14.モブ辺境伯※シャルロット視点
「……よく一人で頑張りましたね。破滅の運命がまだ残っているというのなら、俺も一緒に抗います。あなたは俺の婚約者なのですから」
ジーク様のその言葉と、背中を撫でる不器用で温かい手のひらに、私は子どものように泣きじゃくってしまった。
緊張の糸が切れたのだと思う。
前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと気づいてから、私はずっと恐怖と戦ってきた。
破滅フラグを折るために、領地経営の勉強も、魔法の特訓も、必死にやってきた。
でも、運命の強制力なのか、婚約破棄イベントは発生してしまった。
威力の調整ができないというまさかのポンコツ理由で魔法も使えず、ゲームのシナリオ通りにエルファルト領へと追放されてしまった時は、なかば呆れてしまった。
乙女ゲームの中での『エルファルト領の辺境伯』の扱いは、ひどいものだった。
そもそも立ち絵すらない、テキストに名前がちらっと出るだけの、完全な『モブ』。
とってつけたような「氷の伯爵」なんて物騒な二つ名がついているから、きっと冷酷で意地の悪い人が待っているのだとばかり思っていた。
なのに、
『……ジーク・エルファルトだ。わざわざこのような辺境まで来ていただき、ありがとうございます』
馬車を降りて初めて彼を見た時、私は不覚にも見惚れてしまったのだ。
さらさらした黒髪に、射抜くような蒼い瞳。
長旅の土埃にまみれた私に、彼はとても穏やかで、誠実な声で挨拶をしてくれた。
……え? モブ辺境伯って、こんなに……と、内心パニックになっていたのは内緒だ。
彼と過ごす毎日は驚きの連続だった。
妹のフィナさんは太陽みたいに明るくて、私をよそ者扱いせずにすぐに懐いてくれた。
領民の人たちも、ジーク様のことを心から慕っていて、領地全体がとても温かかった。
そして何より、ジーク様自身が、私の想像を遥かに超えていた。
私がうっかり前世の知識でフラッシュ暗算をしてしまった時も、気味悪がるどころか『助かりましたよ』と言ってくれた。
裏庭でシャドウ・ウルフに襲われた時、私はあれが破滅イベントだと思った。
せめて彼だけでも守らなきゃと、気がついたら、前に出ていた……のに、
あっさりとハルバートで魔獣を退けた彼の背中は、たまらなく大きかった。
貴族学園で、攻略対象達に囲まれていたはずなのに、その時、私の中で、それまで感じたことのない何かが動いた気がした。
ラングルスター子爵領のダヌエルさんに理不尽に買いたたかれていると知った時。
私の言葉を信じて、ジーク様は一緒に怒ってくれた。
応接室でダヌエルさんに私が見下された時も、ジーク様は交渉を白紙にして、私の手を引いて連れ出してくれた。
その時の彼の手は、とても大きくて、力強くて……少し体調が悪くなってしまった。
全然、嫌じゃないのに、なんで体調が悪くなるの……?
そして、廃教会での出来事。
またしてもジーク様は現れた。
『助ける? 勘違いするな。シャルロット嬢の手をお前ごときに汚したくなかったからであって……俺がお前を処す』
……あれは、ずるい。
これ、多分、バグです……。
「……シャルロット嬢?」
ふと、上から優しく声が降ってきた。
我に返ると、私はジーク様の胸元に顔を埋めるような体勢で泣いていたことに気づく。
「ひゃっ!? も、申し訳ありませんっ! 私、はしたなく……!」
慌てて飛び退こうとしたけれど、ジーク様の手が優しく私の肩を引き留めた。
「か、構いませんよ。……今まで一人で抱え込んでいた分、いくらでも泣いてください」
その言葉に、また少しだけ涙が滲む。
でも、もう恐怖の涙じゃない。
運命の魔獣の脅威はまだ完全には去っていないし、領地の財政もギリギリだ。
破滅フラグが完全に折れたわけではないかもしれない。
けれど、彼が一緒に抗うと言ってくれた。
『あなたは俺の婚約者なんですから』と。
……この人となら、きっと大丈夫。
私はジーク様を見つめて、そっと微笑んだ。
どうかな? 少しは自然に笑えたかな……?
◇◇◇
「………………」
シャルロット嬢が目を細めて微笑んだ。
(っっ…………、あまりにも……、あまりにも……、か……、か……、可愛すぎるっっっ!!)
次話で完結となります。




