15.ずっと
(っっ…………、か……、か……、可愛すぎるっっっ!!)
ジークは内心で叫びながら、己の顔が急速に熱を持つのを感じた。
普段はどこか儚げで、感情の起伏をあまり見せないシャルロット。
その彼女が、涙で潤んだ瞳を細め、はにかむような笑みを自分に向けた。
破壊力が高すぎる。
(……なんだこれ……。なんなんだこれ……)
それはジークが今まで感じたことのない感情で、それが何なのかすぐには理解することができなかった。
「あ、あの……ジーク様?」
ジークが微動だにしなくなったのを見て、シャルロットが不思議そうに首を傾げる。
その仕草すらも直視すると何かの一線を越えてしまいそうで、ジークはそれが怖くなって思わず視線を逸らした。
「……こ、こほん。まぁ、そういうわけですので、これからは一人で抱え込まず、何でも俺に言ってください」
「はい。……ジーク様、本当にありがとうございます」
シャルロットがもう一度頭を下げた、その時だった。
「お邪魔しますよーだ」
執務室の扉が開き、ルーファシスがティーカップ片手に戻ってきた。
その後ろから、フィナもひょっこりと顔を出す。
「お、なんだなんだ? なんらかの波動を感じるのだが……、おい、チューとかしてねえだろうな?」
ルーファシスは少々、訝しげな表情を浮かべながらソファに座る。
「し、してませんよ……!」
シャルロットも顔を赤らめて、床を見つめている。
「……それで、殿下。そろそろ本題に入っていただいてもよろしいですか? 殿下が流石に昔話をするためだけにこのような辺境に足を運ばれるわけはないですよね?」
ジークが真面目な顔を作って問いかけると、ルーファシスは肩をすくめた。
「……そりゃあそうだな」
ルーファシスはティーカップを置き、表情を引き締めた。
「結論から言おうか。ジーク。『勅命』だ」
「ちょ、勅命……?」
ルーファシスは懐から重厚な封蝋がされた羊皮紙を取り出し、机の上に置いた。
「その内容は『魔族領域の開拓』」
「なっ……!?」
ジークだけでなく、フィナもシャルロットも目を見開いた。
「魔族領域は長年放置されてきたため、強力な魔獣が跋扈し、手を出せなかった」
ルーファシスは腕を組む。
「だが、だからこそ他国も手を出せず、何があるのかは完全に未知。言ってしまえば……ロマンの塊というわけだ。……その開拓を、お前を任命する、という勅命だ」
「俺を……ですか」
「あぁ、開拓報酬としてしっかりと国家予算が降りる」
ルーファシスの言葉に、ジークは息を呑んだ。
魔族領域の開拓。
それは、長年エルファルト領を苦しめてきた瘴気と魔獣の脅威を根本から解決する可能性を秘めている。
しかも、国家予算が降りるとなれば、防衛費も領地の再建も一気に進む。
「……もちろん、危険は伴う。断る権利もあるが……どうする?」
ルーファシスが笑みを浮かべる。
ジークは、隣に座るシャルロットを見る。
そして、わずかに逡巡する。
だが、
「……引き受けます」
ジークは頷く。
「……ただまぁ、悪いな……。婚約したばかりだと言うのに」
ルーファシスは眉をひそめ、僅かに憂いの表情をのぞかせる。
「……いえ、それが自分の使命ですから」
◇
エルファルト領主館、中庭——。
「ジーク様、いよいよですね。武具の準備は整っております」
「あぁ……」
ジークは愛用のハルバートの刃を布で拭きながら、気だるげに生返事をする。
話しかけてきたのは、執事姿の少年ノエルである。
彼は一見するとただの執事だが、ジークの遠征には必ず同行する優秀な戦闘員でもあった。
「……」
「……」
ハルバートを磨くジークの手が再びピタリと止まる。
そして、今日だけで何度目になるか分からない深い溜息をついた。
「ハァ……」
「…………ジーク様」
ノエルがジークをじとーっと半目で見つめる。
「なんだ?」
「先ほどから溜息ばかりですが、どうかされましたか? ひょっとして体調でも……」
「いや、体調は万全だ」
「……そんなに良いのですか? シャルロット様は?」
「…………あぁ、優秀な良い人だよ」
「えーと、……そういう意味じゃなくてですね……」
「ん? じゃあ、どういう意味だよ」
「いや、いいです」
ノエルは小さく頭を抱える。
(……? しかし、本当に優秀な人なんだ)
シャルロットは基本的にフィナの手伝いをしていて、ジークと常に一緒にいるわけではなかった。
