5 . 業務外で会う二刀流の剣士
この回から、第2章です!
「おぉ、お疲れさん」
「うん、お疲れ」
ある日の夜―――――日中の仕事を終えた私は、王都の一角にある庶民向けの大衆酒場に入店していた。
目的は夕飯を食べるためだが、今回はある人物とお店で合流するのも目的の一つ。彼がどこにいるか酒場内を見渡すと、見知った顔が見えた事でそちらへ駆けていく。そうして、彼の目の前に座る。
「…相変わらず、先に呑んじゃっているんだね」
「まぁ、席に着いて何も頼まない訳にはいかないからな」
私が半分呆れた表情で言い放つと、彼は慣れたような口調でさらりと受け流していた。
確かに、酒場の席について何も料理や飲み物を注文しないのはお店に対して失礼だろう。だがせめて、お酒に口をつけずに待っていてくれたらという願望が脳裏を過る。しかし、先に来て待たせてしまった以上、私はそれを声に出すことはしない。
「すみません、これとこれをお願いします」
「はーい!お待ちくださいねー」
遅れて席についた私は、メニュー表に書かれた飲み物や食べ物をいくつか選んでウェイトレスに注文を伝える。
その後における私達のテーブルの上には、一つの魔晶石が置かれていた。
「…さて。これで、ちゃんとお話しできるよね」
「相変わらず、あんたが持っている道具はすげぇな」
「お褒めの言葉をどうも」
「ははっ…」
そんな軽口を叩く男性-------------もといシャラク・コーシュトリの席の隣には、二振りの剣が置いてある。
因みに彼は、私の仕事における“得意先”ではない。二本の剣を携えていると冒険者という捉え方もできるが、彼はギルドに登録をしておらず冒険者ですらない。
私がこの男性と出逢ったのは、現在から3週間程前のこと―――――ある夜、仕事を終えて王都に戻ってきた時の事だった。
あー…。デューラさんの話につきあってたら、もう陽が沈んじゃったよー…。家帰るの面倒くさいから、どこかで夕飯済ませようかな…
一日の仕事を終えた私は、当然のように疲労がたまっていた。
家を空ける日も少なくはないが、この王都にて一応住むところを私は持っている。とはいえ、あまりの空腹で家まで歩いて帰るのが大変だからと、腹ごしらえをするために酒場や飲食店の多い通りを歩いていた。
「…!!?」
すると突然、何かを感じ取った私の身体が一瞬震える。
地の底から湧き出たような、普通の人間だったら吐き気を催すような邪悪ともいえる魔力だ。
この禍々しい魔力は、一体…!!?
心の中で叫んだ私は、魔力が感じた方へと足を進める。
それは、空腹や疲労を忘れさせるくらい緊張感を漂わす魔力だ。精霊魔法を使える私は一応魔法使いの分類にも入り、相手の魔力によってその力量を計る事は可能だ。
本来なら首を突っ込む必要はないんだろうけど…。もし私の予想通りの魔力ならば、放置はできない…!!
そう思い立った私は、足早に表通りから魔力を感じる裏通りの方へと進んでいく。
「…二振りの剣…」
たどり着いた先は細道を奥に進んだ袋小路になっていて、そこには二振りの剣を持つ男性がこちらに背を向けて立っていた。
男性が持つ剣には血がこびりついており、その行き止まりとなる建物の壁には斬られて突っ伏している人間の姿が映っている。不意に、私の気配に気が付いた男がこちらへ振り返る。
「…こんばんは、お嬢さん。そして、さようならだ」
「…っ…!!」
殺気を瞬時に感じた私は身構えるが、相手の方が速かった。
驚くべきスピードで私の元へ踏み込んだ男は、私の喉元に剣の切っ先を突き付ける。
あまりに一瞬の出来事だったため、私の膝は無意識の内に地面についていた。
「あれ、その顔…」
「私を……知っているの…?」
男が剣の切っ先で地面に座り込んだ私の顎を持ち上げた途端、相手の顔を正面から初めて目にする。
端正な顔立ちに、無駄のない筋肉質な身体。群青色の髪の毛を持つ二刀流の剣士が持つ灰色の瞳には、銀髪で琥珀色の瞳を持つ私の顔が映りこんでいた。
「あんた、あれか。商人共に慕われているっていう女…確か、“道具の運び屋”って呼ばれているよな」
「…本当に私、そんな二つ名がついちゃっているんだね」
「やっぱり、本物か。こいつは、まいったなー…」
「…困ったついでに、帰らせてもらってもいいですか?私、お腹空いているので早く帰りたいんですけど…」
「剣突き付けられているのに、その余裕…。あんた、只者じゃなさそうだな」
…いやいやいや、内心では滅茶苦茶焦ってますよーーー!!!
