02.とんでもスペック
三人で床に落ちた書類をかき集め、しばらくすると、ふいにシャルロットの手が止まった。
じっと書類を眺め、そして呟く。
「…………あれ? これって……」
「……? どうかしましたか?」
ジークが尋ねると、シャルロットはビクッと肩を揺らす。
「あ、すまない……」
「い、いえ、とんでもありません……」
「それで……、どうかしましたか?」
再び尋ねられると、シャルロットは拾い上げた一枚の書類を見つめながら、おずおずと口を開いた。
「……出過ぎた真似かとは存じますが、この備品購入の計算書……合計金額が間違っていませんか?」
「えっ!?」
フィナが驚いて、顔を上げる。
「えーと、金貨百二十三枚と銀貨四枚となっていますが、正しくは金貨百五十七枚と銀貨二枚になるかと……」
「え、嘘……! ちょっと待ってください。確認します!」
フィナは慌てて、書類に記載された十数項目にも及ぶ金額を一つ一つ足し合わせていく。
五分後。
「……ほんとだ。途中の掛け算の計算がすっぽり抜けてたっ……!」
フィナが頭を抱えて机に突っ伏した。
「というか、シャルロット様! どうして今の一瞬で、こんな項目の多い計算の合計が出せたんですか!?」
「えっ? あ、はい。実は、フラッシュ暗算の方をたしなんで……じゃなくて! 幼い頃から領地で諸々の計算を手伝っておりまして!」
その瞬間、シャルロットの声が少しだけ大きくなる。
「すごすんぎなんよ!」
フィナは興奮している。
(……フラッシュ暗算……ってなんだ? 魔法の類か? いや、それよりフィナが五分も掛かる計算を一瞬で……?)
「も、申し訳ありませんっ……! 私のような余所者が、出しゃばってしまいっ……」
「……いえ、助かりましたよ」
ジークは穏やかな口調で言う。
「……っ」
「…………それに、シャルロット嬢、少なくとも、余所者ではありませんよね?」
◇
それから数日。
ジークは溜まりに溜まった執務に追われていた。
その間、シャルロットはフィナと過ごすことが多かった。
どうやらフィナはシャルロットに仕事を少し見てもらっているようであった。
時折、監視のためか現れるフィナによると、
「ジーク、シャルロット様、すごいっ! これならあたしが嫁いでも大丈夫だよっ!」
とニコニコである。そして、
「…………ジークが婚約破棄されなければね……」
と、急にどんよりする。
(……いや、それについては、すまないとは思っている)
ジークも視線を逸らす。
フィナが去り、執務室に一人になったジークは考える。
(いや、しかし今までの婚約者の中で、ここまでフィナが懐くことがあっただろうか……。…………遠征時、手紙くらいは書いた方がいいのだろうか……。いや、待て、その遠征……、しばらく依頼がないかもしれないこと、フィナにいつ打ち明けよう……。もし例えば年単位で依頼がないとなると……。頭が痛い……)
そんな風に考えた時であった。
執務室の扉をノックする音が聞こえた。
「……どうぞ」
「……失礼します」
(……!)
そう言って、入ってきたのはシャルロットであった。フィナはいない。シャルロット一人だ。
「シャルロット嬢……ど、どうかしましたか?」
シャルロットはやや俯いて、眉をひそめている。
「あ、あの……ジーク様、ひとつ、お伝えしておかなくてはいけないことが……」
「……はい」
「私、その……実は、王室とトラブルがありまして……」
(……! 第四王子のことか……)
「……ひょっとすると、その……ジーク様、いや、エルファルト領にご迷惑をおかけするかもしれず……それについて……」
(…………王室が嫌がらせかなにかをしてくるかもしれないから、事前に謝っておきたいということか……)
「……お気になさらず」
「え……?」
「…………シャルロット嬢、もしよければ少し裏庭で散歩でもしませんか?」
「え……? いいのですか?」
シャルロットはジークの机の大量の紙の束を見つめる。
「えぇ、少し、息抜きもしたいので……」
「…………是非」
そうして、二人は裏庭へと向かった。
「いい天気ですね」
「えぇ……」
そう応えるシャルロットの横顔は何かを憂いているようであった。
「……シャルロット嬢、エルファルトはしがない土地です。ですが、王室を畏れない」
「……!」
「誤解なさらないでください。忠義がないわけではありません。ですが、畏れもしない。ですから……大丈夫ですよ」
「…………はい」
シャルロットは少し呆然としていた。
その時であった。
グルルルルルっ。
(……!)
気配を察知し、ジークは振り返る。
すると、生垣を飛び越えて、影のように黒い狼が数匹が裏庭に飛び込んできた。
「……ま、魔獣!?」
シャルロットが動揺したように声をあげる。
「……魔獣ですね。この辺では珍しくないことなので……」
(……シャドウ・ウルフか。数が多いと厄介だな)
「……あ……ぁ……」
シャルロットは恐怖に顔を歪める。
それはこれまで表情をあまり変えなかったシャルロットからすると、少し意外ではあったが、
(……中央にいれば遭遇することもないだろうし、無理もないか)
とジークが思ったのも束の間、
「え……?」
なぜかシャルロットがジークの前に立つ。
まるで魔獣からジークを守ろうとするかのように。
(……)
しかし、シャルロットの脚は小刻みに震えていた。
グラァアアアアア!
そうこうしているうちにシャドウ・ウルフが襲い掛かって来る……、ので、
ギャンッ!
ジークが対処する。
目の前のシャルロットを避け、シャドウ・ウルフをハルバートでねじ伏せる。
「え……?」
シャルロットは驚いた様子で、目を見開いている。
「シャルロット嬢、ありがとうございます。ですが、この程度なら自分の身は自分で守れますよ」
「…………すごい」
シャルロットは小さくそう零す。
その間にも、別のシャドウ・ウルフがシャルロットに向かってくる。
(……させんよ)
もう一度、ジークが対処しようとした。その時であった。
「——炎の槍」
(はい……?)
裏庭に巨大な火柱が立つ。
その炎は闇のような紫黒の輝きを放っていた。
結果、シャドウ・ウルフは消滅し、後には小さな石だけが残された。
「…………で、できた……」
その魔法を放った本人であるシャルロットは気が抜けたのか、ぺたんとへたり込む。
(え……? 無詠唱……? なに、あの炎の色……。全然、氷じゃないし……。え……? なにこのスペック……。公爵家令嬢というのは皆、こうなのか? いや、そんなことないよな……)
ジークは唖然とするのであった。




