11.恩義
「……そこまで勝手に語られたら、その後のことも話さないと不公平というものですね」
ルーファシスが懐かしそうに笑うのを見て、ジークは小さく息を吐いた。
そして、今度はジークが静かに口を開いた。
ジークの目が過去の記憶を映し出すように細められた。
◇
俺が王立貴族学園を卒業し、領地へ戻ってしばらく経った頃だった。
エルファルト領に悲劇が襲いかかった。
魔族の領域から溢れ出した、数十、数百という魔獣の大群、スタンピードであった。
当時の領主であった父は最前線で命を落とした。
俺が駆けつけた時、父はすでに動かなくなっていた。
残されていた魔獣の死骸の山が父が築いた最期の功績であった。
この戦いによって父だけでなく、ノエルの父など、側近の多くも命を落とした。
当時、妹のフィナは貴族学園に通っていた。
彼女は非常に成績優秀で、将来は王宮で文官として働く道を期待されていたほどだった。
しかし、父の訃報と領地の危機を知り、自主退学してエルファルト領へと戻ってくることとなった。
悲しんでいる暇などなかった。
スタンピードを鎮圧した後、本当の試練はそこからだった。
魔族の領域から流れてくる瘴気が急激に強まり、エルファルトの土地を覆い尽くしたのだ。
それまで育てていた農作物は枯れ果てた。
土地は痩せ細った不毛の大地へと成り果てた。
日常的な魔獣の脅威に対する防衛費に加え、数万人の領民を食わせるための他領からの食糧買い付け。
支出ばかりが膨れ上がり、税収は激減した。
エルファルト領は、真綿で首を絞められるように、静かに、しかし確実に崩壊へと向かっていた。
俺の武力で魔獣を退けることはできても、それだけで資金を生み出すことはできない。
フィナがどれだけ計算を巡らせ、切り詰めても、無い袖は振れなかった。
……このままでは、あと数ヶ月で領地は完全に破産する。
そんなある日の深夜。
俺は一人、薄暗い執務室で大量の赤字が記された帳簿を前に頭を抱えていた。
もはや打つ手はなかった。
……俺一人では、みんなを救えないのか……。
己の無力さに絶望し、深く息を吐き出した、その時だった。
コンコンと窓ガラスを叩く音と共に、ひときわ快活な声が響いた。
「助けに来てやったぜ? お前の専用騎士様がよぉ」
(……え?)
顔を上げると、執務室の窓枠にきざったらしく腰を下ろしている人影があった。
フードを深く被っていたが、その声と不敵な笑みをジークは一人しか知らなかった。
第一王子ルーファシス殿下だった。
「で、殿下……? なぜ、こんな辺境に、お一人で……」
「なぜ? あほか……! なら、お前はなんであの日、戻ってきたんだよ?」
(……!)
ルーファシス殿下は窓から部屋の中へ降り立つと、俺の机の上に無造作に一枚の羊皮紙を置いた。
そして、言い放つ。
「俺のために働け」
羊皮紙には王室直属の極秘討伐依頼書と書かれていた。
ターゲットは国家に甚大な被害を及ぼす国家級の魔獣であった。
そして、そこに記されていた報奨金の額は……エルファルト領の年間赤字を補填できるほどの莫大な金額だった。
「俺の個人的なルートで王国の厄介な討伐依頼は全部お前に直接流す。お前のその異常な武力を金に換えろ」
「……っ」
「勘違いすんなよ。お前が成功すれば俺の株も上がる。つまりはウィンウィンという奴だ。……やってくれるな?」
静かだが、力強い提案だった。
彼はウィンウィンなどと言っていたが、紛れもなく、エルファルト領のため、俺のためのご厚意であった。
それが俺が領地を離れて傭兵業をするようになった始まりだった。
殿下が用意してくれたあの夜の依頼書がなければ、エルファルト領は破綻していた。
フィナも、領民たちも、路頭に迷っていただろう。
「……殿下。このご恩は、生涯忘れません」
俺は膝を付き、深く頭を下げた。
「……やめろや、水臭い」
◇
「……と、いうわけです。あの夜、殿下がこっそりと仕事を回してくれなければ、今のエルファルト領はありません」
ジークが静かに語り終えると、執務室はしんとした空気に包まれた。
「……」
シャルロットは両手で口元を覆い、瞳に涙をいっぱいに溜めていた。
「ず、ずびっ……! お兄ちゃんと殿下……尊すんぎなんよぉおお……っ!」
部屋の隅で、フィナは鼻水を垂らしながら号泣していた。
「おいおい、だからそんな大層なことじゃねえって。俺はあの時助けてもらった借りを返しただけだ。ってか、ジーク! きざったらしくとか余計じゃねえかっ!?」
ルーファシスは照れくさそうに頭を掻きながら、ふんぞり返った。




