣狩りですよ」
「……お前は、どこを目指しているんだ」
「どこって、生活基準ですよ。このままここで暮らすなら、いろいろできたほうがいいでしょ」
今日の狩りはやめだ。
「ダンスは踊れるのか?」
「? 踊れますよ」
伯爵は急に私の手を取って私を回した。うわぁ、何をする。私の腰に手を回し、体勢を傾けて私を後ろに倒した。ぎゃー、落ちる。
「落ちますよ!」
「しがみつけばいいだろ」
仕方ない。私は伯爵の首に手を回した。伯爵は体勢を元に戻す。伯爵の顔を見ると、おもしろがっていた。なんて奴だ! ……あっ、そういえばこないだ靴紐をほどいたっけ。仕返しだな……。私の怒りが少し収まるのを見て、伯爵は笑った。も~。
伯爵がまた私に憑いている悪魔を祓うと、二人で修道院まで戻った。神官長が玄関ホールにいた。
「あ! ピニオンさん。いい知らせですよ。子爵様から戻るようにとの手紙が来ました!」
何ですって!? 私は突然の知らせに、一抹の不安が隠し切れなかった。伯爵も驚いていた。三人で神官長室に行って、手紙を受け取った。そこには、
『ソルビエからの提案で、お前を連れ戻すことにした。2週間後に馬車を送る。何かあれば連絡しなさい。』
お父様からの最初の手紙が、帰還命令だった……。2週間後ならまだ時間はある。ワンスに手紙を書いて準備しなければ。エビの提案ということは何か企んでいるはずだ。巻き込まれるわけにはいかない。
「分かりました。2週間後に帰ります」
私は硬い表情で神官長に伝えた。
「長くいましたから、ピニオンさんがいなくなるのは寂しいですね」
神官長の言葉はうれしかった。伯爵も横で聞いていて、私の表情に気づいているようだった。二人で神官長室を出た。
「良かったな」
「……分かりません」
「そうか」(やはり何かあるようだな。悪魔のこともあるからピニオンが戻ったら、一度子爵邸に行って様子を見るとしよう)
伯爵にいつものようにお茶を出した後、別れた。
私がヘミとレニーに帰る話を伝えると、二人とも悲しがった。いつかこの日が来るから仕方がない……。
「手紙を書くね」
「はい、私も書きます」
「私も」
レニーはもう泣いていた。私はレニーの背中をなでた。
「また戻ってくるかもしれないし」
「そんな、縁起でもない」
「え?」
「あ、すいません。お墓のことかと思って。子爵家の墓がありますもんね」
墓はもういい……。ここは森に墓地があるけど、辺鄙なところなので修道院で亡くなった人の無縁墓地だ。普通は故郷にある墓地に建てる。
私は部屋に戻ると、ワンスに手紙を書いた。戻ったら作戦を練ることと、もう返事はいらないことを伝えた。多分帰ってからしばらくは何もないはずだ。あとは、普段着と寝間着を二着ずつ用意することと、変装用のメイド服とカツラに眼鏡を頼んだ。
私はそれから衣服の行商人を呼んでもらい、帰りに着るドレスを一着だけ買った。
そして帰る日が来た。みんなと別れの挨拶をした。ヘミとレニーは泣いていた。私も涙ぐむ。二人とハグをした。
馬車に乗り込んだ。馬車に乗るのも実に3年ぶりだった……。今日にはもう家に着くから、変な気分だった。
屋敷に着くと、見送りの時と同じように三人が出迎えていた。私はお父様だけを見ていた。あまり変わっていなくて、ほっとした。お父様は険しい顔で私を見ていた。本当、変わってないわ……。
「お帰りなさい。ピニオンさん」
「お帰りなさい。お義姉様」
エビとエラが挨拶する。二人はきれいな身なりをして、3年前より垢ぬけていた。特にエラはきれいになっていた。
「ただいま戻りました」
私は三人に静かに礼をした。
「お帰り」
お父様が静かに言った。私はもう顔に表情を出さなかった。私はお父様の後について屋敷に入った。荷物をワンスに預けると、お父様と執務室に入って報告をした。
「元気そうだな」
「はい。変わりありません」
「修道院での生活はどうだった?」
「とても勉強になりました」
私はこの家ではあまり勉強しなかった。
「そうか。下がっていい。ゆっくり休むように」
「はい、失礼します」
私は執務室を出た。
スタンリーは机の上に手を置いて、3年という長い年月を感じていた。
「カイサに似てきたな……」
そう言って、後悔の笑みを浮かべた。カイサは妻の名前だ。
ピニオンは自室に戻った。見事に何もない。ワンスを呼び寄せる。
ワンスが部屋に入って来た。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「ええ、久しぶり。今までありがとう」
「いえ、こちらこそ。無事のお戻りでうれしいです」
私はワンスを軽く抱きしめた。ワンスは涙を浮かべた。私はまた感謝を述べた。
「耐えられたのもあなたのおかげよ」
「そんな、もったいないお言葉です」(お嬢様はやっぱり変わったわ! 私に感謝するなんて……)
「あなたには、また私の専属メイドになってほしいの」
「もちろんです!」
ワンスとの絆は、遠く離れてからできた。私がちゃんと約束を守ったからだ。ワンスもまた役割を全うした。味方がいるということは心強いものだ。
「例のものは用意できたかしら?」
「もちろんです。私の部屋に用意してあります。でも、どうしてですか?」
「ソルビエが私を呼び戻したの。だからあの二人が何か企んでるはずよ。もしものために、変装することにしたの」
「まあ! 恩も忘れて、なんて人たちでしょ!」
「しばらくは何もないと思うけど、用心してちょうだい。あなたも警戒されないように、二人にはいつも通りよくしてちょうだい」
「分かりました!」
ワンスは敬礼する。ワンスから他の使用人たちにも、二人に合わせるようにという話は行き渡っているから、何かあった時には協力してくれると思う。でも、マイクやメイド長にはこのことを言っておこう。
「お嬢様、ドレスはどうなさいますか?」
ワンスがクローゼットを開けると、頼んでおいた二着だけがかかっていた。
「当分はそれだけでいいわ」
「分かりました」
それに、私は社交界では死んだことになってるからね。今出て行くと、あの令嬢のようにみんな倒れるかも。……まったく。




