9 . ”観測者”としての報告_2
「えっと…“勇者と思しき冒険者や民は未だ、現れていない”…と」
商人ギルドの裏にある私の自宅にて、私はフェカドゥのお偉いさんや同じ“観測者”達と共有するための報告書を、タブレット端末を使用して作成していた。
定期的な報告書は文章や図を駆使したファイルを作成し、お互いにタブレットを介して送りあっている。一方で、簡易的なやり取りはタブレット内にメッセージ機能がついているため、そこでちょっとした連絡の取りあいも時折行っている。
『今回、精霊魔法について嗅ぎまわっている耳長族を発見。盗賊を装い、処分済。詳細は報告書の確認願う』
私は、昼間にカフェでクルーアさん達と会っていた時間帯に受信していたメッセージを一瞥する。
このメッセージの送り主は、まだ会った事のない観測者・4だ。
私・2を含む4人の観測者達の仕事は、基本は①精霊魔法といった“この世界に存在してはいけないもの”が産まれていないか。②光と闇の勢力が均衡を保っているか③世界そのものが滅亡するような事態や計画が動いていないかを人々・場所といった色々な観点から観測する事だ。
私達はその仕事柄、この世界・フェイドゥに住む生き物を手にかけたり傷つける事は禁止されている。また、その世界における事象に干渉することも不可だが、例外もある。特に①に関しては、その”存在してはいけないもの“が発生してしまった場合は、作り主すら抹殺しても構わないとされている。
そして、もう一つの例外は”自己防衛“。フェカドゥから精神を飛ばしてフェイドゥに棲む生命体に憑依して”観測者“の任務をこなしているため、憑依体が壊される事は回避しなくてはいけない。そういった”生命の危機“となりそうな瞬間に限り、相手への攻撃が許されている。
近年発達が進んでいる音魔法…。あれも、原理こそまだ解明されていないからセーフだけど…。精霊魔法も理論の中で使われているから、その内抹消対象になるかもしれないわね…
私は、タブレットに視線を落としながらため息をつく。
気を取り直して、他の観測者が共有してくれた報告書をいくつか目を通す。
『魔族は現在、魔王復活を全世界に知られても特に大きな動きはない。ただし、人間の国々で暗躍していた“只人に化けた魔族”はむしろ増え続けている』
今度は、魔族の動向を探る3からの報告書を確認していた。
フェイドゥの人々はこの事実を知る者はほとんどいないが、実は人類と敵対する魔族は
この世界が2つに分かれる前―――――――つまり、世界が一つだった時代を知っている唯一無二の存在だ。そのため、フェイドゥではほとんど知られていない精霊魔法も、魔族ならよく知っているのだ。
ただし、人類と旧い時代から争ってきていたため、敵に精霊魔法の存在を教えるようなヘマはしないだろう。加えて、魔族の長である魔王の魔力は強く、仮に抹殺対象になろうとも簡単には倒せない相手だ。よって、私らフェカドゥ側が魔族を殲滅しようという事態にはまずならないだろう。
「魔族……魔物……」
この二つの単語が文面に現れた際、私はその場で目を細める。
そうして、私は5年前の“あの日”の事を思い出していた。
人里から少し離れた森の中、地面に横たわっていた女性がいた。名をアビ・マイジャン。
全身にかすり傷があり、脇腹辺りは魔物に嚙みつかれたのか肉を食いちぎれかけた直後の赤い血が流れ続けている。致命傷を与えた魔物は、既に倒したがーーーーーーー当の娘はこれから死を迎えようとしていた。
『娘よ、この状況では拒否権もないだろうが…。その身体、我に使わせてもらえないだろうか?』
「使……?」
自身の周囲に漂う光から声が聴こえ、傷だらけの彼女は何とか声を絞り出そうとする。
しかし、出血過多で意識が朦朧としている彼女は、正常な判断ができる状態ではない。
これは、早急に判断をさせないと…肉体が死に、魂が離れてしまえば憑依できなくなってしまう…
当時は無の精霊タリングとしか名乗っていなかった私は、少し焦っていた。フェカドゥにおける極秘の術式を使う事で、このフェイドゥに精神を飛ばして生き物に憑依できる。とはいえ、何にでも憑依できる訳でもなく、基本的に“憑依体となる生き物本来の魂”から了承を得ないと憑依できない仕組みとなっている。
このアビ・マイジャンという娘に精霊が憑依する事は以前から決まっていた事であり、この娘自身についても調査を終えた上での交渉だった。しかし、当の本人がまさか魔物に襲われて命を落としかけていたなんて誰も予想できなかっただろう。
「い……よ……」
『!!』
震えた唇から、か細い声が一瞬響いてくる。
その声を私は聞き逃さなかった。
「もう……疲……れ…た…。………寝ても………いい……?」
か細い声を出す娘の瞳は、虚ろだった。
魔物に襲われ死の恐怖を味わっているための表情かと思われたが、当時の私はその瞳が映し出している感情が恐怖ではなく、どこか“諦め”ではないのかと考えていた。しかし、憑依体の精神を気に掛けるほど聖人君主でもないし、ましてや彼女以外の憑依体に宿るのは不可能なので引き下がる事もできないのが現状だ。
『…かまわん。“裏”でゆっくりと魂を休めよ』
子供をあやすような優しい口調で私が応えると、少女はゆっくりと琥珀色の瞳を閉じた。
