お茶会
ある日の午後。
セリアは公爵邸の応接室で、オーレリアと向かい合って座っていた。
テーブルの上には、療養院から受け取った資料やメモが並べられている。
「まずは、お茶会の規模について決めましょう」
オーレリアが資料に目を落としながら口を開いた。
「最初から大勢をお招きするより、少人数から始めた方がよさそうですね」
セリアも頷いた。
「はい。同じくらいの年齢の方でしたら、お話もしやすいと思います」
「では、そのようにしましょう」
オーレリアはさらさらと紙に書き込んだ。
「療養院の先生方から患者様にお話ししていただき、参加希望者を募っていただきましょう。その際、安全のために必要な注意点を私たちに伝えてよいか、事前に確認していただきましょう」
「はい」
セリアは真剣な表情で頷いた。
後日。
二人は療養院を訪れ、院長や看護師たちと打ち合わせを行った。
「参加希望者は六名です」
院長が資料を渡す。
「皆さん、十五歳から十八歳までの方々です」
資料には、一人ひとりの名前と、お茶会を安全に行うために必要な注意事項だけがまとめられていた。
「こちらの方はナッツのアレルギーがあります」
「こちらの方は疲れやすいため、途中で休憩が必要になるかもしれません」
「こちらの方は強い香りが苦手です」
セリアは一つひとつ丁寧に目を通していく。
「お菓子は必ず療養院の先生方で確認していただけますか」
「もちろんです」
看護師が笑顔で答えた。
「飲み物も含めて、すべて事前に確認いたします」
セリアはほっと胸をなで下ろす。
「ありがとうございます」
◇◇◇
打ち合わせを終えると、二人は再び公爵邸に戻った。
「開催時間は一時間ほどにしましょう」
オーレリアが言う。
「長すぎると皆さん疲れてしまいますから」
「そうですね」
セリアも頷いた。
「飲み物は紅茶だけではなく、ハーブティーや温かいミルクもご用意したいです」
「いい考えですね。お菓子は療養院で確認していただいてから決めましょう」
「はい。……そうだ!」
セリアが顔を上げた。
「名札を作りませんか」
「名札ですか」
「院内ではお見かけしたことがあっても、お名前を知らない方も多いと思うんです。名前で呼んでもらえた方が、お話ししやすいかなって」
オーレリアは優しく微笑んだ。
「素敵な考えですね。ぜひそうしましょう」
席順や当日の流れを決め、療養院の職員とも安全面を確認していく。参加者には当日の朝に診察を受けてもらい、看護師にも近くで待機してもらうことになった。
一つずつ確認しながら、安心して楽しめるお茶会をを目指して準備を進めていった。
数日後。
二人は町に買い物に出かけた。
色とりどりのリボンを眺めたり、季節の花を選んだり。
「このお花、可愛らしいですね」
セリアが手に取ると、オーレリアも頷く。
「会場が明るくなりそうです」
招待状に結ぶ細いリボンや、小さな飾りも選んでいった。
「食器は療養院で貸していただけるそうです」
「それなら、飾り付けに少し力を入れましょう」
「はい」
二人は楽しそうに顔を見合わせて笑った。
その日の夕方。
公爵邸に戻ると、早速招待状を書き始めた。
一枚ずつ丁寧に名前を書き、心を込めて封筒に入れていった。
「皆さん、喜んでくれるでしょうか」
セリアが少しだけ不安そうに呟いた。
オーレリアは手を止め、穏やかに笑った。
「きっと大丈夫です。そのためにも準備を頑張りましょう」
「そうですね」
招待状を見つめながら、セリアは小さく微笑んだ。
(皆さんに、楽しんでいただけますように)
◇◇◇
そしてお茶会当日。
会場となった療養院の談話室には、季節の花が飾られ、柔らかな陽の光が差し込んでいた。
「皆様、本日はお越しいただきありがとうございます」
少し緊張しながらも、セリアは笑顔で挨拶をする。
隣ではオーレリアが優しく微笑んでいた。
「どうぞ、今日は無理をなさらず、お好きなようにお過ごしください。途中でお部屋に戻っていただいても構いません。何かありましたら、遠慮なく看護師にお声がけください」
その言葉に、参加者たちも安心したように頷いた。
自己紹介を終えると、お茶会が始まった。
紅茶やハーブティーを飲みながら、お菓子を囲んでゆっくりと話をする。
