13.悪役令嬢
「じゃあ、俺はフィナが淹れた茶でも飲んでくるわ。ジーク、お前は、ちゃんと本人と話し合えよ」
ルーファシスが執務室を出ていくと、入れ替わりでおずおずとシャルロットが戻ってきた。
「……え、えーと、ご用とはなんでしょう?」
「え……?」
「え……? ルーファシス殿下からジーク様が呼んでいると……」
「あっ……、あ、あぁ、そうなんだ……」
ジークがソファを勧めると、シャルロットは静かに腰を下ろした。
ジークも対面のソファに座り、真っ直ぐに彼女の紫の瞳を見据える。
「すみません……。実は……殿下から王都での一件をお聞きしました」
「……っ」
シャルロットの肩が微かに揺れた。
「ラドルッチ殿下との婚約破棄。そして、セシリア嬢との魔法決闘のことです」
ジークは言葉を選びながら、ゆっくりと問いかけた。
「……なぜ、あなたは決闘で魔法を使わなかったのですか?」
「え……?」
「廃教会で見せたあなたの魔法の腕前なら、決闘で負けるはずがありません。……何か、理由があるのではないですか?」
ジークの問いかけにシャルロットは伏し目がちに両手を強く握りしめた。
「…………」
長い沈黙の後、シャルロットは意を決したように顔を上げた。
「……ジーク様。とても信じられないようなお話になると思いますが……聞いていただけますか?」
「えぇ。あなた自身の言葉を信じます」
シャルロットは小さく深呼吸をし、静かに語り始めた。
「私には……前世の記憶があるんです」
(……お? ……おぉ?)
ジークの思考がわずかに停止する。
「幼い頃に高熱を出した時、自分がかつて全く別の世界……『日本』という国で生きていた記憶を思い出しました」
(……にほん? なんだその国は)
「そして、私は気づいてしまったのです。この世界が、私が前世で遊んでいた『乙女ゲーム』という娯楽の物語と酷似した世界であることに」
(……お、おとめげぇむ?)
ジークの頭の中にクエスチョンマークが大量に浮かぶ。
が、シャルロットがあまりにも真剣な表情をしているため、無言で先を促す。
「その物語の中で、シャルロット・ローゼンベルグは、主人公であるセシリアさんをいじめる『悪役令嬢』という立ち位置でした」
シャルロットの言葉に、ジークは少しずつ状況を整理していく。
「……その物語の結末で、私はメイン攻略対象のラドルッチ王子から婚約破棄され、決闘に敗れ、辺境に追放されます。そして……」
シャルロットはぎゅっと唇を噛んだ。
「追放先のエルファルト領で、魔獣に襲われて死ぬ運命になっていたんです」
「……!」
(俺の領地が彼女の死に場所だっただと……!?)
「それが私の『破滅フラグ』でした。……私は、死にたくはありませんでした。だから、必死に努力しました」
シャルロットの声に熱がこもる。
「運命を回避するために、領地運営の知識を詰め込みました」
「……なるほど、だからあのフラッシュ暗算とかいう超速計算を……」
「あ、いや、それは前世でそろばんの方を……」
「そ、そろばん……?」
「あ、これは一旦置いておいていただいて、それ以外にも……誰にも内緒で魔法の訓練を積んでいたんです」
「え……? 独学で……?」
「はい……。それと、もちろん、ゲームのシナリオ通りにならないよう、私はセシリアさんへのいじめなど一切しませんでした。それでも……運命の強制力のようなものが働いたのか、婚約破棄のイベントは起きてしまいました」
シャルロットは力なく微笑んだ。
「そして、決闘の場。……私は、魔法を使おうとしました。でも、魔力を練り上げた時、急に不安になったんです」
シャルロットの紫の瞳が悲しげに揺れる。
「……これを放ったらセシリアさん死なないかと……」
(……!)
「実は、こっそり独学で学んでおりまして、どんどん強くなる魔法に嬉々としていたのですが、今思えばそれが間抜けでした。肝心な威力を調整する方法がわからなかったのです。だから、怖くて……魔法を出すことができませんでした」
「…………」
「そもそも私はセシリアさんを憎んでなどいませんでした。彼女も……過去の失恋の傷を抱えながら、一生懸命に頑張っている一人の女の子なのです。ただ、この件は前世の記憶にはないことで、少し驚きました」
(……セシリア嬢の失恋……か……。時系列的に……。あ、いや、きっと気のせいだな)
「結果として、私は追放され……シナリオ通り、この領地にやってきた直後に魔獣に襲われました。運命からは逃れられないのかと絶望しかけました。ですが……」
シャルロットは顔を上げ、涙ぐんだ瞳でジークを真っ直ぐに見つめた。
「辺境のモ……ではなく! ジ、ジーク様が、私の前に立ってくださいました」
(……モ?)
「……エルファルト領は魔族領域に近く、今後も魔獣の脅威がある以上、まだ完全に破滅の運命を回避できたとは言えません。なので、本当に申し訳なく思っています」
「……だから、初めて会った日、申し訳ないと言ったのですね?」
「……はい、仰る通りです」
シャルロットの告白が終わり、執務室に静寂が訪れる。
(……前世? 乙女ゲーム? 破滅の運命?)
普通なら、頭がおかしくなったのかと疑うような話だ。
だが、ジークの胸には、すとんと落ちるものがあった。
これまでのシャルロットの不可解な言動。
桁外れの執務能力。
無詠唱で放たれた強大な魔力。
そして、裏庭で魔獣が現れた時、震える足でジークの前に立ち塞がろうとした彼女の姿。
すべてが繋がり、一つの答えを出していた。
「……なるほど。道理であんなに書類仕事が早かったんですね」
「え……?」
シャルロットは目を丸くした。
「そ、そこですか……? え、えーと……あの、信じて……くださるのですか?」
「えぇ、……はい」
ジークが穏やかに微笑むと、シャルロットの目からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「う、うぅ……。私、ずっと……ずっと一人で怖くて……!」
「……よく一人で頑張りましたね。破滅の運命がまだ残っているというのなら、俺も一緒に抗います。あなたは俺の婚約者なのですから」
ジークはソファから立ち上がり、シャルロットの隣に座ると、不器用な手つきで彼女の背中を優しく撫でた。