『……』
肉体からの了承を得た私は、呪文を詠唱する。
光の塊でしかなかった私はその後、アビ・マイジャンという娘の身体へと憑依するのであった。
憑依を終えた後は精霊魔法で肉体の損傷を治癒し、村を飛び出して王都へ向かう。そうして紆余曲折を経て、現在“道具の運び屋”という二つ名で呼ばれるような現在へと至る。
肉体の本来の持ち主であるアビ・マイジャンという娘は早くに両親を失っていたため、村から抜け出して王都へ旅立つまでの準備等はだいぶ順調な方だっただろう。ただし、色々と目まぐるしく忙しくしていたため、村を出る前後の記憶は曖昧だった。
『アビさん…は、少し似ている気がします。幼少期、同じ村で育った俺の幼馴染に』
私は昨日、滝の洞窟でナハトが口にした台詞を思い出していた。
もしかしてナハトは、アビ・マイジャンの幼馴染…?だとすると、あまり関わらない方がいいかもしれないな…
私は、ため息をつきながらそんな事を考えていた。
魔物に襲われ命を落としかけていた5年前、彼女の精神は疲弊していたはずだ。もしかしたら、魔物に襲われたのもあの時が初めてではないだろう。
フェイドゥのどの生命体に憑依するのかはあらかじめ調査をしてから決まる訳だが、私の憑依体となるアビ・マイジャンは、ある一つの体質を除いては普通の少女だった。その体質が、“魔力の質が高い人間である”という事だ。
私の本来の肉体があるフェカドゥでも、同じような体質の人間はいる。文献によると、人類の中には魔力量とは関係なく魔力の“質”が高い個体が時折一族レベルで産まれる事があるらしい。そういった者達は、人類を捕食する魔族や魔物にとっては極上の餌となるらしく、その“質”を見抜けるのもまた魔族や魔物だけらしい。
「あと、そうだ」
ひとまず、ナハトの事は「冒険者なのでそんな頻繁に関わる事はないだろう」と結論付けて、私は報告書にもう一つ書くべき事を思い出していた。
「“魔剣を持つ青年の動向も、特に問題なし”…と」
私は、観測者として提出する報告書に、もう一つ新たな項目を書き加える。
個人名は特筆すべきでないので書いていないが、この項目に該当するのは当然、二刀流の魔剣を所有するシャラクを指す。
勇者だけが持つ聖剣は世界規模で何かが起こる前触れでもあるため、当然観測の対象となる。一方で、魔族が鍛え上げた魔剣も時と場合によっては観測対象にも成り得る。
『殺しはしないさ。ただ、次起きた時は“忘れているだけ”だから…』
シャラクと初めて出逢った夜、彼が口にしていた台詞を思い出す。
あの台詞から察するに、彼の持つ魔剣は傷をつけた対象の記憶を忘れさせるといった記憶干渉ができる…って所かな。まだ使用例は目の当たりにしていないけど、殺しの現場を私が見てしまったあの雰囲気だと、その場で見た事を忘れさせようとしていたんだろうな…
私は、実際に魔剣で斬られた生物を見た事はないが、状況からそんな能力があの魔剣にあるのだろうと予測していた。
仮説通りの能力を魔剣が持っているとしたら、今後私が担当する“観測対象”の人物にシャラクが手を出すなんていう最悪の結末もあり得る。何せ、彼の職業は殺し屋だ。魔物や魔族と関わる事はほとんどないだろうが、人間相手だとあり得る。そのため、注意すべき人物ともいえるだろう。
面倒ながらも私がシャラクとの交流を続けているのは、こういった観測者としての意味合いも兼ねているため、交流を避けるべきナハトとは逆にシャラクとは返って続けた方がお互いのためにもなるという所だ。
「…よく、魔剣に魂引きずりこまれてないよな…」
私は、独りごとを呟く。
というのも、本来魔剣は魔族が扱う前提で造られており、人間が扱おうとすると精気を奪われたり、最悪死に至る場合もあるからだ。
まぁ、私も卸売業者は知られていても観測者については教えてないしね。…私が知らない秘密が彼にまだあっても、何ら不思議ではないでしょう
「知らない方がいいこともある」と思い至った私は、その魔剣についての項目はここで終了とさせた。
「さて、そろそろかな…」
気が付くと、次の納品先へ行くのに準備をした方がよさそうな頃合いになっていた。
タブレット端末を机の鍵がつけられる棚に閉まって鍵をした後、仕事で外にでる支度をし始めるのであった。
いかがでしたか。
第1章でも同じようなタイトルを使ってましたが、この”観測者としての報告”回は割とその章の振り返り的な流れに今後もなるかもしれないです。
ナハトについてですが、「あまり関わらない方がいい」と思い立つ人間ほど、今後関わる機会増えるんですよね…今後どういった展開になるかはまだ言えないですが、彼についてはまだまだ再登場する事になるかと思います。シャラクも然り…
また、アビ・マイジャンの体質について捕捉すると、これは前作の主人公も彼女と全く同じ体質だったんですよね。そこも、繋がりがあるといったところかな…
さて、次回から新章突入になりそう。
今度はどんな人物が関わってくるかな…?今後、アビ以外の登場人物視点の回も少し入ってくるかもしれないです。お楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します(__)




