8 . 一件落着とはいかなそう
「と、止まった…」
トガが私から手渡された布袋の中身をぶちまけた直後、魔物が高速回転させていた円型の刃は直進方向から逸れ、近くの壁に正面衝突することで一旦止まった。
私やトガを除くその場にいた面子が、一体何が起きたのかと目を丸くしていたのである。
「…トガ姉ちゃん、これって…」
「…えぇ。“降りかけることで鉄を一瞬で溶かす事のできる水”。通称・イアラクタの水」
トゴとトガは話す視線の先には、ぶちまけられた箇所だけ刃が溶け、バランスを崩して壁に激突した魔物の姿がある。
また、壁にぶつけた際に頭をどこかに強く打ったのかーーーーーーー魔物は気を失っていた。
「隙を突くようで卑怯かもしれないけど…。この魔物が人里に出れば、女子供関係なく切裂くだろう。なので、機動力が削がれた今のうちにやるか」
「そうだね。……アビさん」
気が付くと、それぞれ槍と剣を構えた青年達が私の前に出ていた。そうして、ナハトが私に声をかけてくる。
「はい」
「この後の光景…。一般人である貴女は、目を瞑っていた方がいい」
「……わかりました」
瞳を細め、憂いを帯びた表情で言葉を紡ぐ青年に対し、私はその意図を組んで瞳を閉じる。
本当は、魔物や魔族。ましてや、人間が殺される場面は見た事あるけれど…。“一般人は見ない方がいい”という冒険者なりの気遣いって事で、おとなしく従っておこうかね
私は、自身が持つ琥珀色の瞳を閉じる間際、そんな事を考えていた。
そんな私を一瞥したナハトは、槍使いの青年と一緒に魔物へと近づいていく。魔法使いの少女や僧侶。そしてトガとトゴが見守る中、二人の青年は魔物の心臓部分に剣と槍の切っ先を深々と差し込む。
勿論、一度の行為で終わる訳でもなく、魔物の鼓動が完全に停止するまでそれは続いた。洞窟内の空気が、より一層重くなっていたのである。
「では、気を取り直して!トガちゃんとトゴ君。今回、滝の洞窟で見つけたお宝の中で、卸売業者に回せそうな道具はありそう?」
「えーっと…。うん、2・3点はありそう」
「じゃあ、その該当品を拝見させてもらうね」
魔物討伐が終わり洞窟の外へ出た私達は、双子が洞窟の奥で発見した宝の仕分けを始める。
勿論、「王城関係者に提出するお宝は見せなくていい」という台詞も忘れずに添えた。
そんな仕入れ先と卸売業者のやり取りを、ナハト達の徒党は遠目に見守っていた。
「…ねぇ、ナハト」
「何だい?」
不意に、魔法使いの少女がナハトに小声で話しかける。
「先程は、魔物襲撃で途中になっちゃったけど…。貴方、あのアビって女性を口説こうとしていたの?」
「いや、そんなつもりは毛頭もないけど…」
仲間から指摘されたナハトは軽い動揺は見せたものの、冷静に相手の言い分を否定した。
「確かに、性格は彼女と似て似つかずだけど…」
ナハトは小声で呟きながら、私の方へ視線を向ける。
「外見や声はまんま幼馴染とそっくりだ」とナハトは口にしようとしたが、その台詞が声に出る事はなかった。
そうして仕事に夢中だった私も、ナハトが洞窟内にて途中までしていた会話について完全に忘れていたのである。ただし、心の中でほんの小さな違和感が生まれた瞬間であった。
「じゃあ、クルーアさん!お先に失礼しまーっす!」
「お二人とも、お疲れさまでした」
「アビさんも、また!」
「はい、今度は私の訪問忘れないでくださいね」
滝の洞窟での仕事が終わった翌日、王都内にある割とお洒落なカフェにて私・トガ・トゴ・クルーアさんの4人が一堂に会していた。全ては滝の洞窟における業務報告がメインであり、先に報告を終えた双子は、途中から来た私と入れ違いでカフェを去っていった。
「…報告、ありがとうございました。あの双子から聞いた内容とほぼ一致する事がわかって、安心しましたよアビさん」
そう口にするクルーアさんは私より長くこのカフェの席にいたため、コーヒーカップの中身が何度かおかわりをしたような形跡がしっかりと残っていた。
王城の文官って、大変そうだな。きっと、胃が痛くなること多いのかも…
元々の目つきの悪さもあるが、私は日々疲れたような表情をしているクルーアの顔を見ながらそんな事を考えていた。
「アビさん。此度の任務で組んだ冒険者達…いかがでしたか?」
「あ、はい。リーダーのナハトイルさん及び、他の徒党の皆さんもいいかんじの方達でしたよ」
「わかりました。では、今後もその徒党に護衛任務をお願いできるように冒険者ギルドにも打診しておきますね」
他から見たら他愛ない会話だが、ある種のヒアリングともいえるだろう。
多くの人と関わる職種程、相手へのヒアリングを大切にしている。それは、私自身も同じような事を仕事でしているのでよく心がけているつもりだ。
ナハト…か。彼、もしかして…
クルーアさんと会話する中で、私は昨日護衛として一緒に同行してくれた剣士・ナハトの顔を一瞬脳裏に浮かべていた。
