36.
数日前。
セリアが外泊を終え、療養院に戻った翌日、フレディは領地に到着した。荷物を部屋に運び終えたフレディは、すぐに従者を呼んだ。
「一つ頼みがある」
「はい」
「セリアのことを調べてきてほしい」
従者は少し驚いたような表情を見せる。
「セリア様、ですか」
「ああ」
フレディは頷いた。
「僕がキャンベル公爵家に行った時、療養院にいるはずのセリアがいたんだ。その理由を調べてきてほしい」
「承知いたしました」
従者は一礼し、部屋を後にした。
◇◇◇
「久しぶりだね、フレディ」
翌朝、領地の視察に向かう前に声を掛けてきたのは、従兄弟のマークだった。
二歳年下だが、幼い頃から何度も顔を合わせている。
「ああ」
「今日は一緒に回ろう」
二人は護衛を連れ、領内を歩き始めた。
しばらくすると、一人の農民が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「フレディ様、マーク様」
深々と頭を下げた。
「畑の作物に病が出てしまいまして……」
案内された畑では、一部の作物が変色し始めていた。
農家の主人は肩を落とす。
「このままでは収穫が大きく減ってしまいます」
フレディは畑を一通り見渡した。
「分かった」
迷うことなく口を開く。
「収穫できた作物は侯爵家で買い取る。足りない分についても補償しよう」
農民は目を見開いた。
「ほ、本当でございますか」
「ああ」
「生活に困ることはない」
「ありがとうございます」
農民は安堵したように頭を下げた。
けれど畑へ向けた視線には、不安が残っていた。
フレディはお礼を言われたことに満足そうに頷く。
(これで解決だ)
◇◇◇
翌日。
フレディは屋敷で書類に目を通していた。
一方、マークは朝から再び農家に向かっていた。
「まだ調べる必要があるのか?」
思わず尋ねると、マークは振り返る。
「もちろん」
「補償は決まっただろう」
「それは今年の話だよ」
そう言うと、そのまま歩いて行ってしまった。
数日が過ぎた。
マークは毎日のように畑を回り、農民たちの話を聞いていた。
病が出た時期。
雨の量。
土の状態。
一つ一つ確認している。
マークは畑の土を確かめながら言った。
「原因は排水の悪さかもしれません」
その様子を見ていた領民たちは、困ったことがあると自然とマークに声を掛けるようになっていた。
「マーク様、少しよろしいでしょうか」
「こちらも見ていただけますか」
そんな光景を、フレディは少し離れた場所から眺めていた。
(僕もいるのに……)
歓迎されていないわけではない。
挨拶もされる。
けれど、相談を持ちかけられるのはいつもマークだった。
夕方。
庭を歩いていると、マークが声を掛けてきた。
「少し話そうか」
二人は並んで歩き始める。
しばらく沈黙が続いた後、マークが静かに口を開いた。
「フレディ」
「何だ」
「君は、どうして僕がこの領地に来ていると思う?」
「父上が勉強のために呼んだんだろう」
「……そう」
マークは頷いた。
「じゃあ、何を勉強するためだと思う?」
フレディは答えに詰まる。
「領地経営だ」
「それだけじゃない」
マークは真っ直ぐ前を見たまま続けた。
「領民が何に困っているのか。どうすれば来年も安心して暮らせるのか。そのために、僕は畑を回っている」
フレディは黙って聞いていた。
「補償をすることは悪いことじゃない。でも、それだけじゃ終わらない」
マークはゆっくり振り返る。
「君は、領民の生活をもっと真剣に考えた方がいい」
その言葉に、何も返すことができなかった。
◇◇◇
屋敷に戻ってからも、マークの言葉が頭から離れなかった。
領民たちは皆、マークを頼っていた。
何か困ったことがあればマークのもとに向かう。
この場所にいると、自分の足りないものを見せつけられているようで落ち着かなかった。
そんな時、部屋の扉が叩かれた。
「失礼いたします」
調査に向かっていた従者だった。
「分かったことがございます」
フレディは顔を上げる。
「フレディ様が王都を離れた後、セリア様は無事に退院されたそうです」
その一言で、先ほどまでの重たい気持ちが少しだけ軽くなる。
「本当か」
元気になったのだ。
そのことに安堵すると同時に、会いたいという気持ちが強くなる。
「それと、ホワイト子爵家の出入りを調べたところ、数日後に療養院に向かわれる予定だと分かりました」
フレディは迷うことなく頷いた。
「分かった。僕も療養院に行こう」
「ですが、旦那様の許可がなければ……」
「父上には後で僕から話す」
セリアの様子を、この目で確かめたい。
それだけだ。
そう自分に言い聞かせるように窓の外に目を向けた。
胸の奥に残る、あの居心地の悪さから目を逸らすように。