(シャルロット嬢は……フィナの代わりに俺の留守を任せられる人材だと思う……だが……)
時々、廊下ですれ違ったりで、シャルロットが視界に入ると、ジークはなんだかむず痒い気持ちになる。
その感覚がなんなのか、ジークは未だに分かりかねていた。
そして、前日、この魔族領域開拓への遠征出発の旨をシャルロットに伝えた時のことを思い出す。
『……というわけで、すでにご存じのことと思うが、明日から少し領地を空けることになる』
『……はい』
シャルロットは紫の瞳を僅かに伏せた。
『……そう……ですよね』
『……あぁ、すまない』
『領のためじゃないですか……何を謝ることがあるのですか? 承知致しました』
その時のシャルロットの微笑みが、ジークの胸にはチクリとした痛みが残ったのだった。
◇
そして、出発の日の朝。
領主館の玄関前には、旅装を整えたジークとノエルが立っていた。
その前には、見送りのためにフィナが来ている。
「ジーク……」
フィナは今にも泣き出しそうな顔でジークの服の裾をぎゅっと掴んでいた。
「……どうした、フィナ」
「今回ばかりは……今回ばかりは……」
それがシャルロットとのことを憂いてのことだとジークにもわかった。
だが、
「ごめん、なんでもない。分かってるんだ。ジークのせいじゃないって。むしろジークはすごく大変な思いをしてるって」
なんだかんだ言って、フィナは、遠征前のジークに不満をぶつけることは決してなかった。
それが逆にジークの心を締め付ける。
「フィナ、すまないな……。留守は頼んだぞ」
「謝らないで……、生きて帰ってきて、私はそれだけで十分だから」
「……善処する」
(……)
ジークは、さりげなくフィナの背後や館の入り口へと視線を巡らせる。
(……シャルロット嬢は……いないな)
朝早くの出発である。
無理に起きて見送りに来る必要はないと事前に伝えてはいた。
(……少し舞い上がっていたのかもしれないな……。結局は、いつもと同じ流れになってしまうかもしれないな……)
ジークが微かに肩を落とし、出発しようと背を向けた、その時だった。
「お、お待ちくださいっ……!」
館の奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「……?」
ジークが振り返ると、そこには——、
「はぁ、はぁっ……! ま、間に合いましたか……!」
息を切らしたシャルロットが立っていた。
だが、普段の優雅なドレス姿ではない。
動きやすい丈のプリーツスカートに、しっかりとした革のブーツ。
そしてなにより、
(……なんだ、あの巨大な……リュック……!?)
シャルロットの背中には、彼女の小柄な体と同じくらいある、パンパンに膨れ上がった巨大なリュックサックが背負われていた。
「しゃ、シャルロット嬢……? 見送りに来ていただいたのは嬉しいのですが、その、お荷物は……?」
ジークが困惑気味に尋ねると、シャルロットは答えた。
「私、考えたのです」
「……な、何をですか?」
「ジーク様の婚約者として、できることはないか……と」
「そ、それで、えーと……」
「行きます」
「……はい?」
「私も遠征に……行きます」
シャルロットは確かにそう言い放った。
「……そ、そんな……、……遠征は危険ですよ!」
(こんなこと……、過去に一度もなかった。おとめげぇむの件は抜きにしても、こんなこと……)
「……承知しています。で、でも……お願いします……! 私、ジーク様から離れたくないのです!」
「……!」
(普段の自分なら、このような非合理的な判断はしないと思う。だが……)
「……わかりました。……大丈夫です」
(気が付けば、俺はシャルロットの同行を許可していた)
「俺が命に代えても守りますから」
「それは困ります」
「……え?」
「ジーク様を命に代えても守るのは私ですからね」
そう言って、シャルロットは、はにかみながら微笑む。
(っっっ————…………)
その時、ジークの胸の内で、これまでかろうじて引っ掛かっていた何かが完全に落ちた音がした。
「…………シャルロット嬢……。俺からも一つ……頼みがあります」
「……? なんでしょう?」
「シャルロット……、ずっと隣りにいてほしい」
これにて完結となります。
ここまでお読みいただき有難うございます。
一気に投稿してきましたが、あまり反応がなく、読んでくれている方がいるのか不安になりますね。。。
差支えなければ★評価いただけると幸いです。