話を聞きながら考え事をしていた私は、目の前に現れるまでその新たな気配を感じ取ることができなかったのである。
「よぉ、奇遇だな」
「シャラク…!!?」
本当の偶然だろうが、私とクルーアが座っている席の前に二刀流の剣士・シャラクが現れたのだ。
彼とは仕事を終えた夕飯時に会う事が多いので、この昼間に会うなんてとても新鮮に感じていた。
「昼間に会うなんて、珍しいね。どしたの?」
「あぁ、俺もちょいとデート。…あんたらと同じようにな」
相変わらず飄々とした態度で話すシャラクは、カフェのテーブルに右手を寄りかからせながら左手の親指を一瞬だけ後方を指さすような仕草をする。
それを見た私が視線を遠くへ向けると、そこには派手な服装と化粧をする髪の長い女性が煙草を吸っていた。因みにこのカフェは禁煙なので、その女性は店員に声をかけられてすごすごと喫煙室に案内されたのである。
あれはきっと、娼館の娼婦でしょうね…
私は、瞳を細めながら呆れ顔になる。
この国には、日々の生活の癒しやら生活費を稼ぐためやらで、やはり娼館は存在する。王家に仕える兵士達の間では「娼館通い禁止」なんて規則はあるらしいが、大の男がそれで日々のうっ憤をはらせるはずもなくーーーーーーー普段命のやり取りをする冒険者は当然のこと、王城に勤める兵士もこっそり上司の目を盗んで娼館に通うなんて出来事はこの国では日常茶飯事だ。
「…私は、デートじゃなくて仕事中。さっきまで別の得意先もいたし、遊んでいる訳ではないの」
私は、ため息交じりで反論する。
「…アビさん。この男は…?」
「あー…すみません、クルーアさん。彼は、ちょっとした知り合いです。時折夕飯一緒に食べに行くくらいで昼間あまり会う事ないから、偶然会えて珍しいよねってだけですよ」
「…成程」
「…ふーん」
「…なにか?」
私がクルーアにシャラクの事を簡単に紹介すると、当のシャラクは瞳を細めた状態でクルーアを見下ろしていた。
当然だが、シャラクが殺し屋とは口が裂けても言えない。ただ、二振りの剣を腰にさげているので冒険者と勘違いしてくれる可能性も高い。そのため、職種については一切触れなかった。
「…その娘の仕事、一応何やっているか俺は知っているんだけどさー」
軽い口調で話すシャラクは、口を動かしながらテーブルの上に出ている私の左手首を自身の右手で覆った。
「商人含め、色々な方面から人気があるから…独り占めはいかんよ?」
そうクルーアに告げた時、口調は軽く表情は薄い笑みを浮かべてはいるが、瞳は笑ってなかった。
その瞳は、かなりの殺気を飛ばしながらクルーアを見据えていたのである。
「ちょっと、シャラク…!」
「ははっ…。じゃあ、またなアビ」
シャラクとクルーアの双方から殺気を感じたので私が前者の名前を呼ぶと、シャラクはすぐに手を離す。
そうして私に掌をヒラヒラした後、連れがいる方へと歩いて行ったのである。
…何だか、シャラクもクルーアさんもお互い殺気を飛ばしまくっていたな…。殺し屋と文官だから、商売仇って事はないはずだし…どうしたんだろう?
私は、シャラクの後ろ姿を見送りながら考え事をしていた。
「…厄介そうな男ですね…」
「クルーアさん…?」
我に返って視線を前に戻すと、いつもよりかなり眉間に皺の寄ったクルーアさんがいた。
因みに私は考え事をしていたのもあって、彼がこの瞬間低い声で呟いていた内容を聞き取ることでできなかったのである。
「…いえ、失礼しました。アビさんからの報告もほぼ聞き終えましたので、そろそろお開きとしましょうか」
そうしてため息まじりの台詞を告げた後、今回の業務報告は終わりを告げる。
「では、アビさん。次の商人ギルドの会合時にお会いしましょう」
「はい、今日はご馳走様でした」
「いえいえ、ではまた」
「また」
カフェでの会計も終わってお店を出た後、私はクルーアに普段通りの挨拶を交わしてから別れる。
彼は、王城へ。私は、次の業務まで少し時間があるので、一旦帰宅することにした。
帰宅したら、“観測者”としての報告書もやらなきゃな…
私は、ここ数日の事を思い返しながら商人ギルドの裏にある自宅へと足を進めるのであった。
いかがでしたか。
無事、仕入れ先の双子と合流して魔物討伐もできたものの、新たな問題事の種が生まれた?みたいな回でしたね。また、こういったプチ修羅場っぽいシーンは結構久しぶりなので、書いてて楽しかったですね((´∀`*))ヶラヶラ
そして、相変わらず鈍感な主人公www
クルーアは、結構苦労人なんだろうなぁ。。。
さて、次回は”観測者”としてのお話かな。アビ自身の事もちょいちょい掘り下げていけたらなーと思いつつ。一体、どんな展開が待っているか?
次回もお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します(__)




