セリアとゼイン 3.
夜会当日。
朝からホワイト家は落ち着かない空気に包まれていた。
「セリア様、こちらを向いてください」
侍女が最後に髪飾りを整えた。
鏡の前に映る自分の姿に、セリアはどこか照れくさそうに笑った。
淡い水色のドレスは、母が何度も仕立て屋と相談して用意してくれたものだった。
「何だか、自分ではないみたいです」
「とてもよく似合っていますよ」
母が優しく微笑んだ。
部屋に入ってきた父は、その姿を見たまま足を止めた。
「お父様?」
父は何も言わず、そっと目元を押さえた。
「あなた」
母が苦笑した。
「泣くのはまだ早いですよ」
「いや……」
父は照れ隠しのように咳払いをした。
「夜会に出席する娘の姿を見る日が来るとは思わなくてな」
母も少し目を潤ませながら頷いた。
「小さい頃から、ずっと憧れていましたものね」
セリアも胸がいっぱいになった。
「もう、お父様もお母様も。私まで泣いてしまいます」
両親とともに、セリアは馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
王宮の大広間は、豪華なシャンデリアの光に包まれていた。両親に付き添われて会場に入ると、色とりどりのドレスや礼装に身を包んだ貴族たちが談笑していた。
「セリア様」
聞き慣れた声に振り返った。
「オーレリア様」
オーレリアも淡い紫のドレスをまとい、上品に微笑んでいた。
「とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます。オーレリア様も、とても素敵です」
二人は会場の様子を眺めながら、しばらく言葉を交わした。
その時だった。
会場の入口が急にざわついた。
「まさか……」
「魔塔主様では?」
「ゼイン様だ」
視線が一斉に入口に向いた。
黒の正装をまとったゼインが、イクスと共に静かに会場に入ってきた。
「珍しいな」
「何年ぶりだ?」
「この機会にご挨拶を……」
驚く者。
小声で噂する者。
慌てて近付こうとする者。
さまざまな反応が広がった。
しかしゼインは誰にも足を止めることなく、人々の間を真っ直ぐ歩いていく。
そして、セリアの前で静かに立ち止まった。
ゼインはセリアの姿をゆっくりと見つめた。
「楽しんでいるか」
「ゼイン様……」
思わず息をのむ。
いつもの黒いローブではない。
正装に身を包んだ姿は、いつも以上に凛々しく見えた。
ゼインの姿は見慣れているはずなのに、思わず見惚れてしまった。
「どうした」
「い、いえ……」
慌てて首を振る。
「とても、お似合いです」
ゼインは少しだけ目を細めた。
「ありがとう。……お前も似合っている」
その言葉だけで、セリアの頬が赤くなった。
「一曲、踊らないか」
「えっ? ですが……私、まだ練習中で」
「気にするな」
ゼインは穏やかに言う。
「俺も慣れているわけではない」
(絶対にお上手です……)
心の中でそう思いながらも、セリアは差し出された手にそっと手を重ねた。
音楽が始まり、ゼインに導かれて一歩を踏み出した。
最初は緊張で体が硬かった。
けれど、ゼインはセリアの動きに合わせ、ゆっくりと導いてくれた。
「そのままでいい」
「はい」
安心できる声だった。
ドレスの裾が音楽に合わせて柔らかく揺れる。
間違えないよう足元ばかり見ていたセリアも、やがてゼインの顔を見上げる余裕が生まれた。
いつの間にか緊張は消え、セリアは自然と笑顔になっていた。
◇◇◇
「疲れてないか」
「大丈夫です。ただ、少しだけ風に当たりたいです」
二人は人混みを離れ、バルコニーに出た。
眼下には、王都の灯りが広がっていた。
「今日はどうだった」
ゼインが尋ねる。
「とても楽しかったです」
セリアは夜景を見つめながら笑った。
「昔の私には想像もできませんでした。夜まで元気でいられて、夜会に参加できて……皆さんとお話もできました。本当に幸せです」
ゼインは静かにその横顔を見つめる。
「セリア」
「はい」
ゼインは懐から小さな箱を取り出した。
「以前、お前は言った。俺のそばにいたい、と」
「はい」
「今も、その気持ちは変わらないか」
「変わりません」
迷いのない返事だった。
ゼインは小さく息をついた。
「俺も、お前にそばにいてほしい」
セリアは目を見開く。
「これから先もだ。だから、俺と婚約してほしい」
箱を開くと、金色の宝石をあしらった指輪が、月明かりを受けて輝いた。
「本当に……私を選んでくださるのですか」
「お前以外は考えられない」
セリアの瞳から涙があふれた。
「はい。これからも、ゼイン様のそばにいさせてください」
ゼインはそっと涙を拭い、指輪をセリアの左手の薬指にはめた。
「ありがとう」
セリアは涙をこぼしながら、幸せそうに微笑んだ。
◇◇◇
両家の話し合いを経て、二人の婚約が正式に決まってから数か月が過ぎた。
午後の日差しが差し込む魔塔最上階。
ゼインの私室では、穏やかな時間が流れていた。
ゼインは机で書類に目を通していた。
その隣のソファでは、本を読んでいたセリアがいつの間にか眠ってしまっていた。
ゼインは仕事を終え、立ち上がった。
セリアの身体にそっと毛布を掛けると、小さく身じろぎした。
「……ん」
「目が覚めたか」
「はい……」
少し恥ずかしそうに笑った。
「眠ってしまいました」
「疲れていたんだろう」
セリアは小さく首を振った。
「夢を見たんです」
「どんな夢だ」
「魔王様が出てきました」
ゼインは少しだけ口元を緩めた。
「また魔王か」
「はい」
セリアは嬉しそうに話し始めた。
「魔王様のお城に、小鳥がたくさん遊びに来ていたんです。前は誰もいなかったのに、みんな楽しそうに飛び回っていて、魔王様も、とても嬉しそうに笑っていました」
話し終えたセリアは、ふとゼインを見た。
「あ」
「どうした」
「今のゼイン様、夢の中の魔王様と同じ顔でした」
ゼインは少し気まずそうに視線を逸らした。
けれど、その口元にはまだ淡い笑みが残っていた。
「そうか」
その笑顔を見て、セリアも優しく微笑んだ。
窓の外では、小鳥たちが青空を楽しそうに飛んでいた。
あの日、孤独だった魔王の隣には、もう大切な人がいた。




