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第14話 送電ネットワークの革新

『――第四評価ポイント。目的地:一九〇〇年、アメリカ合衆国・ニューヨーク』

 ペンシルベニアの針葉樹林の匂いが、青い光の中にほどけていく。


 時空を渡る心地よい重力の変化のあと、僕の耳を打ったのは、激しい車のクラクションではなく、無数の「パカポコ」という軽快な蹄の音、そしてカランカランと響く路面電車のベルの音だった。


「……空が、綺麗だ」

 見上げたニューヨークの空は、僕の知る現代(二〇三〇年)の排気ガスに濁った空とも、ワットさんを殺害して戻った後の最悪な工場の煙とも違っていた。

 史実の一九〇〇年頃のニューヨークは、馬車から吐き出される膨大な「馬糞」の乾燥粉塵による深刻な大気・公害問題に直面していた。だが、僕の目の前を行き交う街並みは少し違っていた。馬車の数は目に見えて少なく、代わりに、静かで排気ガスを一切出さない、奇妙な箱型の車が滑らかに通りを走っていた。


『現在地:一九〇〇年、ニューヨーク市・マンハッタン。

 状況:前回で改変した石油採掘制限の影響によりガソリン価格が高騰。内燃機関(ガソリン車)の普及は完全に阻止され、都市の主役は静かで清潔な「電気自動車(EV)」と「路面電車」になっています。ニューヨークのタクシーの9割は、すでに電気自動車です』


 これだけを見れば、完璧なクリーン都市に見えた。

 だが、デバイスの画面が急に、黄色い警告色に明滅した。


『――警告。市内を走るEVの充電インフラ、および都市の全電力を賄うための新規計画を算出。エジソン電灯会社らが、都市近郊に『超巨大な石炭火力発電所』の建設を画策しています。これが実行された場合、炭鉱での過酷な労働搾取が拡大し、大量の石炭煤塵と二酸化炭素によって環境保全スコアの決定的な巻き戻しが発生します』


 やはりそうだった。いくら走る車を電気に変えても、その源が、人間から尊厳を奪い、地球を切り刻んで掘り出す「石炭」を燃やす火力発電であるならば、それはエコなどではなく、汚染と搾取の場所をすり替えただけの強欲の欺瞞だ。


 電力を大量に消費する都市社会を維持するためには、化石燃料そのものを都市から、歴史から完全に排斥しなければならない。


 僕はステルス・モードの光をまとい、ニューヨーク市のエジソン電灯会社の役員室へと足を踏み入れた。

 中では、電気利権を握る資本家たちが、都市の急速な電力需要の増大に対し、安価な石炭火力発電所の建設候補地を巡って議論を交わしていた。


 中では、電気利権を握る資本家たちが、都市の急速な電力需要の増大に対し、安価な石炭火力発電所の建設候補地を巡って議論を交わしていた。

「マンハッタンの目と鼻の先に巨大なボイラーを建てるんだ! 石炭の増産はいくらでもできる。煙と煤塵による市民の反発など、莫大な利益の前には些細な問題だ!」


 僕はデバイスをかざし、一八九五年に天才ニコラ・テスラらの手によってナイアガラの滝に建設されたばかりの『世界初の巨大交流水力発電所』からの、長距離高圧送電ネットワークをニューヨーク市へ接続するための、完璧な経済・技術設計図を彼らの広げている火力発電所の書面に上書きした。

 近場で手安く石炭を燃やすのではなく、何百キロメートルも離れたナイアガラの滝の、あの圧倒的な自然の落差エネルギーを、テスラが提唱した「交流送電」によって極限までロスなくマンハッタンへと引き込む。


「……馬鹿な、ナイアガラからニューヨークへ、これほどの高電圧で、一切の破綻なく電力を運べるというのか!?」

 チーフエンジニアが、突如書き換わった数式の圧倒的な正しさに、椅子から立ち上がって叫んだ。

 同時に、デバイスの量子情報が資本家たちの脳内へアプローチする。「石炭を燃やし、炭鉱労働者の暴動や煤塵の訴訟リスクに怯えるのは愚かだ。水力という、自然の調和をそのまま富に変える永久のインフラこそが、最も堅実で、最も気高い知性の投資である」という冷静なロジックが、彼らの計画書を塗り替えていった。


