第24話 地球環境保全に関する技術は奪い合うものじゃない
『――第十二評価ポイントクリア。時系列:一九九〇年代末。目的地:アジア、および南米の新興工業地域』
一九八〇年代の自律する電子の瞬きと、スマートグリッドの清浄な夜景が、青い光の粒子の中に融けていく。
時空を渡る心地よい浮遊感のあと、僕が降り立ったのは、熱気と活気に満ちた、建設中の超巨大な経済特区のカンファレンスセンターだった。
「一九九〇年代末……。世界的な、グローバル経済の爆発期だ」
窓の外を見渡すと、そこには史実のような排気ガスのスモッグに霞むアジアの都市はなかった。
大英帝国の炭素税、独米の石炭計画阻止によって、先進国はすでに化石燃料から完全に脱却したクリーンな超近代社会を確立している。しかし、デバイスの画面は、最後の、そして最も巨大な「人間のエゴの萌芽」を捉えていた。
『現在点:一九九九年。
状況:急激な経済成長を迎えたアジアや南米の新興工業国が、深刻な『エネルギー格差』に直面しています。豊かな先進国が「太陽光」や「スマートグリッド」の高度な特許を独占し、高額なライセンス料を要求しているため、新興国はクリーンインフラを導入できずにいます。結果として、新興国の独裁者や資本家たちが「先進国ばかりずるい。俺たちも手安く石炭や石油を燃やして発展させろ」と、かつての先進国と同じ強欲の罠に陥り、安価な化石燃料の闇採掘と大工場の建設を裏で強行しようとしています』
画面に表示された、新興国による化石燃料インフラの青写真。
先進国がいくら高潔な法を敷いても、その最先端のクリーン技術を「利権」として囲い込み、後発の国々を経済的に搾取しようとすれば、新興国は生き残るために必ず過去の禁忌(石油・石炭)を破る。エゴがエゴを呼び、世界は再び、あの二〇三〇年の温暖化を止められなかった世界へと巻き戻されていくのだ。
(先進国の独占という強欲も、新興国の開き直りというエゴも、全部まとめて上書きする。地球環境保全に関する技術は奪い合うものじゃない。地球全員で分かち合うためのものだ!)
僕はステルス・モードの光をまとい、クリーン技術の国際特許を管理する世界知的所有権機関(WIPO)の極秘サーバー、そして世界経済フォーラムの最高首脳会議の場へと同時に量子リンクした。
首脳会議の壇上では、先進国の冷酷なCEOたちが、新興国の代表へ向けて冷たい言葉を浴びせていた。
「我が社の単結晶シリコン技術も、モーリーの自律分散PLCの制御アルゴリズムも、我が国の知的財産だ。莫大なライセンス料を払えないというなら、お前たちにそれを使う資格はない」
対する新興国のリーダーたちは、怒りに拳を震わせていた。帰国すれば隠し持っていた化石燃料工場の認可書に即座に署名するだろう。
その瞬間、世界中のすべての首脳、資本家、そして技術者たちの目の前にあるモニターが、一斉に青い光を湛えて明滅した。
僕が仕掛けた全身全霊をかけた最後の世界に対する修正は、先進国が独占していたすべての環境インフラ技術の根幹を、時空を超えて世界中へ完全開放する――『世界環境オープンソース化』の執行だった。
デバイスの量子情報が、WIPOのサーバーにある頑強な特許の暗号網を優しくほどき、世界中のすべての人々が無料でアクセスできる公開ネットワークへと書き換えていく。
「な、なんだこれは……!? ベル研究所の超高効率シリコンセルの製法から、モーリーのスマートグリッド制御コードのすべてが……インターネット上に、無償で公開(オープンソース化)されている……っ!?」
CEOたちが血の気の引いた顔で叫んだ。
しかし、画面に流れるデータはそれだけではなかった。
僕のデバイスは、この前のリープで完成させた高度な産業用コンピュータの制御理論を用い、新興国が化石燃料の工場を「一から建てる」よりも、この無償公開されたクリーンパッケージを使って「最初から最先端の自律分散型スマートグリッドを構築する」方が、天文学的に安く、早く、劇的に経済を爆発させられるという完璧なシミュレーションデータを、新興国のリーダーたちへと同時に弾き出したのだ。
「……信じられない。石炭を掘り出して燃やす手間もコストも、この無料の太陽光と高度制御のインフラの前には、ただの莫大な損失(赤字)でしかない……!」
新興国の独裁者や資本家たちの手が、驚愕に震えた。
