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病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


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8/10

8.

 数日後。

 セリアは病室のベッドで本を読んでいた。

 コンコン、と扉が叩かれる。


「失礼します」


 主治医の声に続いて、二人の男性が部屋に入ってきた。

 一人は明るい茶色の髪をした青年。

 もう一人は——。

 黒い髪。

 鋭い金色の瞳。

 長い黒衣をまとい、静かな威圧感を漂わせている。

 その姿を見た瞬間、セリアは固まった。


「そんな……」


 思わず本を抱きしめる。


「まさか……」


 黒衣の男性は怪訝そうにこちらを見る。

 セリアは瞳を輝かせながら、小さく呟いた。


「魔王様……?」


 一瞬の静寂。


「ぶっ……!」


 イクスは慌てて口元を押さえたが、肩の震えまでは隠せなかった。


「イクス」


 ゼインはため息をつき、軽くイクスの頭を小突いた。


「痛っ」

「笑うな」

「だって、魔王様って……!」


 肩を震わせるイクスを見て、ゼインは呆れたように首を振った。

 そしてセリアに向き直る。


「魔王ではない」

「違うんですか?」

「当たり前だ」


 真顔で返され、セリアは少しだけ残念そうな顔をした。


「でも、すごく似ています」

「似ていない」


 主治医はどう反応すべきか迷うように、曖昧な笑みを浮かべた。

 ふと、セリアは胸がどきどきしていることに気付いた。


(本当に、魔王様みたい……)


 オーレリアが話していたお兄様。

 まるで本から飛び出してきたような人だった。

 胸の鼓動が速いのは、病気のせいだけではない気がした。

 けれど、考える余裕もないうちに息が浅くなる。


「……っ」


 小さく息を吸い込む。

 その変化に真っ先に気付いたのはゼインだった。


「横になれ」

「え?」

「呼吸が乱れている」


 落ち着いた声に促され、セリアは慌ててベッドに横になる。

 ゼインは手首に触れ、魔力を細く流し込んだ。

 セリアの体内を巡る魔力の動きを探ると、いくつかの箇所で流れが滞っているのが分かった。

 しかし、乱れた呼吸のまま詳しく調べるのは負担が大きい。ゼインはすぐに魔力を引いた。


「少し興奮しただけです」


 セリアは苦笑した。


「大丈夫ですから」

「無理をするな」


 短く言う。


「今日はゆっくり休め」


 ゼインは主治医に目配せした。


「少し話がある」


 病室を出ると、主治医は二人を診察室に案内した。


「容態はいかがでしたか」

「記録にある閉塞は確認できた。だが、今日の状態で詳しく調べるのは負担が大きい」


 ゼインはふと思い出したように尋ねた。


「普段の魔力治療は誰が行っている?」

「私です。医師であると同時に術者でもありますので」

「次回の魔力治療には私も参加する」


 主治医は少し身を乗り出す。


「本当ですか」

「記録どおりなら、治療に立ち会うつもりだった。それで魔力回路の状態を詳しく確認したい」


 ゼインは淡々と続ける。


「結果次第で、今後の治療方針を決める」

「ありがとうございます」

「本人には、後ほど君から説明しておいてくれ」

「かしこまりました」


◇◇◇


 その日の午後。

 主治医から話を聞いたセリアは、目を丸くした。


「ゼイン様が……?」

「次回の治療に加わってくださいます」


 セリアの表情がぱっと明るくなる。


「また、お会いできるんですね」

「ええ」


 主治医が病室を出たあとも、セリアはぼんやりと扉を見つめていた。

 脳裏に浮かぶのは、病室に入ってきた黒衣の青年。

『魔王ではない』

 真顔で返されたことを思い出すだけで、自然と頬が緩んだ。


「ふふっ」


 あんなにはっきり否定されるとは思わなかった。

 それでも、やっぱり魔王様のように格好良かった。

 もう一度会える。

 そう思うだけで胸が弾む。

 コンコン、と扉が叩かれる。


「セリア」

「お母様」


 見舞いに来た母が、部屋に入ってくる。

 セリアの顔を見ると、くすっと笑った。


「今日はずいぶん楽しそうね」

「そうかな?」

「ええ。さっきからずっと笑っているもの」


 言われて初めて気がつき、セリアは照れくさそうに頬に手を当てた。


「実はね、次の治療を魔塔主様が手伝ってくれることになったの」

「まあ」


 母は目を丸くした。


「魔塔主様が?」

「うん」


 セリアは嬉しそうに頷く。


「主治医の先生も驚いたみたい」

「それは……そうでしょうね」


 母は少し考え込む。


「でも、急にどうしてなのかしら」

「私も不思議だったの」


 セリアも首を傾げる。


「もしかしたら……」


 ふと、銀色の髪を思い浮かべる。


「オーレリア様がお願いしてくれたのかなって」

「……そうね。オーレリア様が、お兄様にあなたのことを話してくださったのかもしれないわね」


 母は優しく微笑んだ。


「素敵なお友達ができたのね」

「うん」


 その一言だけで、胸の奥が温かくなる。


「ゼイン様にも、ちゃんとお礼を言わないと」


 母は静かに頷いた。


「魔塔主様は、とてもお忙しい方だと聞くわ。診ていただけることに感謝しなくてはいけないわね」

「うん」


 セリアは素直に頷いた。

 母が帰ったあと、病室は再び静かになる。

 窓から差し込む夕日を眺めながら、セリアは小さく笑った。


「次の治療……楽しみだな」


 言葉にした瞬間、自分でも少し驚いた。

 これまで治療の日が楽しみだったことなど、一度もない。

 それなのに、ゼインにまた会える。

 何より魔塔主である彼に診てもらえる。

 もしかしたら、今までとは何かが変わるかもしれない。

 そう思うと、辛い治療も待ち遠しくなっていた。


◇◇◇


 魔力治療の日。


「今日は、よろしくお願いします」


 そう言ったセリアの声は少し緊張していた。


「ああ、力を抜け」


 ゼインの低い声に促され、セリアは目を閉じた。不思議と落ち着く声だった。


 主治医が、セリアの体内に溜まった魔力を外に導いていく。ゼインはその動きに合わせ、ごく微量の魔力を閉塞部分に送った。

 自らの魔力を目印にして、細く途切れそうな回路の形を探っていく。


(やはりそうか)


 予想していたとおり、閉塞部分は外部からの魔力に反応した。回路も完全には塞がっていない。

 これなら、少しずつ広げられる。

 時間はかかる。

 難易度も高い。

 だが、不可能ではない。


 治療を終えたゼインは、静かに主治医に向き直った。


「二日後、ご両親と本人に話をしたい」

「……!」


 主治医は目を見開く。


「治療法についてですか」

「ああ」

「ただし、成功を約束するものではない」


 ゼインは冷静な口調で続ける。


「危険もある。選ぶのは本人だ」


 主治医は力強く頷いた。


「必ず、お伝えします」

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