03.魔石が二束三文?
裏庭に巨大な火柱が立つ。
その炎は闇のような紫黒の輝きを放っていた。
結果、シャドウ・ウルフは消滅し、後には小さな石だけが残された。
「…………で、できた……」
その魔法を放った本人であるシャルロットは気が抜けたのか、ぺたんとへたり込む。
「しゃ、シャルロット嬢……だ、大丈夫ですか……?」
ジークは動揺を隠しきれない様子で、しかし、へたり込むシャルロットに手を差し出す。
「は、はい……おかげさまで……」
シャルロットがジークの手を取るので、ジークは立ち上がらせる。
(……軽い)
とても、今しがた、凄まじい火柱を発生させ、魔獣を消滅させた人物とは思えなかった。
「あ、あのジーク様、こちらの魔石は……?」
「え……?」
シャルロットは今しがたシャドウ・ウルフがドロップした石を見つめる。
「綺麗ですよね。魔物が時々、落とすのですよ。気になるならどうぞ……」
「え? いいのですか?」
シャルロットは少々、驚く。
「構いませんよ」
「……そうですか」
そう言うと、シャルロットはおずおずと石を拾うと大切そうにポケットにしまう。
「それでえーと……シャルロット嬢は、その……魔法が得意なのですね」
「え? ……えーと、その練習はしてきたのですが……、実戦で使うのは初めてでして……」
「初めて?」
「えぇ……」
(……どういうことなのだろう。突っ込んで聞いてしまっていいものだろうか……)
「「…………」」
(……えーと)
二人の間に若干の沈黙が流れる。
「……道理で火力が少し高すぎるのですね」
「え……?」
「それだけの出力をするとターゲット以外のものを破壊してしまいかねません……」
そう言うと、ジークは再び手を差し出す。
シャルロットは不思議そうにその手を取る。
「少し失礼します……」
ジークはゆっくりと自分の魔力をシャルロットに注ぎ込む。
「っ……」
「リラックスして……、魔力の器から手の平へ必要な分だけすくうイメージで……」
「……はい」
「そうです。それでは、先ほどの魔法をもう一度……」
「わ、わかりました。——炎の槍」
炎は闇のような紫黒の輝きを放っているという点は同じであったが、今度はちょうど身の丈程度の火の槍が出現する。
「……で、できた」
シャルロットは口をぽっかりと開けて驚く。
「……たった一度でできるなんて、すごいですね。シャルロット嬢」
「あ、ありがとうございます。ジーク様に補助いただいたおかげです」
「いえいえ……」
(…………すごいセンスだ。しかし、これほどの魔力を持ちながら、誰も今まで出力調整を教えずに来たのか……?)
「…………」
「……どうかされましたか? ジーク様」
眉間にしわを寄せるジークをシャルロットは不思議そうに窺っている。
「……あ、いやいや。……そうだ。も、もしよかったら、このまま領内を少し散歩してみますか?」
「……執務の方は大丈夫でしょうか?」
「あ……。……こちらの方が大事ということで」
(……何を言ってんだ、俺は……)
「……!? ……是非」
(…………)
シャルロットが受け入れてくれて、少しほっとするジークであった。
そうして、どこか初々しい二人は領主館の敷地を出て、散歩してみることにした。
◇
エルファルト領の領都は王都のような華やかさはなく、石造りや木造の素朴な家屋が並ぶのどかな街並みであった。
通りを歩いていると、すれ違う領民たちが次々と声をかけてくる。
「おや、ジーク様! お帰りなさいませ!」
「領主様! ワイバーン討伐、お疲れ様でした!」
「あぁ、ただいま……」
領民たちは口には出さないが視線はシャルロットの方に向いていた。
(……また新しい婚約者か、と思われているのかもな)
と、若い女の子が叫ぶ。
「ジーク様、また新しい婚約者様ですかっ! めちゃくちゃ綺麗な方ですね!」
「ぶーーーー」
ジークは思わず吹き出す。
(ちょっ、おまっ!)
「はは、えーと、シャルロット嬢……、その……実は自分には過去に婚約者が……」
「……存じておりますよ」
「……あ、そうでしたか」
「そういう意味では、私も同じですから……」
「あ……」
(そうだったな。しかも相手は王族という……)
「あ、ジーク様、すみませんでしたっ! 余計な一言を……」
「あ、あぁ……」
(頼むぜ、おい……)
一方、シャルロットは領民たちの様子に少し驚いていた。
公爵家が治める領地では領主と領民の間に明確な壁がある。しかし、ここにはそれがない。
それに、すれ違う領民たちの様子も少し変わっていた。
農具を持っている者もいれば、なぜか腰に立派な剣を帯びている者や、筋骨隆々の体つきをしている者がやたらと多い。
「……どうかしましたか?」
ジークが尋ねると、シャルロットはこくりと頷く。
「あ、えーと……皆さん、とても活気があるというか……その、強そうですね」
「そうですね、このエルファルト領は魔族の領域に近いですからね。いつ魔族や魔獣が押し寄せてきてもおかしくない。だから、領民たちも自分の身を守るために鍛えている者が多いんです」
「なるほど……」
すると、近くで荷馬車を引いていた恰幅の良い男が会話に混ざってくる。
「へへっ、お嬢様。俺たちは強いですよ! でもまぁ、この領地の一番の悩みは、ここ数年、その魔族領域から流れてくる瘴気が強まったせいで、土地が痩せほそっちまってることなんですけどね」
男は困ったように頭を掻く。
「だから農作物はあまり育たねえし、大きな産業もない。どうやって領を回してるかっていうと……ほら」
男は親指でジークを指し示す。
「ジーク様が自ら、他所まで出向いてデカい魔獣をぶっ倒す出稼ぎ……傭兵みたいなことをして莫大な報奨金で、俺たちを食わせてくれてるんです。本当に頭が上がりませんよ」
「おい、よせ……」
ジークは少し照れくさそうに視線を逸らす。
(……まぁ、傭兵業がメインだが、もちろん忠義の部分もある……)
「……」
そして、ジークはふと思い出す。
(というか、またしてもその話か……。殿下によると、その依頼がしばらくない……。つまり資金源のあてがないわけで……。まずいぞ……)
ジークが内心で、ひっそりと頭を抱えている中、男が話を続ける。
「ですが、本当に魔獣というやつは厄介ですよ。危険なのはもちろんですが、あいつら、倒すとほとんどの奴は消滅しちまってな、残るのは石っころだけですからね」
「そうですね……」
ジークも同意するように頷く。
「肉や皮が残る普通の獣ならまだしも、魔獣の大半は素材が残らない。たまに出るあの石っころも、売っても二束三文にしかなりませんから。割に合わないことこの上ない」
「…………」
そんな話をシャルロットはどこか不思議そうな表情で聞いていた。
(……? どうかしたのだろうか)
ジークがそう思ったのも束の間、ぴたりと隣を歩いていたシャルロットが足を止めた。
「……あの」
シャルロットは自らのドレスのポケットに手を入れた。
そして、先ほど裏庭でシャドウ・ウルフを倒した際に残った小さな石を取り出す。
「石っころってこの魔石のこと……ですよね?」
「……? そうですが……」
「え、えーと……、失礼かもしれませんが……、二束三文にしかならないってどういうことでしょう?」
シャルロットは首を傾げる。




