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病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


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9/12

9.

 セリアは両親とともに、王立魔法療養院の会議室を訪れていた。


 普段診察を受ける部屋より広く、静かな雰囲気の部屋だったが、セリアは何度も膝の上の手を握り直していた。

 隣に座る母も、どこか緊張した面持ちでハンカチを握りしめている。

 父はそんな二人を安心させるように穏やかな表情を浮かべていた。

 コンコン、と扉が叩かれる。


「失礼します」


 主治医に続いてゼインが部屋に入ってきた。

 父と母はすぐに立ち上がる。


「本日は娘の治療についてお時間をいただき、ありがとうございます」


 父が深く頭を下げる。

 母もそれに続いて一礼した。


「急な話にもかかわらず、お集まりいただき感謝する」


 ゼインは軽く頷き、向かいの席に腰を下ろす。

 主治医も隣に座ると、全員を見回した。


「それでは、始めましょう」


 ゼインは静かにセリアに視線を向ける。


「今日は今後の治療について話がある」


 部屋の空気が一気に引き締まる。


「先日の診察で、君の魔力回路を確認した」


 机の上に一枚の図を広げる。


「閉塞症と呼ばれているが、君の場合は完全に塞がっているわけではない。何か所かが細くなり、流れが滞っている」


 図を指でなぞりながら説明を続ける。


「特に、この一か所だ」


 胸部にあたる箇所で指を止めた。


「ここは回路が極端に細く、ほとんど魔力が通っていない。この部分で魔力が滞り、それが現在の症状の大きな原因になっている」


 セリアは真剣な表情で図を見つめていた。


「ここが良くなれば……体は楽になるんですか?」

「改善できれば、今よりは楽になる。発熱や息苦しさも、かなり軽くなる可能性が高い」


 その言葉に、母は思わず口元を押さえた。

 しかし、ゼインはすぐに言葉を続ける。


「ただし、急いではいけない。治療のためとはいえ、細くなった回路に一度に強い魔力を流せば、回路そのものを傷つける危険がある」

「少しずつ広げていくのですね」


 父が確認するように尋ねる。


「そうだ」


 ゼインは頷いた。


「慎重に回路を広げ、魔力が正常に流れる状態に体を少しずつ慣らしていく必要がある」

「治療には、どのくらい時間がかかるのでしょうか」

「完治できるかはまだ分からない。だが、短期間で結果が出る治療ではない」


 セリアは小さく息を吐いた。

 希望がある。

 その言葉だけで胸が熱くなる。

 だが、ゼインは表情を変えずに続けた。


「危険もある」


 母の肩が小さく震える。


「今の治療は、溜まった魔力を外に逃がすだけだ。それでも回路に負担はかかる」

「はい……」

「今回は、細くなった回路そのものに干渉する治療だ。慎重に進めるが、回路を傷つける危険がなくなるわけではない」


 部屋に沈黙が落ちた。

 母は静かに目元を押さえ、涙をこぼす。


「お母様……」


 セリアが心配そうに声をかける。


「ごめんなさいね。嬉しいのか、怖いのか……自分でも分からなくて」


 母は涙を拭いながら苦笑した。

 父はそっと母の肩に手を添えた。


「まだ何も決まったわけじゃない」

「ええ……分かっています」


 それでも、母の涙は止まらなかった。

 幼い頃からずっと自分を見守ってきた母だからこそ、さまざまな思いが込み上げたのだろう。

 父は静かにゼインに向き直る。


「ゼイン様、本当にありがとうございます」


 ゼインは小さく首を振った。


「礼には及ばない」

「まだ治療が成功すると決まったわけではありません。それでも、娘のために可能性を探してくださったことに、心から感謝いたします」


 父は深く頭を下げる。

 ゼインはしばらく父を見つめ、小さく頷いた。


「最善は尽くす」


 その短い言葉だけで十分だった。

 最後にセリアに視線を向ける。


「今日、答えを出す必要はない」


 ゼインはセリアを真っ直ぐ見つめた。


「危険のある治療だ。家族ともよく話せ」


 短く言葉を切り、静かに続ける。


