10.
少し前。
王立魔法療養院の玄関ホール。
「これはフレディ様。本日もセリア様のお見舞いですか」
受付にいた事務長が笑顔で立ち上がった。
「はい。こんにちは」
フレディも穏やかに笑みを返す。
「日頃より療養院にお力添えをいただき、ありがとうございます」
「困っている人の役に立てるなら嬉しいです」
控えめに答えるフレディに、事務長は何度も頭を下げた。
「そうだ」
フレディは従者から包みを受け取る。
「皆さんで召し上がってください」
「いつもありがとうございます」
事務長は受け取ると、近くにいた看護師たちに声をかけた。
「フレディ様から差し入れですよ」
「ありがとうございます!」
看護師たちも笑顔になる。
「本当にお優しい方ですね」
「セリア様も心強いでしょうね」
そんな声を聞きながら、フレディは少し困ったように頭をかいた。
看護師の一人が思い出したように口を開いた。
「そういえば、オーレリア様も何度かセリア様のお見舞いにいらしていましたよ」
「オーレリアが?」
「ええ。とても仲が良さそうでした」
(オーレリアが見舞いに?)
フレディは少し驚いたように目を瞬かせた。
◇◇◇
「セリア、久しぶりだね」
「フレディ様……」
フレディと会うのは二週間ぶりだった。
少し戸惑っているセリアとは対照的に、フレディはいつもの笑顔で部屋に入ってくる。
「しばらく来られなくてごめん」
椅子に腰を下ろしながら、申し訳なさそうに笑った。
「休暇に入ってから父上に領地経営のことを教わっていたんだ。思った以上に覚えることが多くてね」
「そうだったんですね」
侯爵家の跡継ぎなのだから、忙しいのも当然だ。
セリアは小さく頷いた。
「今日は時間ができたから、まず君に会いに来ようと思ってね」
その言葉に、セリアは曖昧な笑みを返す。
するとフレディは、何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、オーレリアが見舞いに来たそうだね」
「はい」
セリアの表情が少し明るくなる。
「何度か来てくれて、一緒にお茶もしたんです」
「そうか」
フレディは安心したように笑う。
「……それで、何か言われたりしなかった?」
「え?」
「君のことでさ」
フレディは少し困ったように肩をすくめた。
「オーレリア、嫉妬しているみたいだったから」
「嫉妬……」
「婚約者が幼馴染のお見舞いに来ているんだから、面白くないんだろう」
まるで当然のことのように言われ、セリアは驚いて目を丸くした。
フレディは優しく微笑む。
「少しくらいきついことを言われても、君は気にしなくていいから」
「違います!」
思わず声が大きくなった。
フレディがきょとんとした顔でセリアを見る。
「オーレリア様は、そんな人じゃありません!」
セリアは真っ直ぐフレディを見つめる。
「初めてお会いした時から、私の話をちゃんと聞いてくださいました。私が謝った時も、責めるどころか、オーレリア様まで謝ってくださったんです」
少し息を整え、続けた。
「優しくて、とても素敵な方です」
「本当に、何も言われなかったのか?」
「はい」
フレディは少し考えたが、やがて納得したように笑った。
「そうか。君はオーレリアを庇っているんだね」
セリアの表情が固まった。
「そうじゃありません」
「大丈夫だよ」
フレディは安心させるように微笑んだ。
「君が気を遣う必要はない」
「どうして……そうなるんですか」
胸の奥に、どうしようもないもどかしさが込み上げた。
何を言っても伝わらない。
フレディは自分にではなく、彼が思い描いた『セリア』に向かって話しているようだった。
「……少しでいいから、私の話を聞いてください!」
その瞬間、視界がぐらりと揺れた。
「……っ」
息が浅くなる。
胸が締めつけられ、小さく咳き込んだ。
「セリア!」
フレディは慌てて立ち上がる。
「ほら、無理をするから」
「だ、大丈夫……」
そう言おうとしても、うまく呼吸が整わない。
ベッドに手をつき、小さく息を繰り返す。
フレディは心配そうにセリアの顔を覗き込んだ。
「……やっぱり僕がそばにいないと駄目だね」
セリアは苦しそうに首を横に振る。
「違……」
「これからは、もっと時間を作って会いにくるよ」
優しい笑顔だった。
その時、コンコン、と扉を叩く音がした。
「セリア」
見舞いに来た母が病室に入ってくる。
娘の苦しそうな様子を見て、表情が変わった。
「大丈夫?」
「いつものことだから……少し休めば大丈夫」
母はセリアの背中を優しくさすりながら、フレディに向き直った。
「フレディ様、本日はお見舞いに来てくださりありがとうございます」
「いえ」
「申し訳ありませんが、今は呼吸も乱れております。今日はこれ以上お話しさせるわけにはまいりません」
母は丁寧に頭を下げた。
しかし、フレディは首を横に振る。
「ですが、今は一人にしない方がいいと思います」
「私がおりますので、ご心配には及びません」
「でも……」
「お気持ちは本当にありがたく思っております」
母はもう一度、深く頭を下げた。
「どうか今日は、お引き取りいただけないでしょうか」
静かな声だった。
それでも、その言葉には娘を守ろうとする強い意思が込められていた。
フレディは納得していない様子だったが、母の表情を見てようやく立ち上がった。
退室する直前、フレディは振り返ってセリアを見た。
「また来るよ」
セリアは返事をすることができなかった。




