6.
「セリア様、オーレリア様がお見えです」
看護師の声に、セリアは読んでいた本から顔を上げた。
「本当ですか?」
思わず声が弾む。
数日前の約束を、本当に覚えていてくれた。
それだけのことが、セリアにはとても嬉しかった。
「こんにちは、セリア様」
扉が開き、オーレリアが姿を見せる。
その腕には、白い箱が大切そうに抱えられていた。
「お待ちしていました」
「体調はいかがですか?」
「今日はとてもいいんです。朝の診察でも、短い時間なら外に出てもいいと言われました」
そう答えると、オーレリアは安心したように微笑んだ。
「それなら、庭園に行きませんか?」
「庭園?」
「ええ。せっかくですから、外でお茶をいただきましょう」
念のため看護師にも確認を取り、二人は庭園に向かうことになった。
◇◇◇
王立魔法療養院の中庭には、柔らかな日差しが降り注いでいた。色鮮やかな花々が咲き、中央の噴水からは涼しげな水音が聞こえた。
木陰に置かれた小さなテーブルに看護師が紅茶を運んでくる。
オーレリアが白い箱を開くと、色鮮やかな果物のケーキが現れた。
「わあ!」
セリアとオーレリアは向かい合って座り、ケーキを皿に取り分ける。
「おいしい……」
一口食べたセリアは、嬉しそうに頬を緩めた。
「気に入っていただけてよかったです」
「こうして外でお茶を飲むなんて、本当のお茶会みたいですね」
「ええ。これは立派なお茶会です」
オーレリアが当然のように答える。
セリアは目を瞬かせ、それから照れたように笑った。
「そうですね。私たちのお茶会です」
そんな言葉を口にしたのは初めてだった。
「外でお茶を飲むのは、初めてなんです」
「一度も?」
「はい。庭園に出られる日も少ないですし、一緒に過ごす友達もいませんでしたから」
寂しい話をしているつもりはなかった。
それでも、オーレリアは少しだけ悲しそうに目を伏せた。
セリアは慌てて笑う。
「でも、今日はできました」
「……ええ」
「だから、とても嬉しいです」
オーレリアも柔らかく微笑んだ。
「それなら、また開きましょう」
「本当ですか?」
「次は別のお菓子を探してきます」
「楽しみにしています」
穏やかな風が二人の間を通り抜ける。
セリアは紅茶を飲みながら、いつまでもこの時間が続けばいいのにと思った。
◇◇◇
しばらく庭園で過ごしたあと、二人は病室に戻った。
オーレリアは椅子に腰を下ろし、何気なく室内を見回す。
その視線が、棚に並べられた本で止まった。
「随分たくさんありますね」
「本を読むのが好きなんです」
セリアの表情が明るくなる。
「特に勇者の冒険物語が好きで」
「勇者ですか?」
「はい。世界中を旅して、困っている人を助けるんです。仲間と力を合わせて、最後には魔王を倒してしまうんですよ」
楽しそうに話すセリアを見ながら、オーレリアは一冊の本を手に取った。
「こちらも勇者のお話ですか?」
「そうです。でも、その本は魔王様が格好いいんです」
「魔王が?」
「はい!」
セリアは勢いよく頷き、本を受け取ると、挿絵のあるページを開いた。
黒い衣をまとい、鋭い目をした男が玉座に腰掛けている。
周囲には黒い炎が渦巻き、いかにも恐ろしげな姿だった。
「強くて、誰にも負けないんです。私、魔王様に憧れます」
「勇者ではなく、魔王に?」
「魔王様は、みんなに怖がられていても、自分の力で何もかも跳ね返すところが格好いいんです」
セリアは挿絵を眺めながら、うっとりと息をついた。
「それに、時々みせる寂しそうな姿に惹かれるんです」
オーレリアも改めて挿絵を見る。
黒い髪。
鋭い目元。
近寄りがたい雰囲気。
「あら」
「どうしました?」
「少し、お兄様に似ています」
「お兄様?」
「ええ。髪と目元、それから人を寄せつけない雰囲気が」
セリアは目を輝かせた。
「オーレリア様のお兄様は、魔王様みたいな方なんですか?」
「そうですね……」
オーレリアは兄の姿を思い浮かべる。
圧倒的な魔力量を持ち、魔塔の主として多くの魔術師を従える兄。
無愛想で、いつも黒い衣を着ている。
「……似ていないとは言い切れませんね」
その言葉に、セリアの目がますます輝いた。
◇◇◇
一方その頃。
王都の中心から少し離れた場所に、天へ伸びる巨大な塔があった。
国中の優秀な魔術師が集い、魔法の研究や魔道具の開発を行う魔塔である。
廊下では魔術師たちが資料や魔石を抱えて行き交い、研究室からは複雑な魔力の気配が漏れていた。
その最上階。
広い執務室で書類に目を通していたゼインは、向かいに立つ部下に冷たい視線を向けた。
「今、何と言った?」
「オーレリア様のことを気にしておられたので、少し調べておきました」
「その後だ」
「フレディ・バーク様がまたオーレリア様との約束を破ったそうです」
イクスは悪びれる様子もなく答える。
「理由は、幼馴染のお見舞いだとか」
ゼインの眉間に深いしわが寄った。
「何度目だ」
「さて。数えるのを諦める程度には」
ゼインは手にしていた書類を机へ置いた。
「一度、バーク家へ確認を入れる必要があるな」
「やめてください。ゼイン様ご本人が出ていけば、話が大きくなります」
「……」
「オーレリア様に怒られますよ」
その一言で、ゼインの動きが止まった。
イクスは小さく笑う。
「それに最近、オーレリア様ご自身が、その幼馴染に会いに行ったそうです」
「何?」
「会ってみたら、予想とは全く違ったとか。友達になったと聞きました」
ゼインは怪訝そうに目を細めた。
「フレディをたびたび呼びつけているという令嬢ではないのか」
「どうやら、そう単純でもないようですね」
「その令嬢はどこにいる」
「王立魔法療養院です。名前はセリア・ホワイト。ゼイン様はご存じないんですか?」
「知らん」
「魔力の病気で長く入院しているそうですが」
「療養院から私に相談が来るのは、通常の治療では対応できない重症患者だけだ」
ゼインは魔塔主であり、魔力操作において国内でも並ぶ者がいない。
療養院から依頼を受け、特殊な症例を診ることもある。
だが、すべての患者を把握しているわけではなかった。
「なるほど」
「……病名は? 長く入院しているということは、治療が難しいのか」
「そこまでは調べてません」
イクスは楽しそうに笑う。
「では、一度会ってみますか?」
「なぜ私が」
「妹君の新しいお友達ですし」
ゼインは黙り込む。
オーレリアが自ら友人と呼ぶ相手は珍しい。
だが、妹の友人だからというだけなら、わざわざ出向く必要はない。
しかし、魔力に関わる病なら話は別だった。
「診療記録を確認する」
「では、療養院に?」
「必要ならな」
そう答えながら、ゼインは机の上の書類に視線を戻した。
ただ、セリア・ホワイトという名前だけは覚えておくことにした。




