第15話 逆襲する資本と環境法
『――第五評価ポイント。目的地:一九〇五年、グレートブリテン王国・ロンドン、およびアメリカ合衆国』
澄み切った一九〇〇年のニューヨークの青空が、青い光の粒子の中にゆっくりと溶けていく。 時空を渡る心地よい浮遊感のあと、僕の足が捉えたのは、格式高い赤絨毯の床だった。耳に飛び込んできたのは、重厚な革張りのソファに腰掛けた男たちの、低く、冷酷な密談の声だ。
「ナイアガラの水力送電だと? 笑わせるな。あんな巨大で高価なインフラ、設置できる場所など世界に一握りしかない。大衆がどれほど澄んだ空を望もうが、都市が膨張を続ける限り、我々の持つ石炭と石油の圧倒的な供給量には勝てんのだ」 葉巻の紫煙の向こうで、不敵な笑みを浮かべる仕立ての良いスーツの男たち。彼らは、アメリカで推進された水力発電の限界を冷徹に見抜き、再び化石燃料の利権を貪ろうと裏で結託した、巨大な炭鉱主や石油資本家たちだった。
『現在地:一九〇五年。 状況:水力発電の地理的制約を突き、石炭・石油資本家たちが猛烈な巻き返しを展開。各国政府の背後で「都市の電力を安定させるため、安価な石炭火力発電所の建設を推進せよ」との政策の実現を画策し、歴史を元の化石燃料依存の温暖化社会へ引き戻そうと暗躍しています』
デバイスの画面に浮かび上がる赤い警告。 人間のエゴと強欲は形を変え、市場の隙間を突いて何度でも歴史を汚しにやってくる。水力が届かない都市へ、彼らは石炭の煙突をねじ込もうとしていた。
(化石燃料を大量消費し燃やす強欲を、根底から改めさせるんだ。燃やすことが、最も『割に合わない大罪』になる世界へ変える)
僕はステルス・モードの光をまとい、資本家たちが各国の政治家を囲んで秘密の買収工作を行っている、ロンドンの高級クラブの執務室へと足を踏み入れた。机の上には、環境規制を骨抜きにし、無制限の石炭火力を許可させるための密約書が広げられていた。
僕はデバイスを取り出し、彼らの強欲を迎え撃つための、冷徹な『環境法の枷』と『熱力学の枷』を空間に展開した。 彼らが「石炭をそのまま燃やして黒煙を上げる」という最も安易で汚い発電方法を選択すること自体を、社会の構造から不可能にする必要があった。
僕はデバイスを、彼らの利権計画書、そして各国のエネルギー法案のマスターデータへと向けた。デバイスの青い光が空間の因果を浸食し、書き換えていく。一九世紀末に実在していた「石炭ガス化」の初期理論を極限まで前倒しし、そこにヒートポンプ技術を完全融合させた『超高効率コジェネレーション(熱電併給)義務化法』、そして世界初の『気候環境税(炭素税)』の冷徹な数式を、法案の根幹へと静かに滑り込ませた。同時に、資本家たちが政治家に渡していた賄賂の証拠や、違法な運賃操作の全記録を、鋭いジャーナリストたちの手元へ送り届けた。
翌日、議会はこれまでにない緊迫感に包まれていた。
昨夜のうちに大手新聞社によって資本家と政治家の癒着が白日の下に晒され、街は怒れる労働者と市民のデモで埋め尽くされていたのだ。一九〇二年、アメリカを襲った大規模な炭鉱ストライキの恐怖――供給が止まり、都市が凍りついたあの悪夢の再来を、政治家たちは何よりも恐れていた。民衆の暴動と政治的破滅。己の保身と治安維持(革命の回避)のために、彼らは提出されたあまりにも厳格な新法案を、可決せざるを得ない状況に追い込まれていた。
「……石炭を直接燃やす火力発電は、本日を以て一律に禁止とする」
議長が震える声で告げると、議場に騒然たるどよめきが広がった。 新たな法律は、石炭を利用する際、一度酸素を遮断して蒸し焼きにし、有害な煤塵や硫黄を事前に100%分離した「可燃性ガス」を抽出して燃やす『石炭ガス化発電』を絶対の義務としていた。さらに、発電時に出る莫大な排熱をただ空や川へ捨てることを禁じ、ヒートポンプを用いて都市の暖房や給湯のエネルギーへ再利用する複合システム(コジェネレーション)の併設を強制したのだ。
これにより、化石燃料のエネルギー利用効率は史実の20%から「80%以上」へと強制的に跳ね上がり、石炭の絶対的な消費量そのものが根底から絞り込まれた。
