09.殿下
「おい、なんだ、その反応は? まさか俺の顔を忘れたのか? 俺だよ、俺」
執務室に現れたのは、豪奢な衣装に身を包み、不敵な笑みを浮かべる男。
「ル、ルーファシス第一王子殿下……!?」
シャルロットが顔を青ざめさせ、悲鳴のような声を上げた。
中央の公爵家令嬢である彼女が王国の第一王子の顔を見間違えるはずもない。
(……なんで殿下が直々にこんな辺境に……?)
ジークが呆然としていると、
「……っ!」
シャルロットは即座に前に出た。
そして、ジークを背に庇うように両手を広げて立ちはだかる。
「で、殿下! お待ちください!」
「しゃ、シャルロット嬢?」
ジークが驚いて声をかけるが、シャルロットは必死な形相でルーファシスを睨みつけていた。
「すべては、私が……私が至らなかったせいです! 王室とのトラブルも、ラングルスター子爵家との件も、すべて私の責任です! ですから、どうかジーク様やエルファルト領には手を出さないでください!」
シャルロットの声は微かに震えていたが、その瞳には強い意志が宿っていた。
(……俺を庇ってくれているのか)
ジークは少し胸が温かくなるのを感じた。が、
「ほう……?」
ルーファシスはニヤリと口角を上げ、低い声を出した。
「すべて自分の責任だと? 王室への反逆とも取れる行いをしておいて、それを全て自分の責任と? だが、領主たるジーク君が、君の行動を止めなかった罪もまた重いぞ……。エルファルト領ごと、処罰の対象となってもおかしくはないなぁ……」
ルーファシスが一歩前に出ると、執務室の空気が一気に張り詰める。
「そ、そんな……! お願いです、私ならどうなっても構いませんからっ……! どうか……!」
シャルロットの目から涙が零れそうになった、その時であった。
「……殿下。悪趣味ですよ」
「…………ぶふっ!」
ジークの冷たい言葉に、ルーファシスは堪えきれずに吹き出した。
「はっはっはっは! 悪い悪い! あの氷の令嬢と呼ばれたシャルロット嬢が可愛いくらいに真っ直ぐ庇うもんだから、つい悪乗りしてしまった!」
ルーファシスは腹を抱えて大笑いし始める。
「……え?」
シャルロットは涙目になりながら、きょとんとしている。
「本当に貴方は……、昔から」
ジークは呆れたように溜息をついた。
「いやぁ、傑作だった。それにしても、お前、シャルロット嬢に随分と好かれてるじゃないか?」
「……からかわないでください。シャルロット嬢が怯えているじゃありませんか。……シャルロット嬢、大丈夫ですよ。この人は、こういうタチの悪い人なんです」
ジークがシャルロットの肩にぽんと手を置くと、シャルロットは目を白黒させた。
「えっ……? あ、あの……ジーク様、殿下に向かってそのような口の利き方を……! 不敬罪で首が飛んでしまいますよ!?」
「いやいや、シャルロット嬢。不敬も何も、俺とジークは旧知の仲でな。敬語を使うなと言っても聞き入れてくれないのだがな」
(……それは流石にな)
「どっちにしても俺が直々に来たのは、お前たちの処罰とかそんな話じゃない」
ルーファシスは涙を拭いながら、フランクに手をひらひらと振った。
「き、旧知の仲……? ジーク様と第一王子殿下が……?」
シャルロットは理解が追いつかない様子で、ジークとルーファシスを交互に見比べる。
フィナに至っては「王子!? 本物!? すごすんぎ!!」と部屋の隅で静かにパニックを起こしていた。
「まぁ、野武士のようなジークと覇王の気配漂う俺が繋がってるなんて、中央の貴族連中もほとんど知らないから無理もないがな」
ルーファシスは勝手に執務室のソファにどっかりと腰を下ろす。
「覇王の気配漂うって……自分で言いますか、それ……」
ジークが送る訝し気な視線と容赦ないつっこみに、シャルロットはその内容が真実であると悟る。
「こいつとはな……、俺がまだ王立の貴族学園に通っていた頃からの腐れ縁でな」
「……腐れ縁というほど、おこがましいものではありませんが」
「いやいや、命の恩人といって差支えないだろうよ……」
「え……?」
シャルロットが不思議そうに首を傾げる。
「そうだな……。俺とジークの馴れ初めくらいは教えてやろう。俺の方が先にジークのことを……」
「殿下、なんかその表現やめてもらえますか?」
ジークが渋い顔をするのを意に介さず、ルーファシスは楽しげに、勝手に語り始めた。
「あれは、俺とジークが貴族学園の同級生だった時のことだ……」




