セリアとゼイン 2.
ある日の午後。
公爵邸の庭園では、セリアとオーレリアがお茶を楽しんでいた。
療養院でのお茶会は何度か開かれ、参加者も少しずつ増えていた。
「皆様が楽しそうにお話しされている姿を見ると、嬉しくなりますね」
セリアが紅茶を口にしながら微笑んだ。
オーレリアも穏やかに頷いた。
「最初の頃に比べて、参加してくださる方も増えましたね」
「ええ、これからも続けていきたいです」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらく他愛のない話をしたあと、セリアが少し照れたように口を開いた。
「そういえば……今度、初めて夜会に参加することになったんです」
オーレリアは目を丸くした。
「夜会ですか」
「はい」
セリアは嬉しそうに頷いた。
「病気だった頃は、夜会に行く日が来るなんて思ってもいませんでした」
その表情は、とても幸せそうだった。
「父も母も、とても楽しみにしてくれていて、私も少し緊張していますけど……楽しみです」
オーレリアは優しく微笑んだ。
「きっと素敵な夜になりますよ」
「ありがとうございます」
その笑顔を見て、オーレリアも嬉しくなった。
その話を聞きながら、オーレリアは兄のことを思い浮かべていた。
その日の夕方。
手紙では、きっと「そうか」の一言で終わってしまう。
そう考え、オーレリアは直接魔塔を訪れていた。
執務室にはゼインとイクスの姿があった。
「何かあったのか」
ゼインが顔を上げた。
「少しお話がありまして」
オーレリアは椅子に腰掛けた。
「今日、セリア様とお茶をしていたのですが、今度、初めて夜会に参加されるそうです。来週開かれる王宮主催の夜会です」
「そうか」
それだけ答えると、再び視線を落とした。
「そこで終わりじゃありませんよ」
イクスが思わず声を上げた。
ゼインはわずかに眉をひそめた。
「何だ」
「その夜会、ゼイン様にも招待状が届いていましたよね。今度こそ出席してください」
「……必要ない。仕事がある」
「そう言うと思いました」
イクスは苦笑した。
「その日の仕事なら、僕が調整します」
「必要ない」
「必要かどうかではなく、行ってください。たまには顔を出した方がいいですよ」
オーレリアも静かに続けた。
「セリア様にとっては、初めての夜会です。きっと心強いと思います」
ゼインは何も答えない。
イクスは机越しに身を乗り出した。
「それと、何か贈り物を用意したらどうですか」
「贈り物?」
「はい」
イクスが頷く。
「ドレスはご家族が用意されるでしょうから、アクセサリーとかはどうです」
ゼインの手が、一瞬だけ止まった。
オーレリアも微笑む。
「アクセサリーでしたら、記念にもなります。初めての夜会ですもの」
しばらく沈黙が流れる。
やがてゼインは立ち上がった。
「仕事が残っている。残りは部屋でやる」
そう言い残して執務室を出ていった。
イクスは肩を落とした。
「逃げましたね」
「ですが、考えてくださると思います」
オーレリアは小さく笑った。
◇◇◇
その頃。
私室に戻ったゼインは、静かな部屋で一人窓の外を眺めていた。
(初めての夜会か)
セリアと初めて出会った日のことが浮かぶ。
自分を見て『魔王様』と驚いていた姿。
治療のたびに少しずつ笑顔が増えていったこと。
そして最後の治療の日に告げられた言葉。
『私はゼイン様のそばにいたいです』
あの言葉は、今もはっきりと思い出せる。
ゼインは目を閉じた。
病を克服したセリアの世界は、これからさらに広がっていく。夜会に出れば、これまで知らなかった人々や世界に触れるだろう。
それを止めたいとは思わない。
以前できなかったことを一つずつ楽しんでほしいと思っている。
けれど、これからも、できることなら自分が隣にいたい。
セリアは、自分のそばにいたいと言ってくれた。
自分も同じ気持ちだと伝えたつもりだった。
だが、これから先のことを、きちんと言葉にしたことはない。
(……いつまでも、このままではいられない)
ゼインの中で、答えは決まった。
正式に婚約を申し込もう。
だが、セリアの気持ちを確かめないまま、家同士で話を進めるつもりはない。
まずは自分の口から、彼女に伝えたかった。
ゼインは机に向かい、小さなベルを鳴らした。
しばらくすると使用人が部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「宝飾商を呼べ。明日の午後、時間を空ける」
「かしこまりました」
使用人が部屋を出ていく。
一人になった部屋で、ゼインはゆっくり息をついた。
その表情は、どこか穏やかだった。




