第25話 極彩色のエゴイズム
『――環境保全スコア:一〇〇%。ミッションをすべて完了。
これより、マスターの故郷である、二〇三〇年の現代へ帰還します』
すべての歴史の結び目を調和の青い糸で紡ぎ終え、心地よい浮遊感のあと、僕はすとんと自分の足裏に懐かしい重力を感じた。
目を開けると、そこは見慣れたコンビニの店内だった。
外では激しい雨が降っている。だけど、第18話で大統領と共に敷いた森林保護の同盟のおかげで、大地はしっかりと水を吸い込み、川が決壊する気配は微塵もない。
店のオーナーは「蓮くん、避難指示が出たから今夜はもう早仕舞いだ。早く安全に帰りなさい」と優しく微笑み、夜勤交代の先輩も「シフト代わってくれてサンキューな!」とねぎらいの言葉をくれた。
誰も傷つけず、人間の良識を信じて紡ぎ上げた、完璧な二〇三〇年。
僕は自分の手で未来を優しく救えたのだと、心からの安堵を胸に、自動ドアへ向かって一歩を踏み出した。
――その平穏が、一瞬にして、文字通り「反転」した。
◇
『――警告。環境保全スコアの急速な巻き戻し(エラー)を検知。
歴史のタイムラインに、未知の強力な“逆改変”がリアルタイムで上書きされています。生存確率:〇%』
「え……?」
ポケットのスマートデバイスが、これまで見たこともない血のような赤色にただれて明滅し、鼓膜を裂くようなエラー音が脳裏に鳴り響く。
同時に、僕の目の前の世界が、不気味に変貌を始めた。
棚に綺麗に並んでいた、洗って無限に循環するはずの共通規格ガラス瓶が、ピシピシと音を立てて歪み、ギラギラと色鮮やかな、見たこともない「使い捨てプラスチック容器」へと、リアルタイムで書き換わっていく。
自動ドアのガラスの向こう、店の一角にあるゴミ箱や窪地の路地裏には、これまでのクリーンな世界には存在しなかったはずの、大量の使い捨て衣類や、過剰なブランドの包装紙、そしてプラスチックのゴミが、雑多に山積みされて溢れ出し始めていた。
見上げた夜空のパノラマに、僕は絶句した。
ビルの屋根や壁を美しく覆っていた、あの砂から生まれた青い太陽電池のパネルは、最初から存在しなかったかのように完全に消失していた。代わりに街を埋め尽くしたのは、ドハデにデコレーションされた色とりどりの装飾と、狂ったように発光するネオンサインや電飾看板。
クリーンで清浄だったはずの街の空気は、突如として、化合物の焦げたような、重く淀んだ空気へと濁り始めていた。
「なんだこれ……僕たちの作った世界が、どうして……っ!」
直後、大気が引きちぎられるような衝撃音が轟いた。
環境法が骨抜きにされ、人間の物欲の暴走によって温暖化が極限まで再加速した結果の、地球の怒りそのもののような気象爆弾――「超巨大ダウンバースト(猛烈な突風と濁流)」が、一瞬にして窪地のコンビニを直撃する。
避難する間もなく、店全体のガラス窓が粉々に吹き飛び、濁流が僕の肉体を容赦なく飲み込んだ。棚の下敷きになり、内臓を潰されながら、僕はまた理不尽な死の闇へと沈んでいった。
◇
完全な暗黒、システム空間の底で、僕は激しく息を荒げて覚醒した。
手元のデバイスはエラーコードを吐き出し続けた後、無機質な画面に、信じられないログを映し出していた。
『原因特定。二〇三〇年の現代において、絶大な影響力を持つある女性インフルエンサーの精神が、時空を歪める悪魔のシステムと結びつき、過去の歴史を裏から崩壊させました』
画面に流れるのは、彼女が自分のタイムラインに投稿した、無邪気で、だからこそ悪魔的なまでに強烈な「不満」の言葉だった。
「――お気に入りのコスメを買いに行ったら、いつの間にか全部同じ、可愛くない均一化された容器になってた。何これ? まるで国防軍の支給品みたいでサイテー! 贅沢もできないし、環境のための規制なんて窮屈で個性がなさすぎる! 多様性って言葉、知ってる? 太陽電池だらけの街なんて醜い! もっとカラフルで映える世界にしてよ!」
彼女の「映え」と「贅沢生活」への強烈なエゴ。
そして「環境保全は窮屈で醜い」という、現代の大量消費社会に毒された大衆の歪んだ欲望の総意が、歴史のセーフティネットを内側から食い破ったのだ。
彼女は僕と同じ機能を持つ『極彩色のデバイス』を手に自ら過去へとタイムリープし、新商品の投入という最もインフラが脆くなる瞬間を狙って、経営者や開発者たちの心をツールの力で焚き付け、環境ルールを破らせていた。
「……僕たちが、先人たちが繋いだ良識を……『可愛くない』って理由だけで、踏みにじったのか……!」
僕の胸の奥で、かつてない激しい怒りが爆発した。
優しいだけでは、この世界は守れない。人間のエゴは、良識の隙を突いて何度でも牙を剥く。
『――対・改変者用迎撃アルゴリズムを起動。
マスター時任蓮に、過去の裏に潜むエゴの足跡を捉える『改変者逆探知』の能力を付与。
これより、彼女の欲望が歴史を汚し始めた、最初の改変の起点へ跳躍します』
「待ってろよ。僕たちの未来を、これ以上お前の『映え』のために汚させはしない」
僕の瞳に怒りの光が宿る。
激しい青と赤の光が火花を散らし、僕は、過去の裏で悪気なく暗躍する彼女の影を止めるため、次なる時空へと飛び立った。
(第2部・完)
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第25話では、主人公・時任蓮が誰も傷つかない完璧な2030年の未来を完成させて帰還した直後、女性インフルエンサーの「映え」や贅沢へのエゴによって歴史がリアルタイムで逆改変され、世界が崩壊する展開が描かれます。
環境保全が「窮屈」という人間の強欲な総意がセーフティネットを破壊した事実を知り、蓮は立ち向かう決意を固めます。第3部への導入となる本話では、改変者の足跡を追って過去へ跳躍する「改変者逆探知」の能力が蓮に付与され、時空を超えた新たな歴史改変の争いが始まります 。




