05.新たな販路
西の職人村モルファス。
そこは深い森の開けた場所にあり、あちこちから金属を打つ音や、魔力を練る特有の光が漏れ出ている小さいながら活気ある村だった。
「おお……! こ、これは見事な魔石だ!」
村をまとめる工房の村長は、ジークたちが持ち込んだ魔石を見て歓喜の声を上げていた。
「これが定期的に手に入ると……?」
「はい。いかがでしょうか、村長殿。我々と直接、取引をしてはいただけないでしょうか」
ジークが尋ねると、村長は少し困ったように頭を掻いた。
「いやぁ、私らとしては大歓迎なのですが……。うちはこれまでラングルスター子爵様のところから魔石を仕入れておりましてな」
「……なるほど」
「ええ、子爵様から非常に貴重で手に入りにくい魔石を特別に融通していただいておりまして……」
「差し支えなければ、おいくらで?」
「魔石一つにつき、金貨二枚が相場ですな」
(……あいつら、うちからタダ同然で仕入れて、恩着せがましくボッタクリ価格で売ってたのか……)
「おかげで魔道具を中央に卸しても、私らの手元には利益がほとんど残らないのですが、背に腹は代えられず……」
ジークは呆れ果てる。
(ラングルスター領の横暴もそうだが、自身の無知さにもだ……)
「シャルロット嬢、適正価格は?」
「あ、はい……。えーと、魔石一つにつき金貨一枚辺りがよろしいかと……」
「なっ……なんですと!?」
「村長殿。実はその魔石、我々の領地で採れたものです」
「っ……!?」
村長は頭を抱える。
「もし、エルファルト領から直接、買い取っていただけるなら、子爵領の半値でご提供できますがいかがでしょう?」
◇
帰りの馬車の中。
ジークは内心で首を傾げつつも、安堵の息を吐いた。
(……これで、傭兵業がしばらくなくても、当面、なんとか領を支える程度の資金は得ることができるな……。ずっとというには足りないだろうが……)
「……シャルロット嬢、見事ですね。あなたの知識のおかげで、我が領の資金難も解決の糸口が見えました」
「い、いえ、私はただ、本で得た知識をお伝えしただけでして……」
シャルロットは少し照れたように俯く。
ジルはふと思う。
(……どんな本なんだろうな。いずれにしても、さぞかし奥ゆかしい知見が記された本なのだろうな……)
◇
その日の夜。
思いのほか時間がかかり、日が暮れてしまったため、一行はラングルスター領内にある宿場町で一泊することになった。
ラングルスター領で泊まることは、あまり気が進まなかったが他にまともな迂回路がなくやむを得なかった。
宿の受付カウンターで、ジークはある問題に直面していた。
(……部屋をどうするか。シャルロット嬢は一人部屋がいいのだろうか……。しかし、護衛もつけずに一人部屋にするのは心配過ぎる……。だが、逆に……未婚の男女が同室など……)
ジークは横に立つシャルロットをちらりと見る。
彼女は長旅の疲れも見せず、静かに佇んでいた。
(……いや、背に腹は代えられない。何かあってからでは遅いからな)
ジークは耳を少し赤くしながら、宿の主人に告げた。
「……一部屋で頼む」
「え……っ?」
その言葉に、シャルロットが肩を揺らし、顔を真っ赤にする。
「あ、あの……シャルロット嬢。これは、その……護衛のためでして……」
ジークが慌てて言い訳のように付け足すと、シャルロットは両手で熱を持った頬を押さえながら、おずおずと頷いた。
「は、はい……っ。承知いたしました……。その、よろしくお願いいたします……」
「……こちらこそ」
互いに視線を逸らしながら、二人は部屋の鍵を受け取った。
◇
夕食を終え、二人で部屋へと向かう廊下でのこと。
前方から歩いてきた宿の従業員らしき男が、すれ違いざまにシャルロットの足元へ小さな紙切れをぽとりと落としていった。
「……?」
シャルロットは足を止め、そっとその紙切れを拾い上げる。
「あの、これ……」
しかし、男はすでにいなくなっていた。
シャルロットは仕方なしという様子で、紙切れを見つめる。
「…………!」
「……シャルロット嬢、どうかしましたか?」
少し前を歩いていたジークが振り返り、足を止めたシャルロットに首を傾げる。
「えっ……? あ、い、いえ……! なんでもありません。ただのゴミでしたので……」
シャルロットは咄嗟に紙切れをドレスの袖に隠し、曖昧な笑みを浮かべた。
「そうですか……? 疲れているでしょうし、早く休みましょう」
「はい……っ」
シャルロットはジークの背中を見つめていた。
◇
深夜。
一つの部屋の中、ジークは静かに寝息を立てていた。
「……」
シャルロットはベッドから音を立てずに起き上がると、眠るジークの顔をそっと見つめた。
「よく眠っていますね……」
シャルロットは少しだけ微笑む。
「……——隠密」
そして、シャルロットは静かに部屋を抜け出した。
夜風に銀糸のような髪を揺らしながら、指定された町の外れにある廃教会へと足を踏み入れる。
『夜半、町の外れの廃教会に一人で来い。他言すれば、エルファルト領に不吉あり』
それが紙切れに書かれていた内容であった。
月明かりだけが頼りの薄暗い空間に、複数の人影があった。
「……来たか。ふふっ、愚かな女だ」
暗闇から現れたのは、子爵家の長男ダヌエルだった。
その後ろには、武装した数人の騎士が控えている。
「モルファス村の連中から、うちとの取引を打ち切るという伝書が来てな……。お前たちの仕業だろう?」
ダヌエルはギリッと歯を鳴らし、シャルロットを睨みつける。
「ふざけやがってよぉ! てめえのせいでパパに怒られたじゃねえか!」
「……はい?」
「モルファス村との商談を破棄しろ」
「……お断りします」
「あぁ、そうかい……ならば……、おい、やれ。少し痛めつけて、二度とこんな舐めた真似できないように分からせてやれ」
ダヌエルの命令に、騎士たちが笑みを浮かべながら剣を抜き、シャルロットを取り囲む。
「……」
しかし、シャルロットは逃げる素振りも見せず、静かにダヌエルを見据えた。
「……手を出して来たのはそちらですからね?」
「は……?」
「あ……、そういえばまだ隠密魔法をかけたままでしたね」
その一言と同時に、廃教会の空気が一瞬にして凍りついた。
いや、物理的に凍りついたわけではない。
あまりにも濃密で圧倒的な魔力が、シャルロットの体から立ち上ったのだ。
「ひっ……!?」
先程まで余裕を見せていた騎士たちが、恐怖に顔を引き攣らせて一歩後ずさる。
「…………実は最近、実戦訓練をしまして……。火力調整ができるようになったんです」
シャルロットの紫の瞳が暗闇の中で妖しく光る。