私は、紡ぎだす台詞とは裏腹に、内心では心の叫びをあげていた。
剣にこびりついていた血や、奥で倒れている人影。地面に広がるむせ返るような血の匂いーーー誰がどう見ても、人間を殺した現場と解る。そして、それを当たり前のようにこなしているこの男性は、間違いなく殺しを生業にしている人だと確信できるからだ。
「うあっ!!?」
剣の切っ先が喉元から外れたかと思いきや、見える風景が一気に変わる。
全身に衝撃を感じたと思った頃には、仰向けの状態で倒れこんでいた。おそらく、一瞬で地面に押さえつけられたのだろう。
「あんたは、殺しちゃまずい部類の人間だ。とはいえ、現場を見られた以上何もなしでさよならとはいかないんだよね」
私を押し倒したような体勢でのっかってきた男は、ぎらついた瞳で私を見下ろす。
「なに…を…!!?」
私の首元に、剣の冷たい感触と同時に禍々しい魔力を当てられる。
これが……魔族が鍛え上げたと云われる、魔剣…!!
そう思いながら、私の心臓は今までないくらい早く鼓動していた。
相手を何とか引きはがしたい所だが、右腕を男の左手で強く握って押さえつけられているため身動き一つとして取れない。
「殺しはしないさ。ただ、次起きた時は“忘れているだけ”だから…」
「…っ…!!!」
男が右手に持つ剣は、言葉を紡ぎながら私の鎖骨付近に浅く切り目を入れていた。
全身に鳥肌が立った私は、この一瞬で彼が何をしようとしているのかを悟る。
「ぐっ!!!」
男のうめき声と同時に、壁になにかがぶつかる音が周囲に響く。
壁に叩きつけられた男は受け身を取ったので大事には至っていないが、何が起きたのか目を凝らしてみる。
「なにが…」
男が見渡すと、そこに明らかな敵意を感じた。
男には視えていないが、私の周りを空気と光の精霊が立ちはだかるように浮いていたのである。
「今日、見た事…」
「あ…?」
その場からゆっくり起き上がった私は、虚ろな瞳をしながら相手を見据える。
「今日私が見た事…は、誰にも言わない。だから代わりに…貴方が今見た事……は、忘れて…」
「……」
男にそう告げた私は、そのままその場所からゆっくりと立ち去ったのであった。
そんな出逢いの後、どういう訳かシャラクの方から私に会いに来るようになる。向こうも仕事があるだろうから毎日とはいかないが、私の仕事の納品先や仕入れ先の一部に偶然を装って現れる。
「どうやって私の得意先知ったんだろう?」とか思ったが、彼が裏社会の人間だから知ることができたのかもしれない。「あんな口約束だけでは信用できない。ならば、食事等を通してお互いの持つ情報を共有する事を条件に、互いの秘密を他へ漏らさない」―――――そんな提案を彼から受けて、現在に至る。
「兵舎で働く兵士達の雰囲気とか商人ギルドのおっちゃん達の様子とか聞いて、役に立つものなの?」
「勿論。俺に仕事を依頼する輩は、業界的にもあんたが関わる“お得意様”の中にだって多くいる。情報を事前に得る事は、結構大事だからな」
「まさか、私がやっている卸売業者が、情報収集に役立つとはね」
あれから私が注文したお酒と食事が運び込まれ、飲食しながら彼と語る。
因みに、夕飯を私が注文した後に出した魔晶石は、私自身が造った特別製だ。効果としては、“置いておくだけで、持ち主を含む一定範囲内で交わされる会話の声が周囲に聴こえにくくなる”ものだ。
“完全に音を遮断”してしまうと、対象者が口や手を動かしていてもその音すら響かなくて不審がられるだろう。そのため、“声は聴こえるがはっきりと聞き取れない”くらいに効果を留める事で、周囲から警戒されないようにと私が自分で造った魔晶石だ。最も、大衆酒場のように人が多く集まる場所ではそこまでする必要はないだろうが、念のためだ。
流石にこの魔晶石はお店や施設に卸せないからね…。とはいえ、“私が造りました”とわざわざ彼に伝える必要はないよね…
