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病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


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7.

 数日後。

 ゼインの執務室。


「ゼイン様、診療記録が届きました。療養院側とホワイト家の許可も取れています」


 イクスが一冊の書類を机に置く。

 ゼインは手を止め、診療記録を開いた。


「セリア・ホワイトか。……魔力回路閉塞症」


 小さく呟く。


 魔力回路に異常が生じ、体内で生まれた魔力がうまく流れなくなる病。

 行き場を失った魔力は少しずつ体に蓄積し、やがて発熱や倦怠感、呼吸困難など様々な症状を引き起こす。

 重症化すれば命に関わることも珍しくない。


 現在の治療法は一つ。

 魔力操作に長けた術者が、定期的に患者の体内に溜まった魔力を外に放出することだけだった。


「対症療法しかないのか」

「魔力回路そのものを治療する方法は、確立されていません」


 ゼインは静かに診療記録を閉じた。


「書庫に行く」


 魔塔の書庫には、古い魔法書や研究論文が壁一面に並んでいた。

 ゼインは過去に読んだ研究を思い出し、該当する本を探した。

 魔力回路、魔力循環、人体への魔法干渉に関する本を次々と開いていく。

 ページをめくる音だけが静かな部屋に響く。

 イクスは邪魔をしないよう少し離れた場所で見守っていた。


 一時間ほど経った頃だった。

 ゼインの手が止まる。


「……なるほど」

「何かありましたか?」

「理論だけなら可能だ」


 ゼインは古びた本の一ページを指でなぞる。


「本人の魔力を外に導きながら、閉じた回路へ別方向から干渉し、循環を回復させる」

「治せるんですか?」

「そんなに簡単ではない」


 ゼインは静かに首を振った。


「理論と実際は違う。魔力回路は人によって形も太さも違う」


 本を閉じる。


「本人を診なければ判断できん」


◇◇◇


 その日の夕方。

 キャンベル公爵家の応接室では、オーレリアがお茶を飲んでいた。


「お兄様、お帰りなさい」


 部屋に入ってきたゼインに微笑みかける。

 ゼインも軽く頷いた。


「療養院に通っているそうだな」


 突然の言葉に、オーレリアは少し驚く。


「セリア様のことですか?」

「そうだ」


 オーレリアは嬉しそうに微笑んだ。


「とても素敵な方でした」

「ほう」

「フレディ様の話を聞いて、私が考えていた人物像とは全然違いました。人に迷惑をかけることばかり気にして、何度も私に謝ってくださいました」


 ゼインは黙って話を聞く。


「病室で初めてお会いしたのに、不思議と昔から知っているような気がして……すぐ友達になれたんです」


 オーレリアがそこまで楽しそうに話す姿は珍しい。

 ゼインもわずかに表情を和らげた。


「診療記録を見た」

「セリア様のですか?」

「ああ」


 ゼインは椅子に腰を下ろす。


「この前お会いした時は、思っていたよりお元気そうでした」

「治療を受けた後だったのだろう」

「治療の後……ですか?」

「この病気は、定期的に体内に溜まった魔力を放出させる。治療直後は術の負担で疲れているが、翌日から徐々に体調が安定する」


 オーレリアは納得したように頷いた。


「だからだったんですね」

「術者による治療日さえ分かれば、おおよその体調は予測できる」


 ゼインは淡々と続ける。


「見舞いに行くなら、治療から二日目あたりが一番いい」

「そんなことまで分かるんですね」

「もっとも、それも絶対ではない」


 一度言葉を区切り、紅茶を口に運ぶ。


「強い感情の動きや興奮で、一時的に魔力が乱れることもある」

「興奮で……」

「体調が急変する患者も珍しくない」


 その言葉を聞いて、オーレリアは少しだけ考え込む。

 もし気持ちを乱されたりしたら、セリアの体にはそれだけ負担がかかるということだ。


「これからは、確認してからお見舞いに行った方がいいですね」

「いや……」


 ゼインは静かに首を横に振る。


「見舞いそのものは悪くない」


 短く言葉を切り、続ける。


「聞いたところでは、患者が疲れていても長居をする者がいるらしいな」


 オーレリアは思わず苦笑した。


「……そうですね」


 その一言だけで、誰のことを言っているのか分かってしまった。

 少しの沈黙のあと、オーレリアは顔を上げる。


「お兄様」

「何だ」

「セリア様を診ていただけませんか」


 ゼインは迷うことなく答えた。


「そのつもりだ」


 あまりにも自然な返事に、オーレリアは目を丸くする。


「本当ですか?」

「診療記録だけでは判断できん」


 ゼインは立ち上がる。


「実際に診てからだ」


 その日のうちに、ゼインは王立魔法療養院の主治医に連絡を入れた。


◇◇◇


 翌朝。

 診察室で手紙を受け取った主治医は、差出人を見て思わず目を見開く。


「魔塔主様が……?」


 急いで封を開く。

 そこには、セリアの診療記録を確認し、直接診察したい旨が簡潔に記されていた。

 主治医は手紙を見つめたまま、小さく息を吐く。


 魔塔への治療依頼は、緊急性の高い症例が優先される。

 それでも魔塔主自ら診察を行うことは滅多になく、多くは魔塔の魔術師たちが対応していた。

 セリアについても数年前、一度だけ前魔塔主に相談したことがある。

 だが、その時の返答は『理論上の方法は存在するが、必要とされる精密な魔力操作は不可能』というものだった。


「まさか……」


 思わず声が漏れる。

 現魔塔主ゼイン・キャンベルは、歴代でも類を見ない魔力量と魔力操作の技術を持つ天才だと言われている。

 もし、そのゼインが自ら診察を申し出たのだとしたら——。

 期待してはいけないと自分に言い聞かせながらも、胸の奥に小さな希望が灯るのを止められなかった。

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