「この名札、とても可愛いですね」
「ありがとうございます。オーレリア様と一緒に飾りを選んだんです」
最初は緊張していた参加者たちも、次第に会話を楽しみ始めていた。
お茶会が始まって三十分ほど経った頃だった。
「……少し」
一人の少女が小さく胸に手を当てた。
顔色がわずかに青ざめていた。
セリアはすぐに席を立った。
「大丈夫ですか」
「少し息苦しくて……」
「看護師さんをお願いします」
事前に打ち合わせをしていた看護師がすぐに駆け寄る。
セリアも隣にしゃがみ込み、そっと声をかけた。
「ゆっくり呼吸しましょう。看護師さんがそばにいますから」
少女は苦しげに息をしながら、小さく頷いた。
「焦らなくて大丈夫ですよ」
看護師は少女の脈や呼吸を確認し、あらかじめ用意していた薬を使った。
背もたれに身体を預けさせ、ゆっくり呼吸を促す。
しばらくすると、少女の表情は少しずつ落ち着いていった。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「お部屋で休まれますか」
セリアが尋ねると、少女は小さく首を横に振った。
「皆さんのお話を聞いていたいです。ここにいてもいいですか」
その言葉に看護師は優しく微笑んだ。
「もちろんです」
「では、こちらへ」
看護師に支えられながら、談話室の隅に用意していた背もたれの深い椅子に移った。
無理をせず、それでも皆と同じ時間を過ごせるように。
それも事前に決めていた対応だった。
その間、オーレリアは他の参加者に穏やかに話しかけていた。
「驚かせてしまいましたね。ですが、看護師がそばにいますので大丈夫です」
一人の少女が、安心したように頷いた。
「セリア様がすぐに対応してくださったので安心しました」
少女の呼吸が落ち着いたことを確認し、セリアも席に戻った。
オーレリアが先ほど話していた庭園の花の話題に戻すと、止まっていた会話も少しずつ動き始めた。
「私、庭園でセリア様をお見かけすることがあったんです」
セリアは驚いて、その少女に目を向けた。
「でも、話しかけてもいいのか分からなくて。今日はこうしてお話しできて、とても嬉しいです」
その言葉に、セリアは嬉しそうに笑った。
「私もです。また皆さんとお話しできたら嬉しいです」
穏やかな空気が戻った頃、談話室の扉が軽く叩かれ、職員が顔を覗かせた。
「セリア様、魔塔のイクス様がお届け物をお持ちです。お通ししてもよろしいですか」
セリアが頷くと、イクスが袋を手に入ってきた。
「イクス様」
「届け物を頼まれまして。ついでに、少しだけ様子を見に来ました」
そう言って小さな袋をセリアに渡した。
「魔塔で育てているハーブを少し持ってきました。療養院の先生に確認していただいて、問題がなければ次のお茶会で使ってください」
「ありがとうございます」
「ゼイン様が、香りが穏やかで、疲れている時でも飲みやすい物を選んでくれたんですよ」
セリアは照れくさそうに少し笑った。
参加者たちは興味深そうに袋を見つめる。
「いい香りですね」
「ありがとうございます。皆さん、無理だけはしないでくださいね」
イクスは優しく声をかけ、部屋を後にした。
その後も、お茶会は穏やかな雰囲気のまま進み、予定していた時間を迎えた。
「今日はありがとうございました」
「とても楽しかったです」
「また参加したいです」
そんな声を残しながら、参加者たちは笑顔で部屋を後にしていく。最後の一人を見送ると、セリアは小さく息をついた。
「途中で少し焦ってしまいました」
オーレリアは微笑みながらテーブルの上を片付ける。
「ですが、落ち着いて対応できました。事前に準備をしていたおかげですね」
セリアも頷いた。
「はい。まだ戸惑うこともたくさんありますけど……」
オーレリアは優しく笑う。
「今日が初めてなのですから、戸惑うことがあって当然です。これから少しずつ、皆様がもっと安心して楽しめる場所にしていきましょう」
「はい。私も頑張ります」
『また参加したいです』
先ほど聞いた言葉を思い出し、セリアは笑みを浮かべた。
次は今日よりも、少しだけ過ごしやすいお茶会にしたい。
窓の外で揺れる花々を眺めながら、二人は早くも次の準備について話し始めた。