 数年後、ニューヨークに画策されていた巨大な石炭火力発電所の計画は、完全に白紙撤回された。

 マンハッタンのすべてのEV、すべての路面電車、すべての電灯を灯したのは、煙突から煤煙を吐き出す黒い魔力ではなく、遥か彼方のナイアガラの滝から送られてくる、清浄で、一切の汚染を伴わない「水の力」だった。

 石炭の採掘量は激減し、過去の歴史では炭鉱の地獄に縛り付けられるであろう何万人もの労働者たちが、その過酷な搾取から逃れることができた。


 馬糞も、ガソリンの排気ガスも、石炭の黒い煤も、化石燃料の利権も存在しない。

 どこまでも澄み切ったマンハッタンの通りを、静かに、電気自動車が行き交っている。

 人類は、巨大な公害と人間の搾取を出すことなく、都市文明と大自然の完璧な調和を両立させる「本当の電気の世紀」へ、ついに舵を切ったのだ。


『――環境改変率上昇。化石燃料(石炭・石油)の依存からの完全な脱却、および水力送電インフラの定着を確認。

 現在の環境・人間性改善率:【環境負荷:−30% / 都市環境の清浄化:+20%】

 これより、連鎖する次の歴史転換点へ、連続跳躍します。目的地:一九〇〇年代・世界各国』


 マンハッタンの美しい街並みが、再び心地よい青い光の中にほどけていく。

 化石燃料を燃やすという最大のバグが、都市の基盤から完全に引き抜かれた。これによって、この先どれだけ人類が電力を必要とする高度な社会を作ろうとも、地球のキャパシティを破綻させる第一歩を築くことができた。僕は、煤煙の一つもない、百年前の美しく澄み切った二十世紀の青空を見上げながら、次なる歴史の結び目へと時空を渡っていった。


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【解説】

作中の背景となった「電気自動車の黄金期」と「テスラの交流送電」の歴史


・一九〇〇年前後:電気自動車(EV)と「馬糞公害」

現実の歴史: 20世紀初頭のニューヨークでは、激増した馬車がもたらす大量の馬糞が乾燥して粉塵となり、呼吸器疾患を引き起こす最悪の都市公害でした。その解決策として登場した自動車の初期において、ガソリン車はうるさく不快な嫌われ者であり、マンハッタンのタクシーの多くは「静かで、排気ガスが出ず、清潔な電気自動車(EV)」でした。


・ニコラ・テスラとナイアガラ水力発電の奇跡

現実の歴史において、天才科学者ニコラ・テスラと実業家ジョージ・ウェスティングハウスは、1895年にナイアガラの滝に巨大な交流水力発電所を建設。それまでトマス・エジソンが提唱していた「遠くまで送ると電気が消えてしまう直流送電」を破り、高電圧で何十キロメートルも離れたバッファロー市へロスなく電力を送る「交流長距離送電システム」を世界で初めて成功させました。


・しかし史実では、都市の内部(ニューヨークなど)では依然として安価な石炭を燃やす火力発電所が乱立し、利権の温床となると同時に、炭鉱労働者の過酷な労働搾取が続きました。作中の蓮くんは、このテスラの「自然の循環をそのままエネルギーに変えるクリーンな送電思想」を前倒しでニューヨークのインフラの根幹へと接続。石炭火力の利権そのものを歴史から完全に締め出し、百年前の世界に本物の「脱・化石燃料社会」を打ち立てたのです。


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【設定:第14話における化石燃料の排斥と自然エネルギー網の確立】

「石炭火力による発電側排出」の欺瞞:

いくら石炭火力を効率化しても、石炭を燃やす構造のままでは温暖化ガスの排出は続けられます。そのため今までの物語の「蒸気機関における石炭火力の効率化推進」から「化石燃料そのものの排斥」へと舵を切りました。一八九〇年代に実在していたニコラ・テスラとジョージ・ウェスティングハウスの『ナイアガラ交流水力発電』の技術を融合し、何百キロメートルもの長距離高圧交流送電インフラを前倒しでマンハッタンへ完成させることで、石炭火力発電所の建設を未然に白紙撤回させました。都市のEV化を「完全な再生可能エネルギー」で支える熱力学的・社会的な大転換を成立させました。

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