34.
六回目の治療を終えると、ゼインはセリアの状態を確かめ、静かに頷いた。
「順調だな。魔力の流れもかなり良くなっている。滞留もほとんどなくなった」
治療を終えたばかりだというのに、体の重さはほとんど感じなかった。
「この調子なら予定通りだ」
「はい……!」
セリアの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます、ゼイン様」
「礼を言うのはまだ早い」
そう言いながらも、以前よりもわずかに表情が和らいでいた。
◇◇◇
セリアがお礼を渡したいと申し出ると、三人はゼインの執務室へ移動した。
セリアは抱えていた包みを両手で差し出す。
「あの……これを」
「?」
「ゼイン様にお渡ししたくて……」
ゼインは包みを見つめる。
「気にする必要はない」
やはりそう言われた。
セリアが少し困ったように笑うと、隣のイクスも肩をすくめる。
「ほらね、やっぱり」
二人は思わず顔を見合わせ、くすっと笑った。
ゼインは意味が分からないというように、わずかに眉を寄せた。
「……何だ」
「いえ」
セリアは笑顔で首を振った。
「受け取ってもらえるだけで嬉しいです」
少しだけ間を置いて、ゼインは包みを受け取る。
中には紅茶の缶と、小さな焼き菓子が入っていた。
その様子を見たイクスが満足そうに頷いた。
「じゃあ、せっかくですし早速いただいてもいいですか」
「もちろんです」
イクスは包みを受け取ると、紅茶を淹れるため部屋を出ていった。
静かになった部屋で、セリアは興味深そうに室内を見回した。本棚にはぎっしりと本が並び、大きな机の上には書類が整然と積まれている。
「ゼイン様は、いつもここでお仕事をされているんですね」
「ああ」
「こんなに高い場所へ来たのは初めてです。魔塔って、勇者物語にもよく出てくるんです」
嬉しそうに笑う。
「だから来られて、とても嬉しかったです」
そして少しだけ首を傾げる。
「こうして見ると……」
ゼインを見つめた。
「魔王様が魔塔に住んでいるみたいですね」
ゼインは小さく息をつく。
「魔王じゃない」
「ふふっ」
そのやり取りに、部屋の空気が少し和らぐ。
ちょうどその時、イクスが紅茶と焼き菓子を運んできた。
「お待たせしました」
部屋いっぱいに茶葉の優しい香りが広がる。
イクスは早速焼き菓子を一つ手に取り、嬉しそうに頬張った。
ゼインはカップを手に取り、一口飲んだ。
セリアは落ち着かない気持ちで、その様子を見守った。
「……美味い」
その一言を聞いた瞬間、セリアはほっと胸をなで下ろした。
(よかった)
気に入ってもらえた。
それだけで十分嬉しかった。
帰る時間になると、イクスが立ち上がった。
「では、下までお送りします」
ゼインは席を立たないまま二人を見た。
「また来週だ」
「はい。また来週お願いします」
セリアは嬉しそうに頭を下げた。
◇◇◇
部屋を出ると、最上階の大きな窓の前で、セリアはもう一度足を止めた。
「やっぱりきれいですね……」
夕暮れにはまだ少し早い。
それでも王都を見渡せる景色は十分に美しかった。
その時、廊下の向こうから資料を抱えた二人の研究者が歩いてきた。
二人は話しながらセリアたちの後ろを通っていく。
「この研究報告、今日初めてゼイン様へ直接お持ちするんですけど……やっぱり緊張します」
若い研究者が資料を抱え直しながら言った。
隣の年配の研究者が苦笑した。
「最初はみんなそうだ」
「昔はもっと近寄りがたい方だったと聞きました」
「あの方は変わっていないさ。変わったのは、我々の方だ」
二人はそのまま歩いて行き、やがて廊下の奥へ姿を消した。
セリアは思わずイクスを見上げる。
「今のお話って……」
イクスは一瞬だけ視線を伏せた。
すぐには答えず、少し考えるように間を置く。
「……詳しいことは、僕の口からは言えません」
それ以上は何も言わない。
どこか話題を変えるように、穏やかに促した。
「さあ、行きましょう」
「……はい」
セリアは頷き、イクスとともに歩き出した。
けれど、先ほど聞いた言葉が頭から離れない。
(ゼイン様は、昔どんなふうに過ごしていたんだろう)
セリアは一度だけ、ゼインの執務室の扉を振り返った。