「だが、最後に決めるのは君だ。君自身が納得しない限り、治療を始めるつもりはない」


 セリアはわずかに目を見開いた。

 まだ信じられないという思いでいっぱいだった。

 簡単に頷くことはできなかった。


「……分かりました」


 セリアはゆっくりと答えた。


「きちんと考えます」

「それでいい。返事は急がなくていい。質問があれば、主治医を通して知らせてくれ」


 ゼインと主治医は立ち上がると、会議室を後にした。


◇◇◇


 病室に戻ってからも静かな時間が流れていた。

 先ほど聞いた話が、まだ夢のように感じられ、誰もすぐには口を開かなかった。


「セリア」


 最初に口を開いたのは父だった。


「私たちは、どんな決断でもお前を応援する」


 母も涙を拭いながら頷く。


「ええ。どちらを選んでも、無理だけはしないでちょうだい」


 二人の優しい眼差しを見て、セリアは小さく笑った。


「ありがとう」


 それからしばらく三人で話したが、父も母も治療を受けるよう勧めることはなかった。


「返事は急がなくていいそうだから、ゆっくり考えなさい」

「うん」


 母は名残惜しそうにセリアの頭をそっと撫でた。


「また明日来るわ」

「待ってる」


 二人が帰ると、部屋は静まり返った。

 セリアは窓の外に目を向けた。

 穏やかな青空が広がっていた。


(治るかもしれない……)


 その言葉が、何度も頭の中を巡る。


 幼い頃、この病気が見つかった。

 熱を出しては入院し、体調が落ち着けば家に帰る。

 そんな生活を何度も繰り返していた。


 十歳を過ぎた頃から、入院する期間は少しずつ長くなっていった。家で過ごせる時間は減り、窓の外で季節が移り変わるのを眺めることが増えた。


 それでも、学園に通える日が来ると信じていた。

 友達を作り、勉強をして、放課後には町へ出かけて。

 そんな当たり前の日々を、いつか自分も過ごせるのだと思っていた。


 けれど、その願いは叶わなかった。

 十五歳になる頃から体調を崩す日が増え、学園への入学を諦めた。

 そして十六歳。病状はさらに悪化し、気づけば一年以上、この療養院で暮らしている。


 もう、それが当たり前になっていた。

 期待すると苦しくなる。

 諦めた方が楽だから。

 そう自分に言い聞かせながら、生きてきた。


 ふと、幼い頃のことを思い出す。

 体調を崩す日が続いたある日、泣きながら母にぶつけてしまったことがある。

『こんな体、嫌だ……!』

『どうして私だけなの?』

 母は何も言わず、ただセリアを抱きしめて泣いていた。

 父も笑顔を作ろうとしていたけれど、その表情はとても苦しそうだった。

 あの時の二人の顔を、今でも忘れられない。


 それ以来、なるべく弱音は吐かないようにしてきた。

 悲しませたくなかった。

 心配をかけたくなかった。

 だから『大丈夫』と笑ってきた。

 けれど今日、母の涙には不安だけではなく、初めて得た希望も混じっていた。


 セリアはゆっくりと胸に手を当てる。

 怖くないわけではない。

 失敗するかもしれない。

 今より苦しくなる可能性だってある。

 それでも、この機会を逃したくなかった。


(受けたい)


 答えは、もう決まっていた。

 父と母のためだけではない。

 自分自身のために、治療を受けたい。


 学園にはもう通えないけれど、自分の足で町を歩いてみたい。

 本で読んだ景色を、自分の目で見に行きたい。

 その時、黒衣をまとったゼインの姿が頭に浮かんだ。


「魔王様……じゃなくて、ゼイン様」


 思わず名前を口にすると、自分で少し照れてしまう。

 自分の病気と真剣に向き合ってくれた人。

 あの人を信じたい。

 セリアは静かに微笑んだ。


「……受けよう」


 小さな声で、自分自身に言い聞かせる。

 決意を口にすると、不思議と胸の中が軽くなった。


◇◇◇


 翌日の午後。

 セリアは本を開いていたが、内容はほとんど頭に入ってこなかった。主治医が来たら、治療を受けたいと伝えるつもりだった。

 コンコン、と病室の扉が叩かれる。


「どうぞ」


 顔を上げたセリアの笑顔が、一瞬で固まった。


「セリア」


 聞き慣れた声とともに現れたのは、フレディだった。

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