だが、資本家たちを真に絶望させたのは、その裏に仕込まれたもう一つの法だった。「大気へ二酸化炭素、および環境負荷物質を排出するすべての事業者に対し、その排出量に応じて莫大な課税を行う」
世界初の「炭素税」の誕生だった。ただ燃やして儲けるという資本家たちの甘い目算は、完全に粉砕された。ガス化と熱再利用の巨大な設備投資をしなければ発電所一つ建てられず、少しでも煙を出せば莫大な重税によって企業が倒産する。
「馬鹿な……! これでは石炭を燃やすほど、我が社の赤字が膨らんでいくではないか!」
利権者たちは顔を青ざめ、自分たちの利権がただの「負債」へと変わっていく現実に頭を抱えた。強欲な巻き返しは完全に破綻した。彼らの持つ莫大な資本は、もはや化石燃料を貪るためではなく、「税金がかからず、最も効率の良い太陽熱や水力のインフラ網をいかに広げるか」という、クリーンな投資へと強制的に誘導されていくことになったのだ。
『――環境改変率上昇。強欲資本の巻き返しの完全阻止、および炭素税・コジェネインフラの定着を確認。
現在の環境・人間性改善率:【環境負荷:−42% / 技術の誠実さ:+25%】 これより、連鎖する次の歴史転換点へ、連続跳躍します。目的地:一九〇〇年代末・世界各国』
重厚な執務室の景色が、再び心地よい青い光の中にほどけていく。
人間のエゴによる歴史の逆改変に、僕たちは大きな一歩を刻んだのだ。僕は自分の良心のコンパスが、より強く、気高く輝くのを感じながら、次なる歴史の結び目へと時空を渡っていった。
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【作中の背景となった「コジェネレーション」と「炭素税」の歴史について】
・一九〇〇年代初頭:化石燃料利権の「史実の逆襲」と労働運動
現実の歴史: ニコラ・テスラらの交流長距離送電(第14話)が成功したものの、現実の歴史では、石炭や石油の莫大な利権を握る資本家たちが激しいロビー活動を展開。安価な火力発電所を都市近郊に乱立させることで、大量消費社会の覇権を維持し続けました。
一方で、この時代は「革新主義運動」の時代でもあり、ジャーナリストたちが巨大企業の腐敗を次々と暴いていました。また、1902年にアメリカで起きたペンシルベニア炭鉱大ストライキのように、石炭の供給停止が国家を揺るがす大問題となっており、政治家は常に労働者や市民の暴動に怯えていました。
・歴史の闇に埋もれていた「石炭ガス化・コジェネ」の知恵
実は、石炭を一度ガスにしてから利用するインフラや、発電時の排熱を地域の暖房に利用する「コジェネレーション(熱電併給)」の初期の試みは、1880年代のニューヨーク(エジソンの初期の発電所など)ですでに一部スタートしていました。しかし、当時は環境保護の概念がなく、石炭をただそのまま燃やして煙を垂れ流す方が圧倒的に安上がりだったため、この高度な熱効率の思想は資本の論理の前に潰されました。作中の蓮くんは、この一九〇〇年代初頭の段階で、実在していた「ガス化熱利用の物理」と「環境負荷への課税(現代の炭素税)」という概念を、当時の政治的リアルを突くことで国際的な法インフラとして前倒しで定着させました。
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【設定:第15話における利権資本の窒息とコジェネ・炭素税の法制化】
・水力の限界を突いた「強欲の逆襲」を政治的リアリズムで迎え撃つ
地形的制約のある水力発電(第14話)の隙を突き、どこでも安価に建設できる石炭火力による利権の巻き返しを画策した資本家たちの暗躍に対し、法律の草案を書き換え、同時に癒着の証拠を暴露しました。
一九〇〇年代初頭の史実(1902年のアメリカ炭鉱ストライキや、独占企業を批判する社会運動)を絡め、政治家たちが「自身の失脚」と「労働者による革命の恐怖」から逃れるために、厳しい環境法案を可決せざるを得ない構造を描写。
「石炭ガス化・コジェネレーションの義務化」によってエネルギー利用効率を80%以上に引き上げさせ、さらに「気候環境税(炭素税)」の導入で化石燃料を使用すること自体のコストを激増させました。




