43.
治療の日を迎えたセリアは、魔塔を訪れていた。
いつものように治療室に向かう足取りは軽い。
それなのに、胸の奥はどこか落ち着かなかった。
(ゼイン様に、何をお話しすればいいのかな……)
前回、自分は思ったことをそのまま口にした。
後悔はしていない。
けれど、ゼインはどんな気持ちで受け止めたのだろう。
そんなことばかり考えてしまう。
「セリア様」
聞き慣れた明るい声に顔を上げる。
「イクス様」
イクスはいつもの笑顔で手を振った。
「今日は僕も立ち会います。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
挨拶を交わしながら、イクスは部屋の奥に視線を向ける。
そこには、治療の準備をしているゼインの姿があった。
イクスはゼインに視線を向けた後、セリアと見比べるように目を細めた。
「……何かありました?」
「いえ、何でもありません」
イクスは治療室に流れる微妙な空気を感じ取り、小さく苦笑した。
その時、ゼインが振り返る。
「来たか」
「はい」
短いやり取りだけで、会話は途切れてしまった。
セリアもゼインも、何を話せばいいのか分からない。
静かな空気が部屋を包む。
「では、始める」
治療は驚くほど順調に進んだ。
処置を終え、魔力回路の状態を確認したゼインは小さく頷いた。
「詰まりは、ほとんどなくなっている」
セリアは思わず身を乗り出す。
「本当ですか?」
「ああ」
ゼインは穏やかに答える。
「この調子なら、次が最後になる」
「本当に……!」
セリアの顔いっぱいに笑顔が広がる。
「ありがとうございます」
その嬉しそうな表情を見て、ゼインの口元もわずかに緩んだ。
「良かったですね、セリア様!」
イクスが嬉しそうに手を叩く。
「この後一緒に紅茶でも飲みましょう。あと一回なんですから。今日はお祝いってことで!」
その言葉に、セリアも笑顔で頷いた。
三人は執務室に移動する。
紅茶が運ばれると、治療室にあった緊張も少しずつ解けていった。
「そういえば」
イクスがカップを置きながら尋ねる。
「治ったら、何かやりたいことはあるんですか?」
セリアは少し照れたように笑った。
「実は……魔術を勉強したいと思っているんです」
イクスは目を丸くした。
「おお、それはいいですね」
「私もいつか誰かの力になれるようになりたくて」
そう話すセリアを見て、ゼインは静かに耳を傾けていた。
イクスはそんな二人の様子を眺めていた。
二人の視線が自然に合ったのを見届けると、安心したように小さく笑う。
「そうだ」
イクスは立ち上がった。
「少し確認することがあるので、席を外しますね。お二人はそのまま紅茶をどうぞ」
そう言って部屋を出ていく。
静かになった執務室には、セリアとゼインだけが残された。
◇◇◇
湯気の立つ紅茶を前に、二人はしばらく言葉を交わさない。
穏やかな時間だった。
けれど、どこか少しだけ落ち着かない。
セリアは意を決して口を開く。
「あの、この前は——」
「魔術を習いたいと言ったな」
二人の言葉が重なった。
「あ……はい」
ゼインは静かに問いかける。
「本格的に学ぶのは初めてか」
「はい」
セリアは頷いた。
「本を読むのは好きなんですけど、魔術をきちんと勉強したことはありません」
「そうか」
短い返事だったが、その声はどこか柔らかい。
セリアはふと思い出す。
「そういえば、前にイクス様に図書室を案内してもらいました。初心者向けの本もあると」
「ああ。初歩的なものから専門書まで揃っている」
セリアは目を輝かせた。
「一度、見てみたいです。読むだけでも勉強になりそうです」
ゼインは少し考えるように視線を落とす。
手帳を取り出すと、静かに予定を確認した。
「……三日後なら時間がある」
「え?」
思わず聞き返す。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
それから意味が分かると、セリアの表情がぱっと明るくなる。
「案内する」
「本当ですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑うセリアを見て、ゼインもわずかに口元を緩めた。
穏やかな時間はあっという間に過ぎていく。
やがて帰る時間になり、セリアは立ち上がった。
「今日はありがとうございました」
小さく頭を下げ、部屋を出ようとする。
「セリア」
名前を呼ばれ、振り返った。
ゼインは少しだけ言葉を探すように間を置く。
「……この前は、ありがとう」
その一言に、セリアは少し驚いたように目を見開いた。
けれど、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「いえ、私は思ったことを、そのままお伝えしただけです」
そう答えると、ゼインも静かに頷く。
セリアはもう一度頭を下げ、執務室を後にした。
閉まった扉を見つめながら、ゼインは小さく息をつく。
胸の奥に残っていた重さが、少しだけ和らいだ気がした。




