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病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


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 ようやく会える。

 その思いだけが、フレディの足を前に進ませていた。

 領地を抜け出した後、フレディは生まれて初めて乗合馬車に乗り、王都を目指した。

 見知らぬ人々と肩を並べ、慣れない揺れに身を任せる時間は決して快適ではなかった。

 それでも構わない。

 頭の中にあるのは、セリアのことだけだった。


 ちゃんと話をすれば、きっと分かってくれる。

 だから、一刻も早く会わなければならない。

 もうすぐだ。

 もうすぐセリアに会える。

 王都の賑やかな通りを抜け、療養院に続く一本道を歩いていると、その先に一台の馬車が止まっているのが見えた。

 子爵家の紋章。


(セリアだ)


 胸が大きく高鳴る。

 どうして馬車が止まっているのか。

 そんなことは考えもしなかった。

 セリアに会える。

 その思いだけを胸に、フレディは馬車に向かって駆け出した。


◇◇◇


 街道脇に止められた馬車の中では、セリアとゼインが静かに待っていた。

 フレディが療養院に向かうのであれば、この道を通る。

 護衛からの報告をもとに、ゼインがそう判断したのだ。

 馬車から少し離れた場所では、イクスと公爵家の護衛たちが周囲を警戒している。

 通信魔道具を手にしたイクスが、小さく頷いた。


「来ます」


 ゼインは短く頷き、馬車の外に視線を向けた。

 やがて、街道の先にフレディが現れる。

 迷うことなく、真っ直ぐこちらに向かってきていた。


◇◇◇


 馬車に向かって駆け出していたフレディは、不意に足を止めた。

 馬車から一人の青年が降りてきたからだ。

 フレディには、その金色の瞳がひどく冷たく見えた。


「……ゼイン様」


 思わず声が漏れる。

 なぜ、ここにいる。

 その姿を見た瞬間、脳裏にあの日の出来事が蘇る。

 アーモンド入りの焼き菓子をセリアに食べさせた時。

 突然襲ってきた圧倒的な魔力。

 怪我こそなかったものの、身体が突然宙に浮き、壁まで吹き飛ばされた。

 『それは優しさではない』

 静かな声だった。

 怒鳴りもしない。

 それなのに、あれほどの恐怖を感じたことはなかった。

 無意識のうちに一歩後ずさる。


「どうして、お前がここにいる……」


 ゼインは何も答えず、ただ静かにフレディを見つめていた。

 その視線を受けただけで、喉の奥がひどく乾いた。

 フレディは思わず顔を歪める。


「来るな……化け物……!」


 震える声で吐き捨てた。

 その言葉に、ゼインの表情は微動だにしなかった。

 その時だった。


「やめてください」


 凛とした声が響く。

 セリアが馬車から降り、ゼインの隣に並んだ。

 フレディは目を見開いた。


「セリア……?」


 目の前の少女は、以前とは違っていた。

 頬には血色が戻り、足元もふらついていない。

 誰かに支えられることなく、自分の足で立っている。

 そして何より。

 以前なら自分を見るだけで困ったように笑っていたセリアが、今は真っ直ぐ自分を見つめ返していた。

 その瞳はもう、怯えて逸らされることはなかった。

 フレディは言葉を失う。


(……どうして)


 こんなセリアは知らない。

 自分の知っているセリアは、もっと弱くて、もっと守ってあげなければならない存在だった。

 フレディの視線が、元気になったセリアの姿を戸惑うように上下する。


「……戸惑ったか」


 静かな声が響く。

 ゼインだった。


「違う!」


 フレディは反射的に叫ぶ。


「違わない」


 短い一言だった。

 それだけで、フレディの肩がびくりと震える。


「僕は……僕はただ、セリアを——」

「なら」


 ゼインはセリアへ一瞬だけ視線を向ける。


「なぜ、戸惑った」


 返事はなかった。

 言葉が出ない。

 否定したい。

 だが、胸の奥では別の声が響いていた。

 ——確かに戸惑った。

 目の前のセリアは、自分の知るセリアとは違って見えたから。

 ゼインはそれ以上何も言わなかった。

 沈黙だけが、フレディの胸に重くのしかかる。

 フレディは俯いたまま動かなかった。

 やがて、ゼインは静かに視線を外した。


「イクス」

「はい」


 離れた場所で待機していたイクスとともに歩み寄った護衛たちが、フレディとセリアの間に立った。


「そこをどけ!」


 フレディが無理に押し通ろうとした瞬間、両腕を押さえられた。


「離せ!」


 暴れようとしても、護衛たちはびくともしない。

 イクスは穏やかな表情のまま告げる。


「申し訳ありませんが、おとなしくしていただきます」


 フレディはなおもセリアに手を伸ばした。


「セリア! 僕は君と話が——」


 セリアは静かに一歩下がる。

 二人の距離は、それ以上縮まることはなかった。

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