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病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


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40/52

40.

 治療を終えると、ゼインは器具を片付けながらセリアに視線を向けた。


「……少し時間はあるか」

「はい」


 セリアは頷いた。

 ゼインに案内され、二人は魔塔の執務室に向かう。

 向かい合ってに腰を下ろしたものの、ゼインはすぐには話し始めなかった。

 午後の日差しが、机の上に静かに差し込んでいる。


「この前のことだが——」

「ごめんなさい」


 セリアが小さく頭を下げる。

 ゼインはわずかに目を見開いた。


「私のせいで……ゼイン様があんな風に言われてしまって」


 ゼインは静かに首を振る。


「お前が気にすることじゃない」

「でも……」

「気にする必要はない」


 短く言い切ると、ゼインは少しだけ視線を落とした。


「……ああいうことは、昔からあった」


 そう口にしたものの、それ以上は続けず、静かに目を閉じる。

 脳裏に浮かんだのは、馬車の中で涙を流していたセリアの姿だった。

 あの涙を見た時、不思議と昔を思い出した。

 幼い頃のオーレリア。

 兄が嫌なことを言われるたび、オーレリアは決まって悔しそうに泣いていた。

 何度も『気にしなくていい』と伝えた。

 それでも涙は止まらなかった。


 だが、セリアの涙は少し違っていた。

 オーレリアと同じように、自分のために涙を流してくれた。そのことが、どうしても心に残っていた。

 だからだろうか。

 今まで誰にも話そうと思わなかったことを、話してもいいと思えた。


 ゼインはゆっくりと口を開く。


「十歳くらいだった」


 セリアは黙って耳を傾ける。


「家庭教師が付き、本格的に魔術を学び始めた頃だ。子ども同士で集まる機会も多かった」


 ゼインは懐かしむように遠くを見る。


「今日はこんな魔法を覚えた。昨日より上手くなった。そんなことを見せ合っていた」


 少しだけ口元が緩む。


「最初は皆、すごいと言っていた」


 だが、その笑みはすぐに消えた。


「成長するにつれて、差は開いていった。誰も俺には勝てなくなった……次第に距離を置かれるようになった」


 静かな声だった。

 感情を押し殺したような、淡々とした語り口だった。


「十二歳の時、前魔塔主に出会った。魔塔へ来ないかと言われた」

「前魔塔主様……」


 セリアが思わず呟く。

 ゼインはセリアに視線を向け、静かに頷いた。


「それから、前魔塔主のもとに通うようになった。専門的な魔術書を読むのは面白かった。知らない魔法を学ぶことも、魔力を研究することも。……気づけば魔術そのものが好きになっていた」


 ゼインは小さく笑う。


「その頃には、周りはますます俺を恐れるようになっていた。それでも構わなかった」

「……」

「家族もいた。前魔塔主もいた。俺自身を見てくれる人はいたからな」


 少し間を置き、続ける。


「自分にとって大切な者が理解してくれていれば、それで十分だ。周りが何を言おうと、気にしないようになった。それに……もう慣れた」


 その言葉に、セリアはぎゅっと手を握り締める。


「そんなこと……言わないでください」


 ゼインは視線を向ける。


「傷つけられることに、本当に慣れることなんてないと思います」


 セリアの瞳には涙が浮かんでいた。


「うまく言えないんですけど……」


 少し考えるように俯く。


「十歳や十二歳だった頃のゼイン様の心は……」


 ゆっくりと顔を上げる。


「今も、泣いている気がするんです」


 ゼインは息をのんだ。


「傷ついたことは、なくならないと思います。だから……」


 セリアは優しく微笑む。


「我慢しないでください」


 部屋は静まり返った。

 ゼインは何も言えなかった。

 返す言葉が見つからなかった。

 やがてセリアは返事を求めることなく、静かに立ち上がった。


「今日は、お話ししてくださってありがとうございます」


 小さく頭を下げ、部屋を後にする。

 扉が閉まり、部屋には再び静寂が戻った。

 ゼインは一人、ソファに背をあずける。


「……慣れることなんてない」


 セリアの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。

 慣れた。

 そう思っていた。

 そう思い込んでいた。

 だが——。

 十歳の頃の自分は、本当に笑えていただろうか。

 初めて、そんなことを考えた。

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