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病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


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45/52

45.

 最後の治療を翌日に控えたその夜。

 セリアはベッドに横になり、魔塔の入館証を眺めていた。

 指先でそっと縁をなぞりながら、小さく笑みを浮かべる。


「明日で最後かぁ……」


 ぽつりと呟く。

 長い間、治ることはないと思っていた病気。

 何度も熱を出し、苦しい治療を受け、それでも少し良くなるだけだった。

 だからこそ、完治できる日が来るなんて、一度も想像したことがなかった。


 こんな日を迎えられたのはゼインのおかげだ。

 初めて会った日のことを思い出す。

 本の中の魔王様が現れたようで、思わず『魔王様』と呼ぶと、真顔で『魔王じゃない』と返された。


「ふふっ」


 セリアは少し笑った。

 ゼインを思うと、不思議と胸の奥が少しだけ温かくなった。

 けれど、その温もりはすぐに別の思いに変わる。

 治療が終われば、ゼインと定期的に会える理由はなくなる。

 ゼインも忙しい立場だ。

 きっと、これまでのように会うことはなくなるのだろう。


「もう、会えないのかな……」


 寂しさにも似た気持ちが胸を締めつけた。

 執務室で紅茶を飲んだこと。

 一緒に本を読んだこと。

 夕日を見たこと。

 少しずつ話せるようになって、ほんの少しだけ距離が縮まったような気がしていた。


「これから……どうしたらいいんだろう」


 天井を見上げ、小さく息をつく。

 また会いたい。

 そんな言葉が浮かんでは、すぐに胸の中にしまい込んだ。


(もし、会いたいですって言ったら……)


 ゼインはどんな顔をするだろう。

 困らせてしまうだろうか。

 それとも——。

 そこまで考えて、セリアは慌てて首を振った。


「はあ……」


 ため息が漏れる。

 一人で考えても答えは出ない。

 そう分かっているのに、次から次へとゼインのことばかり思い浮かんでしまう。

 窓の外では、静かな夜が更けていく。

 その夜、セリアはなかなか眠りにつくことができなかった。


◇◇◇


 翌日。

 セリアはいつものように魔塔を訪れていた。

 受付を済ませると、聞き慣れた声が背後から聞こえる。


「セリア様」


 振り返ると、イクスが笑顔で歩いてきた。


「イクス様」

「間に合ってよかったです。今日は少し忙しくて、治療には立ち会えないんです」


 少し申し訳なさそうに笑うイクスに、セリアは首を振った。


「気にしないでください」


 そして、小さく微笑む。


「今まで、本当にありがとうございました」

「いえいえ」


 イクスは照れくさそうに頭をかいた。


「僕は少しお手伝いしただけです」

「そんなことありません」


 セリアは優しく首を振る。


「イクス様がいてくださったから、安心して治療を受けられました」


 その言葉に、イクスは嬉しそうに笑った。


「そう言っていただけて嬉しいです」


 そして、いつもの明るい笑顔を浮かべる。


「また魔塔に遊びに来てください」

「はい」


 セリアも笑顔で頷いた。


「ぜひ伺います」

「約束ですよ」


 二人は笑顔で別れ、イクスは来た道を戻っていった。

 セリアは治療室に向かった。

 部屋に入ると、ゼインはすでに準備を終えていた。 


「……来たか」

「はい」

 

 いつものように治療が始まる。

 魔力が流れ、回路が少しずつ整えられていく。

 しばらくして、ゼインは静かに手を離す。


「……これで終わりだ」


 セリアはゆっくりと身体を起こした。

 身体が軽い。

 これまで当たり前だった苦しさが、どこにもない。

 本当に治ったのだと、ようやく実感した。


「ありがとうございました」


 何度頭を下げても足りないくらいだった。

 ゼインは静かに頷く。


「……紅茶でも飲むか」

「はい」


 二人は執務室に向かった。

 温かな紅茶の香りが部屋に広がる。

 向かい合って座るものの、セリアはなかなか口を開くことができなかった。

 伝えたいことはある。

 けれど、言葉がまとまらない。

 そんな様子を見ていたゼインが、小さく口を開いた。


「……どうした」


 セリアは思わず顔を上げる。


「いえ、その……」


 言葉に詰まる。

 ゼインはしばらく黙っていたが、一度カップに視線を落とし、わずかに指先に力を込めた。


「……お前は以前、言っていただろう。魔王様を『私なら一人にしない』と」


 その言葉に、セリアは目を見開いた。

 勇者物語の一場面。

 以前病室で話した、大好きな場面。


(……覚えていてくれたんだ)


 やがて、セリアはふっと笑った。


「はい」


 まっすぐゼインを見つめる。


「私は、魔王様を一人にしません」


 その言葉に、ゼインの口元がわずかに緩んだ。

 ほんの少しだけ笑ったように見えた。

 セリアもつられて笑う。

 その穏やかな空気の中、セリアはもう一度ゆっくりと口を開いた。


「だから……」


 一度だけ深呼吸をする。


「私は……ゼイン様のそばにいたいです」


 部屋が静まり返る。

 ゼインは少しだけ目を見開き、それから照れ隠しをするように視線を逸らした。

 しばらくの沈黙の後、小さく息をつく。


「……そうか。なら、これからも来ればいい」


 しばらくして、ゼインはセリアに視線を戻した。


「……俺も、その方がいい」


 短い返事だった。

 けれど、その声はどこか柔らかかった。

 セリアの胸に、温かな喜びが広がった。


 大好きだった勇者物語。

 本の中で憧れ続けた魔王様のような人に、セリアは出会った。不器用で、優しい人だった。

 二人は顔を見合わせ、静かに笑った。


 もう、魔王は一人ではない。

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