37.
退院から十日後の健診の日。
セリアは母とともに馬車に乗り込んだ。
窓の外に目を向けながら、小さく息をつく。
「緊張していますか?」
向かいに座る母が優しく尋ねる。
「……少しだけ」
セリアは苦笑を浮かべた。
数日前、公爵家から帰ったその夜。
父から呼ばれたセリアは、応接室でバーク侯爵から届いた知らせを聞かされた。
領地にいるはずのフレディが、王都に向かっていること。
そして、セリアのもとに現れる可能性があること。
「健診の日を変更してもらって、外出を控えることもできる」
父はそう言って、セリアの返事を待ってくれた。
しばらく考えた末、セリアは静かに首を横に振った。
「そのままで構いません」
「本当にいいのか?」
「はい」
「……わかった。対策を考えよう」
逃げても、また同じことの繰り返しになる。
それに今回は、一人ではない。
バーク侯爵はすぐにキャンベル公爵家にも連絡を入れ、オーレリアは兄であるゼインにも事情を伝えてくれた。
セリアを心配して、すぐ手紙も届いた。
さらに今日は、公爵家の護衛たちが目立たないよう周囲を見守ってくれているという。
皆が自分を守ろうとしてくれている。
だからこそ、自分も逃げずに向き合おうと思えた。
「大丈夫ですよ、お母様」
そう微笑むと、母も安心したように微笑み返した。
馬車は静かに療養院に向かって進んでいく。
◇◇◇
その頃、魔塔。
執務室に置かれた通信魔道具が淡く光を放った。
ゼインが魔力を流すと、護衛の声が響く。
『ゼイン様、ご報告いたします。フレディ様が先ほど王都の門を通過しました。現在も監視を続けています』
「分かった。そのまま監視を続けろ」
通信が切れると、ゼインは隣にいたイクスに視線を向けた。
「セリアは?」
イクスも通信魔道具を手に取り、セリアに付いている護衛に確認する。
ほどなく返事が届いた。
『セリア様は予定どおり療養院に向かわれています。間もなく到着される見込みです』
「予定どおりですね」
「ああ」
ゼインは黒いローブを羽織る。
「療養院に向かう」
「はい」
二人はすぐに魔塔を後にした。
◇◇◇
療養院に到着したセリアは、主治医の診察室を訪れていた。
「その後、体調はいかがですか?」
「熱も出ていませんし、息苦しくなることもありません」
主治医は魔力の流れを丁寧に確認し、満足そうに頷く。
「順調ですね。特に問題はありません」
その言葉に、セリアも母もほっと表情を緩めた。
「次回の健診は二週間後にしましょう」
「はい。よろしくお願いします」
診察を終え、二人が診察室を出る。
「あっ」
廊下の先に、黒いローブ姿のゼインが立っていた。
「ゼイン様」
「終わったか」
その隣ではイクスが笑顔で手を振る。
「こんにちは」
「こんにちは、イクス様、ゼイン様」
セリアが挨拶を返すと、ゼインは静かに口を開いた。
「フレディがこちらに向かっている」
その一言で、場の空気が引き締まる。
セリアは小さく息をのみ、それでも真っ直ぐゼインを見つめた。
「……そうですか」
「ここには他の患者もいる。話をするなら、別の場所に移る」
ゼインは周囲に目を向ける。
「療養院の外に出よう」
セリアも母も、静かに頷いた。
玄関に向かうと、子爵家の馬車が待機している。
ゼインはイクスに視線を向けた。
「俺が同行する」
「分かりました」
イクスは頷く。
「僕と護衛は少し離れてついて行きます。何かあれば、すぐ駆けつけます」
「ああ」
セリアが馬車に向かおうとしたところで、母がそっと手を握った。
「セリア……」
その表情には隠しきれない不安が浮かんでいる。
セリアは母まで危険に巻き込みたくなかった。
「心配しないでください、お母様」
「でも……」
セリアは優しく微笑み返した。
「ゼイン様も、イクス様も、公爵家の皆さんもいてくださいます」
母はしばらく娘の顔を見つめる。
やがて、小さく頷いた。
「……ええ。あなたを信じます」
セリアも嬉しそうに頷くと、馬車に乗り込んだ。
ゼインも向かいの席に腰を下ろす。
馬車が静かに走り始める。
窓の外を眺めながら、セリアは無意識に膝の上で手を握りしめていた。
その様子に気付いたゼインが静かに口を開く。
「緊張しているな」
「……少しだけ」
セリアは照れくさそうに笑う。
「やっぱり、怖くないと言ったら嘘になります」
ゼインは短く頷いた。
「それでいい」
セリアが顔を上げる。
「無理に平静を装う必要はない」
金色の瞳が真っ直ぐセリアを見つめた。
「……俺がいる」
その一言だけだった。
けれど、不思議と胸の奥の緊張が少しずつ和らいでいく。
セリアは自然と笑みを浮かべた。
「……はい」
その返事を聞き、ゼインは窓の外に視線を移した
馬車は王都の通りを抜け目的の場所に進んでいく。