私は、お酒を口に運びながら思う。
因みにシャラクは、私がしている卸売業者については知っているが、“観測者”については当然知らない。逆に私は、彼が殺し屋で禍々しい魔力を持った魔剣を扱う二刀流の剣士である事は知っているが、どういう経緯で魔剣を手にしたのかは知らない。
「ごちそうさまでした!」
「よければ、2軒目行く?」
「ううん、明日も仕入れあるから今日は帰るよ」
「じゃあ、途中まで送ってやるよ」
「…相変わらず、上から目線だよねシャラクは」
夕食や酒が空っぽになってからでも、お互い軽口で話す。
偉そうな口調ではあるものの、きっちり夕飯代を奢っていくれる所は、彼の律儀さを感じる。
「おい、あの二刀流の野郎って…」
「女を連れてるな…いいご身分だぜ」
「…あのお兄さんかっこいいー!」
「恋人か?あの娘狙っていたのによー!」
大衆酒場を出て街中を歩きだすと、行き交う人々の陰口が時折耳に入ってくる。
…初めて会った女の記憶を弄ろうとした男が恋人なんて、絶対なれるわけないっしょ…
陰口は気にしない様にしているものの、それっぽい台詞が出てくるたびに私は思う。
始めて出逢った夜、私を”殺してはいけない人間“と悟ったシャラクは、魔剣が持つ能力”傷をつけた相手の記憶を改ざんする“を使って、その場で目にした出来事を忘れさせようとしたのだ。
とはいえ、正確な年齢はわからないが、おそらく20代後半から30代前半くらいと思われるこの男性と話すのは、割と気楽に感じる。また、お互いの利害が一致しているのも一緒に過ごしやすい理由の一つだ。
殺し屋である彼は裏社会でも有名で、よほどの命知らずでない限り彼に勝負を挑むような人類はいないというくらいの実力者。彼と行動を共にすると、今みたいな夜遅い時間帯に暴漢といった邪な連中が私を襲おうなどとは考えなくなるだろう。逆に彼は私と行動を共にすることで、女性からの逆ナンパを防いだりシャラクに襲い掛かろうとすると“道具の運び屋”である”殺してはいけない人間“を巻き添えにしてしまうため、うかつに彼へ手出しができなくなるといった具合だ。
「恋人ねー…。俺としては、別にそれでも構わないけど」
「…公認しちゃうと、私の方は色々つっこまれるから勘弁して」
シャラクは周囲に何言われても気にしていないようだが、私はある程度気にする。
道具屋の親父さんや、商人ギルドの人達等から根掘り葉掘り訊かれるだろう事は容易に想像できるからだ。
「…アビ」
「シャラク…?」
通りを歩いている突然、シャラクが私の肩を抱いていた。
…どうしたんだろう…?
私は首を傾げながら、そのまま前へと歩き続けていた。
一方、私達から少し離れた場所にて、私達へ視線を向けている青年がいた。
「ナハト、どうしたの?」
ナハトと呼ばれる青年は、同じ徒党の女性から声をかけられる。
腰に両手剣を一本下げている青年は、どこにでもいるような冒険者の一人だった。
「…ごめん、大丈夫だ」
「そう?…まぁ、いいわ。宿屋に戻りましょ」
彼は徒党の面々へ向きなおし、自分達が宿泊する宿屋へと戻っていくのであった。
いかがでしたか。
今回、途中区切るのが難しくて結構長い回になったかもです。
今回もまた、名前ありのキャラクターが登場!
因みにこのシャラクって剣士。某少年漫画に出てくるキャラクターがモデルになってますwww
掴みどころがないキャラってのは他作品でも書きますが、また書いてて面白いキャラクターが仕上がったかな?
また、最後の方ではまた一人別の剣士が登場しています。このナハトという青年はまだアビと接触してませんが、次回以降で出逢う事になります。
この第2章では、アビが普段の仕事をこなしつつ何かが起きる?な章になるかと思います。
次回もお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします




