35.
翌日。
セリアは公爵家を訪れていた。
「ようこそお越しくださいました」
出迎えてくれた使用人に案内され、庭園に向かった。
「わあ……」
色とりどりの花々が咲き誇り、手入れの行き届いた木々が並ぶ。中央には噴水があり、水音が心地よく響いていた。
「素敵なお庭ですね」
「ありがとうございます」
使用人は微笑み、東屋に案内する。
そこではオーレリアが穏やかな笑みを浮かべて待っていた。
「セリア様」
「オーレリア様」
二人は笑顔で挨拶を交わす。
席に着き、紅茶が運ばれてくると、セリアは持ってきた小さな包みを差し出した。
「あの……これを」
「私にですか?」
「はい。以前いただいた栞のお礼です」
オーレリアは包みを開き、中から現れたブックカバーを見て目を細めた。
「素敵ですね」
指先でそっとブックカバーの表面をなでる。
「ちょうど新しいものが欲しいと思っていたんです」
「本当ですか?」
「ええ。大切に使わせていただきます」
そう言って嬉しそうに微笑む姿に、セリアも自然と笑顔になった。
「昨日は魔塔へ行かれたそうですね」
「はい」
その言葉をきっかけに、セリアは昨日の出来事を楽しそうに話し始める。
高くそびえる魔塔。
たくさんの魔術書が並ぶ図書室。
最上階から見えた王都の景色。
そして——。
「思わず『魔王様が魔塔に住んでいるみたいですね』って言ってしまって」
オーレリアは思わず吹き出した。
「お兄様は何と?」
「『魔王じゃない』って」
二人は顔を見合わせて笑う。
「お兄様らしいですね」
ひとしきり笑った後、セリアは紅茶に視線を落とした。楽しそうだった表情が、少しだけ迷うようなものに変わった。
「あの……」
「どうかなさいましたか?」
「一つ、お聞きしてもいいですか」
「もちろんです」
セリアは少しだけためらってから口を開いた。
「昨日、魔塔の研究者の方が、ゼイン様は昔もっと近寄りがたかったと話しているのを聞いてしまって……」
オーレリアは静かに耳を傾ける。
「それに、以前、療養院でゼイン様を『怖かった』と話しているのを聞いたこともあって」
セリアは困ったように笑った。
「でも、私にはそう思えなくて……」
オーレリアは少しだけ目を伏せた。
「お兄様は昔から変わっていません」
静かな声だった。
「子どもの頃から、人よりずっと多くの魔力を持っていました」
ゆっくりと言葉を続ける。
「その力を恐れて、周りの方が距離を置くようになったんです。話しかけようとしても、相手の方が先に目を逸らしてしまうことが多かったんです」
セリアは黙って聞いていた。
「お兄様は誰かを傷つけたわけでも、怒鳴ったわけでもありません。それでも、皆さん、お兄様の力を怖がってしまったんです」
庭園を吹き抜ける風が、二人の間を静かに通り過ぎる。
「寂しかったのではないかと思います。けれど、お兄様は何も話してくださらなかったので、本当の気持ちは私にも分かりません」
オーレリアは少し寂しそうに微笑んだ。
「そうだったんですね……」
小さく呟くことしかできなかった。
ゼインは誰かを傷つけたわけではない。
ただ、生まれ持った強すぎる力のせいで、周りが距離を置いてしまった。
ゼインの言葉を思い出す。
『……わかる』
ゼインは短くそう答えただけだった。
けれど、今なら少しだけ分かる気がした。
あの一言には、ゼイン自身の想いも込められていたのかもしれない。
勇者物語の一場面が頭に浮かんだ。
魔王城に迷い込んだ小鳥や小動物たち。
しばらくすると森に帰っていく。
一人残された魔王は、少しだけ寂しそうに見えた。
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
(ゼイン様も、寂しい思いをしていたんだ……)
そっとカップを両手で包み込む。
(私に、何かできることはあるのかな)
その答えはまだ分からない。
それでも、自然とそんなことを考えていた。
オーレリアはそんなセリアを見つめ、ふっと柔らかく笑う。
「でも」
セリアが顔を上げる。
「セリア様がお兄様のことを、怖い方だと決めつけずにいてくださって嬉しいです」
「私が……ですか?」
「ええ、ありがとうございます」
セリアは少し照れたように笑った。
オーレリアは何かを思うように、柔らかな笑みを浮かべた。
◇◇◇
その頃、バーク侯爵家の執務室では、通信魔道具が淡い光を放っていた。
「私だ」
魔道具に魔力を流すと、慌てた声が響いた。
『旦那様、大変です!』
「何があった」
『フレディ様が……』
侯爵は通信の向こうの焦った声に、眉を寄せた。




