44.
三日後。
約束の時間になると、魔塔の馬車がセリアを迎えに来た。
窓の外を眺めながら、セリアは自然と笑みを浮かべる。
(……やっと図書室に行ける)
以前から気になっていた場所だった。
魔術書がたくさん並ぶ図書室。
どんな本があるのだろうと考えるだけで胸が弾む。
魔塔に到着して受付を済ませると、職員に図書室に案内された。
ゼインは急ぎの仕事を終えてから来ると聞いている。
高い本棚が整然と並び、天井近くまでぎっしりと本が収められている。
「すごい……」
思わず声が漏れた。
魔術書だけではない。
歴史書や植物図鑑、魔物について書かれた本まで、さまざまな本が並んでいる。
しばらく見渡していると、扉が開き、ゼインがやってきた。
「待たせた」
「いいえ」
セリアは嬉しそうに微笑む。
「こんなにたくさん本があると迷ってしまいます」
「ああ」
ゼインは本棚に歩み寄ると、迷いなく二冊の本を手に取った。
「これは魔術の基礎だ。こちらは魔力の流れについて書かれている。どちらも初心者向けだから読みやすい」
セリアは本を受け取り、表紙を見つめる。
「ありがとうございます」
それから自分でも本棚を見て回る。
薬草について書かれた本。
王国の歴史をまとめた本。
「これも面白そうです」
興味を引かれた本を数冊選ぶ。
ゼインはそんな様子を静かに見守っていた。
「決まりました」
「ああ」
二人は本を持って執務室に戻る。
テーブルの上に本を置き、ソファに腰を下ろした。
ゼインは少し間を空けて隣に座った。
「分からないことがあれば聞け」
「はい」
セリアは嬉しそうに頷き、本を開く。
ページをめくる音だけが静かな部屋に響いた。
しばらく読み進めたところで、セリアは顔を上げた。
「ゼイン様」
「何だ」
「魔術を勉強するなら、何から始めればいいですか」
ゼインは開いていた本に視線を落とす。
「まずは魔力の流れを理解することだ。難しい魔法を覚える必要はない。基礎ができていなければ、応用は身につかない」
セリアは何度も頷きながら話を聞く。
「この本も、そのための一冊だ」
「そうなんですね」
セリアは本の表紙を大切そうに撫でた。
少し間が空く。
ページをめくりながら、セリアは思い出したように口を開く。
「そういえば、前に言っていましたよね」
ゼインは視線を向ける。
「前魔塔主様と出会ってから、魔術が好きになったと」
「ああ」
セリアは少し嬉しそうに笑う。
「なら、お聞きしてもいいですか。ゼイン様が一番好きな魔法は何ですか」
ゼインは少しだけ考えた。
「魔法というより、魔力操作だな。同じ魔法でも、魔力の流し方一つで結果は変わる。思い通りに扱えた時は面白い」
セリアは目を輝かせる。
「本当に魔術がお好きなんですね」
「ああ」
短い返事だった。
けれど、その一言には迷いがなかった。
穏やかな空気の中、二人は再び本に視線を落とした。
しばらく本を読み進めた後、ゼインがふと顔を上げた。
「……時間は平気か」
突然の問いに、セリアは本から顔を上げる。
「はい。今日は少し遅くなるかもしれないと伝えてありますから」
「そうか」
ゼインは静かに頷いた。
「問題ないなら、慌てず読め」
その言葉に、セリアの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます」
再び本を開き、夢中になってページをめくる。
魔力の流れ。
魔術の基礎。
初めて知ることばかりで、読むたびに新しい発見があった。
分からないところがあればゼインに尋ねる。
そのたびにゼインは簡潔に答えてくれる。
説明を聞いてもう一度読み返すと、不思議なくらい内容が頭に入ってきた。
その間、ゼインは書類に目を通していた。
部屋には本や書類をめくる音だけが静かに響いていた。
穏やかな時間は、思っていた以上にあっという間だった。
窓から差し込む光が少しずつ赤みを帯び始める。
ゼインは書類を閉じ、立ち上がった。
「……そろそろ送る」
「はい」
セリアも本を閉じ、テーブルに置いた。
二人は執務室を後にした。
廊下を歩いていると、ゼインが足を止める。
大きな窓の向こうで、空が茜色に染まっていた。
西の空へ沈もうとする太陽が、魔塔の白い壁を優しく照らしている。
赤から橙へ。
橙から淡い紫へ。
幾重にも重なる空の色は、まるで一枚の絵画のようだった。
「わあ……」
セリアは思わず窓に近づく。
「とても綺麗……」
夕日に照らされた街並みは、昼間とはまるで違う表情を見せていた。
家々の屋根は金色に輝き、遠くの森まで柔らかな光に包まれている。
「イクス様から、魔塔から見る夕日は綺麗だと聞いていましたけど……」
セリアは目を輝かせた。
「想像していたより、ずっと綺麗です」
ゼインはしばらく、その笑顔を見つめていた。
やがてセリアが振り向くと、ゼインは何事もなかったように視線を窓の外に向けた。
二人は言葉を交わさないまま、しばらく夕日を眺める。
静かな時間が、ゆっくりと流れていく。
やがて太陽が遠くの森に沈み始めると、ゼインが小さく口を開いた。
「……行くか」
「はい」
セリアは名残を惜しむようにもう一度夕日を見つめ、それから笑顔で頷いた。
二人は並んで歩き出し、ゆっくりと玄関に向かった。




