2. 仕入れ先との交流
「アビ・タリング殿。身分証の確認が終わったので、お通りください」
「どうも」
ある日の朝、私は王都の入口にある関所を訪れていた。
辺境の街や村は関係ないが、王族も住むこの王都においてそこから出るにも入るにも関所を通過する必要がある。この日私は、王都の外で暮らすある人物の家へ向かおうとしていた。
「荷の確認が終わりました。どうぞお通りください」
一方、都を出る私とは逆でこれから王都の地を踏もうとしている商人らしき馬車とすれ違う。
…こういう時は、商人ギルドに所属していてよかったなって思えるな
私は、王都の門を徒歩で潜り抜けながら考える。
冒険者は冒険者ギルドの登録証。商人は商人ギルドの登録証といった、職業によって身分証明をする物は異なる。私の場合、業務内容はともかく、道具を扱う観点から商人ギルドに所属するように王城の方から指示されている。
門を出た先に広がるのは、だだっ広い平野が続いている。その付近には林があり、ある程度進んだ先に目的地の家がある。
「さて、ここいらでひとまず…」
私は、林の入口入ってすぐの木陰にたどり着くと、その場で隠れるように木々の近くへと寄った。
「………」
その場で呪文の詠唱を始める。
僅か2秒ほどの詠唱時間だが、この魔法が何かを知る者は基本的にいない。
詠唱が終わると、私のすぐ後ろ辺りに何も載せていない荷車が現れる。現れた空の荷車を押しながら、私はゆっくりと徒歩で目的地へと向かう。
「おはようございます、デューラさん!仕入れのアビでーす!!」
荷車を魔法で出してから数十分後、たどり着いたあばら家のドアノブを叩いた。
しかし、返事はない。
…毎度のことだけど、相変わらず出てくれないなー…
ここの家主がすぐ出てくれない事には慣れたものの、いろんな人物の対応を見ている私としてはやや納得していない。
「…あぁ、開いているから中へ入ってきていいよ」
すると、扉の中から30代くらいの女性の声が聴こえる。
“招き入れてくれた”と確信した私は、黙ったままドアノブに手をかけて扉を開けた。
中に入ると、至る所に本の山が積み重なっている。書棚には多くの魔法関連の書籍が仕舞われており、初めて来た人間にとってもここが“魔法を使い研究する人間の部屋”と容易に想像できるような場所だ。
「うーん、ここはー…」
「えっと…。おかしいなぁー…」
本の山が連なる部屋の一画に木でできた机があり、同じく木でできた椅子に座って何かをしている後ろ姿が目に入る。
「…デューラさん。魔力回復の回復薬、受け取りに来ましたよ」
「……あぁ、その本の山の近くに…」
音からして、ペンで何かを紙に書いているのだろう。
私がそのデューラという女性に声をかけると、右手に持っているであろうペンの音が止まった。
「あぁ、アビか!!よく来たねー!!助かるわー!!!」
ペンを置いたデューラは、すぐさま後ろに振り向いて私の顔を目にした。
先程独りで呟いていた時の声と比べると、いくらか明るい声音をしている。
私の仕事において、得意先は二種類ある。道具屋や王城の兵舎等のアイテムを届ける方が、“納品先”。今日訪れているこのデューラ・ハクという女性もお得意様の一人で、道具を作り私に預けてくれる“仕入れ先”だ。
「すまんね、音魔法についての依頼をいくつか受けていてね」
「…前回来た時に言っていた、お隣・フアム大陸で発祥したという魔法のことですか」
「そそ」
そんな仕事に纏わる事を口にしながら、デューラは椅子から立って本の山から魔力回復の回復薬が多数入った箱を捜してあさり始める。
回復薬や魔晶石。そういった冒険者にとって必須であるアイテムは、一介の商人が一人で作れる訳でもなく、彼女のような魔法使いや薬師といった専門職の人しか作れない。そして、デューラは数いる仕入れ先の中でも魔法使い・魔術研究者・道具作成者という3つの肩書きを持つ優秀な女性だ。
…初めて顔あわせた時、一目で私が魔法を使える事。そして、ただの人間ではない事を見抜いたしね
私は、この家の中に籠っているのでほとんど化粧をしていない30代女性の背中を見つめながら、ふとそんな事を考える。
基本的に他言無用なため、仕事で出逢うほとんどの人々は私が精霊魔法というこの世界にはない魔法が使える事。そして、このアビ・タリングという娘に宿る“私”が実は精霊である事を知らない。
「君と初めて会った時、その仕事内容を聞いた時は斬新だなーと思ったよ!流石は、“異界からの来訪者”だね!」
