41.
ゼインから過去の話を聞いた翌日。
セリアは自室の窓辺に座り、庭を眺めていた。
(ゼイン様……)
思い出すのは、あの時の言葉だった。
『もう慣れた』と、何でもないことのように話していた。
その言葉に『慣れることなんてない』と返したこと。
(あんなことを言ってしまったけど……)
今でも間違っていたとは思わない。
傷ついた過去は、なかったことにはならない。
だからこそ、我慢してほしくなかった。
けれど、言葉を伝えただけで、すべてが変わるわけではない。
(私も、ゼイン様みたいになりたい)
誰かを助けられる人に。
誰かに寄り添える人に。
自然とそんな思いが浮かんでいた。
病気が治ったら、魔術を勉強したい。
ゼインのように人を治療することは難しいかもしれない。
それでも、魔術を学べば誰かの役に立てる日が来るかもしれない。
けれど、それは病気が治ってからの話だ。
セリアは小さく苦笑した。
(今の私にもできること……)
考えながら、療養院での日々を思い返す。
診察を待つ間、静かに本を読んでいる人。
庭を歩きながら空を見上げている人。
皆、それぞれ不安を抱えながら毎日を過ごしていた。
(少しでも、病気のことを忘れて過ごせる時間があれば……)
その時、以前オーレリアと療養院で過ごした時のことを思い出す。
「お茶会……」
思わず声に出す。
病気のことを忘れて、好きなことを話しながらお茶を飲む。そんな時間があれば、少しだけでも心が軽くなるのではないだろうか。
「でも……」
セリアは困ったように首を傾げた。
「お茶会を開くには、どうすればいいんだろう」
考えているうちに、一人の顔が浮かぶ。
「そうでした」
二日後には、オーレリアと会う約束をしていた。
「オーレリア様に相談してみよう」
そう決めると、少しだけ胸が弾んだ。
◇◇◇
二日後。
セリアは公爵家を訪れていた。
応接室に案内されると、オーレリアが穏やかな笑みを浮かべて迎えてくれる。
「お待ちしていました、セリア様」
「今日はお招きいただいて、ありがとうございます」
挨拶を交わすと、オーレリアはほっとしたように微笑んだ。
「お手紙ではお元気だと伺っていましたけれど……」
一度言葉を切り、優しく続ける。
「こうしてお顔を見られて安心しました」
フレディの一件があったばかりだ。
直接元気な姿を確認できたことで、本当に安心したのだろう。
「ご心配をおかけしました」
セリアは申し訳なさそうに頭を下げた。
「もう大丈夫です」
「それを聞いて安心しました」
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
それから最近読んだ本や、退院後に庭を歩いた時のことなど、他愛のない話をしながら穏やかな時間を過ごした。
紅茶を一口飲んだところで、セリアは姿勢を正す。
「オーレリア様」
「はい」
「今日は、一つご相談したいことがあるんです」
オーレリアは静かに耳を傾ける。
「私……ゼイン様のように、誰かの力になれる人になりたいんです」
少し照れたように笑う。
「だから、今の私にもできることはないか考えていて……」
セリアは先日思いついたことを話し始めた。
診察を待つ患者たちのこと。
不安そうな表情をしている人たちのこと。
少しでも笑顔になれる時間があればと思ったこと。
「許可をいただけたら、療養院でお茶会を開いてみたいんです」
そう言うと、少し困ったように笑う。
「でも、私は開いたことがなくて……どうすればいいのか分からないんです」
話し終えると、オーレリアは柔らかく微笑んだ。
「とても素敵なお考えですね」
その一言だけで、セリアの表情が明るくなる。
「私もお手伝いします」
「本当ですか?」
「もちろんです」
オーレリアは優しく頷いた。
「お茶会の準備も一緒に考えましょう。それから、療養院にお話をする時もご一緒します。一人で説明するより、その方が安心でしょう?」
セリアは嬉しそうに何度も頷いた。
「ありがとうございます。でも……」
少しだけ自信なさそうに笑う。
「ゼイン様みたいには、なれないかもしれません」
すると、オーレリアは静かに首を横へ振った。
「お兄様のようになる必要はありません」
セリアは目を丸くする。
「お兄様には、お兄様にしかできないことがあります。そして、セリア様にも、セリア様にしかできないことがあります」
その言葉は、とても優しかった。
セリアは胸の奥が温かくなるのを感じる。
「……はい」
自然と笑顔がこぼれた。
誰かの笑顔のためにできることを思い浮かべながら、セリアは期待に胸を膨らませていた。




