5.
コンコン。
病室の扉が静かに叩かれた。
「どうぞ」
セリアが返事をすると、ゆっくりと扉が開く。
「失礼します」
姿を現した人物を見た瞬間、セリアは目を丸くした。
「オーレリア様……?」
まさか本人が来るとは思ってもいなかった。
思わず慌てて体を起こそうとすると、オーレリアがそっと手を上げる。
「そのままで構いません」
穏やかな声だった。
「突然お伺いして申し訳ありません。もし体調が優れないようでしたら、今日は失礼いたします」
その言葉に、セリアは思わず首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。来てくださって嬉しいです」
「本当によろしいのですか?」
「はい」
オーレリアは安心したように微笑み、ベッドの横の椅子に腰を下ろした。
(綺麗な方……)
近くで見るオーレリアは、噂以上に美しかった。
整った顔立ちに長い銀色の髪。
学園では『冷たい公爵令嬢』と呼ばれていると聞いたことがある。
けれど、実際はまるで違った。
部屋に入ってから、自分の体調を気遣ってくれている。
(優しい方なんだろう)
そんなことを考えながら、セリアは小さく頭を下げた。
「お手紙を読んでくださって、ありがとうございました」
「こちらこそ、お返事もせずに伺ってしまってごめんなさい」
オーレリアもわずかに頭を下げた。
「それと……フレディ様がご迷惑をおかけしているようですね。お詫び申し上げます」
「そんな……!」
今度はセリアが慌てた。
「謝るのは私です。私のせいでお二人にご迷惑を……」
「いいえ」
オーレリアは首を横に振る。
「婚約者のことなのに、気付くのが遅くなりました」
二人は顔を見合わせる。
しばらく沈黙が続いたあと、セリアが小さく笑った。
「悪いのは……」
「「フレディ様ですね」」
二人の声が重なる。
一瞬驚き、それから二人とも思わず笑ってしまう。
「やっぱり、お話ししても通じませんでしたか?」
セリアがおそるおそる尋ねる。
オーレリアは苦笑した。
「ええ」
「私、『気にしないで』って何度も言っているんです」
「そのことも伺いました」
「でも、『遠慮しなくていい』って言われてしまって……」
「私は『嫉妬しなくていい』と言われました」
「えっ?」
セリアは思わず吹き出した。
「全然違うお話なのに……」
「ええ。何度説明しても、同じことを繰り返されてしまって」
「私もです」
二人はまた顔を見合わせる。
話が通じない。
その一言だけで、お互い苦労していることが分かった。
「今度から、フレディ様が見舞いにこられた時は、私に連絡していただけませんか?」
「分かりました」
セリアは苦笑した。
オーレリアは改めてセリアを見つめた。
(この方は……)
自分を正当化する人なのかもしれないと思っていた。
婚約者を利用している人かもしれない、と疑ったこともあった。
けれど、目の前にいる彼女は違う。
人に迷惑をかけることを何より気にする、優しい人だった。
「コホッ……」
小さな咳が聞こえ、オーレリアは我に返る。
「申し訳ありません」
セリアは口元を押さえながら笑う。
少し息が苦しそうだった。
「少し話しすぎました」
その言葉を聞いたオーレリアは、静かに立ち上がった。
「今日はこれで失礼します」
「えっ……」
思わず声が漏れる。
「もう……お帰りになるんですか?」
どこか寂しそうな表情を見て、オーレリアはふっと表情を和らげた。
「……また来てもよろしいですか?」
セリアの顔がぱっと明るくなる。
「もちろんです!」
勢いよく返事をしたあと、少し照れくさそうに笑った。
「実は……友達と呼べる人がいないんです」
病気で学園に通えなかった。
同年代の友人を作る機会もなかった。
だから、今日こうして誰かと話せたことが、とても嬉しかった。
オーレリアも小さく笑う。
「それは私も同じです」
「え?」
「学園では話す方はおりますが、『友達』と呼べる方はいません」
セリアは少し驚き、それから嬉しそうに笑った。
「じゃあ……」
「ええ」
オーレリアは優しく頷く。
「よろしければ、またお話ししませんか」
「はい。楽しみにしています」
病室を出ようとしたオーレリアは、ふと思い出したように振り返った。
「そうだわ。次は何かお持ちします」
「そんな、お気遣いなく」
セリアは慌てて首を横に振る。
「でも、せっかく仲良くなれたのですもの。何か喜んでいただけるものを持ってきたいのです」
少し照れくさそうに笑うオーレリアを見て、セリアも頬を緩めた。
「ありがとうございます」
少しだけ考え、それから申し訳なさそうに口を開く。
「あの……一つだけいいですか?」
「もちろんです」
「実は、アーモンドは食べられないんです。アレルギーがあって……」
「アレルギー?」
「はい、少しでも食べると体調を崩してしまうんです。それ以外でしたら何でも嬉しいです」
オーレリアは真剣な表情で頷く。
「分かりました。しっかり覚えておきます」
「ありがとうございます」
二人は笑い合う。
ほんの少し前までは、お互いのことをほとんど知らなかった。
それなのに今は、次に会う約束をしている。
「それでは、また」
「はい。またお会いしましょう」
病室を出る直前、オーレリアはもう一度だけ振り返った。
部屋に入った時には申し訳なさそうだったセリアは、今は嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見て、オーレリアも自然と微笑んだ。
(来てよかった)
そんな温かな気持ちを胸に、オーレリアは静かに病室を後にした。