納品するアイテム入りの箱を見つけた彼女は、本をかき分けながら口を開く。
「まぁ、確かに…。このフェイドゥの商人ではなかなか思いつかない発想かもしれませんね」
デューラの会話に相槌を打ちながら、私は彼女の姿を真っすぐと見据えていた。
魔法が使える事を見抜かれた当時、「この女性に適当なごまかしは無理だろう」と判断した私は、本当の真実は伏せつつ半分事実である事だけ伝える。
本来の私は“訳あって人間の身体に憑依している精霊”だが、このフェイドゥという世界には“地球”と呼ばれる異世界から転生してくる者達が一定数存在する。彼らは”異界からの来訪者“と呼ばれ、私の中にも実は”異界からの来訪者“にあたる女性の魂が眠っているのだ。
「…その前世での記憶を頼りに、この世界でも同じような仕事をしてみようかなと思って現在に至りますね」
「はは、君は本当興味が尽きないねー」
私が彼女の瞳をしっかりと見ながら言葉を紡ぐと、向こうは茶化すように視線を他にずらした。
「…はい、確かに数を確認しました」
魔力回復の回復薬の数を確認した私は、「まず1件目終了」という安堵感に包まれる。
「そうだ、まだ次のお得意様の所へ行くのに時間はあるかい?」
「そうですね…。少しだけでしたら…」
「うむ!では、たまには茶を一杯ご馳走するよ!」
「…ありがとうございます」
そう提案するや否や、家の中にある小さな台所へとデューラは向かう。
そこには独り暮らし故のずぼらさなのか、洗って乾かしたままの食器がいくつか並べられていた。ただし、一応は客人をもてなす気概はあるのか、割と汚れがしっかり落ちているマグカップを選んだ。一方でしっかりと密閉された容器を取り出し、そこから茶葉を適当に匙を使って入れて水を注いだ。
「はい」
「ありがとうございます」
マグカップを受け取った私は、お茶から香る匂いを堪能しながら飲み始める。
デューラも自分の分を用意し、同じようにマグカップに口をつけて茶を飲み始めた。
茶を飲んでいる間、私達はなんてことない世間話をいくつかしていた。お互い、仕事の具体的な内容は企業機密なので話さないが、仕事に関わりない事だけでも彼女とはよく色々な話をする。今はまだ私の“中”で眠っていて覚醒していないが、”異界からの来訪者“である女性の魂はどうやら転生前は30代くらいの女性だったらしい。
精霊である私・タリングは、この女性の記憶を魂から読み取って彼女の振る舞いを模倣している。そのためか、同世代のデューラとはとても話しやすいというのが現状だ。
「…ごちそうさまでした。じゃあ、荷車に荷物積んだらそろそろ出立しますね」
数分後、お茶を飲み終わった私は、空いた食器を台所へ持って行った。
「アビ」
すると、普段の話口調では想像できないくらい低音の声が私の耳に響く。
振り向くと、表情はうっすらとした笑みを浮かべているようだが、瞳は真剣そのもののデューラがいた。
「魔王復活の情報が国から通達あってからの昨今、魔族や魔物の動きが活発になっているから…あんたも気を付けてね」
「デューラさん」
「…まぁ、あんたの力量ならば襲われても返り討ちにできるでしょうけど」
私が彼女の名前を呼ぶと、デューラはすぐにいつもの態度に戻っていく。
「はは…。デューラさんも、お気をつけて」
「ありがとう」
私の返しに対し、デューラはフッと哂った。
そうして彼女に挨拶を終えた私は、回復薬が入った箱を両手で持って玄関から扉を開けて外へと出ていく。
「…魔力の“質”が高い人間…ね…」
私が出て行った後、入口の扉を見つめながらデューラは独り呟く。
そんな彼女の呟きを耳にする事なく、私は次の“仕入れ先”の元へ向かおうと荷車を引っ張って出発するのであった。
いかがでしたか。
今回は卸売業者がよく相手にする、”商品の仕入れ先”の人物との会話がメインでしたね。
会話の中で出てきた”異界からの来訪者”や”音魔法”なんかは、前作と同じ世界の話である少し繋がりのある部分ですね。
そして、アビもただの商人ではない(笑)
まだ全貌は書けないですが、判明しないと進まない話もあるので、この第一章辺りでだいぶ主人公の人となりがわかるようになればなーと。
さて、次回は…。まだまだ主人公・アビには色々あります。
また、今作のキャラクターはスコットランド・ゲール語の単語を参考にした名前や地名が多いと思います。なので、お詳しい方は知っている言葉もあるかもしれません。
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