先進国の独占という強欲が潰され、新興国の化石燃料への依存というエゴの萌芽は、現れる前に完全に融解した。彼らは「安くて汚いエネルギーで一度地球を汚し、後から莫大なコストをかけてクリーン化する」という、かつての人類が辿った愚かなステップを、スキップ(リープフロッグ)したのだ。
一九九〇年代末、アジア、アフリカ、南米の広大な大地に一斉に誕生したのは、黒煙を上げる工場ではなく、最初から完璧な自動制御によって大自然と調和する、最先端の自律クリーン経済圏だった。
先進国も、新興国も、地球上の誰一人として損をせず、誰一人として馬鹿を見ない。
人類は、持続可能な富を地球全体で均等に分かち合う、究極の「世界連帯」の正解に、ついに辿り着いた。
『――ミッション完了。全環境保全スコア:一〇〇%。
地球全域における化石燃料ステップの完全スキップ、および世界環境連帯の定着を確認しました。
現在の環境・人間性改善率:【環境負荷:−100% / 人類すべての連帯:+60%】』
世界中の澄み切った青空と、砂から生まれた青い金剛石のパネルが美しく大地を覆う輝かしい地球のパノラマが、僕の視界をどこまでも深い、優しい青い光で満たしていく。
誰も傷つけず、誰も排除せず、ただ人間の良識と分かち合いの力を信じて、僕は全てのバトンを繋ぎ終えた。
液晶の光がゆっくりと明滅し、僕は、僕の生まれた、あの愛おしい二〇 三〇年の現代へと送り返されていった。
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【作中の背景となった「リープフロッグ」と「オープンソース」について】
一九九〇年代末:グローバル経済の光と影、そして特許独占の史実
・現実の歴史:
20世紀末、アジアや南米の新興国は「世界の工場」として急激な工業化を迎えました。しかし当時、先進国は自国の利益と経済優位を守るため、高度な環境技術や効率的な制御システムの特許を厳重に独占し、高額なライセンス料を要求しました。その結果、資金のない新興国は「安くて汚い石炭や原油」をそのまま燃やす旧式のインフラに依存せざるを得ず、これが21世紀の現代まで続く地球温暖化と致命的な地球環境破壊の最大の原因となりました。
・「リープフロッグ(カエルの跳び越し)」とオープンソースの美徳
現実の好例:
現代の途上国では、固定電話のインフラ網がない状態から、一気に最先端の「スマートフォンやモバイル決済」が爆発的に普及しました。このように、古い段階を完全にスキップして最先端の技術へ一足飛びに到達する現象を「リープフロッグ(Leapfrogging)」と呼びます 。また、Linuxなどのようにソースコードを無償公開する「オープンソース」の文化は、21世紀のデジタル社会の発展を爆発的に加速させました。
・作中の蓮くんは、この現代の「リープフロッグの奇跡」と「オープンソースの分かち合いの倫理」を前倒しして1990年代の世界に執行しました。第23話で「不安定な自然エネルギーを完璧に制御するPLCの脳」が完成していたからこそ、新興国は面倒な配線や試行錯誤を一切することなく、最初から安定した最高効率の分散型クリーン社会を構築できました。先進国が損をするのではなく、地球上のすべての人間が「調和」のバトンを繋ぎ、100%の環境保全を達成した、究極のサステナブルを達成しました。
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【設定:第24話における特許のオープンソース化と新興国リープフロッグの因果】
・先進国の「独占(強欲)」と新興国の「開き直り(エゴ)」を同時是正
第21話(太陽光)や第23話(スマートグリッド・PLC制御)の高度なクリーン技術を先進国が利権として囲い込んだ結果、1990年代以降に工業化を迎えた新興国が「高額なライセンス料を払えず、手安く石炭や石油を燃やす道へ暴走する」という、環境保全スコアの致命的な巻き戻しリスク(カーボンリーケージ)に対応しました。
・蓮は特許管理サーバーをハッキングしてすべてのクリーンインフラ技術を【完全オープンソース(無償開放)】化しました。さらに、第23話で成熟させた産業用コンピュータの高度制御理論パッケージを新興国へそのままリープフロッグ(技術の飛び越し)導入。これにより、新興国に「化石燃料を使うよりも、最初から無償の分散型クリーンインフラを構築する方が圧倒的に安く経済発展できる」という絶対的市場原理を成立させ、化石燃料の歴史的ステップを100%スキップさせることに成功しました。




