33.
六回目の治療の日。
母と侍女に付き添われ、セリアは魔塔の前に立っていた。
二人には、治療が終わるまで一階の待合室で待ってもらうことになっている。
「これが……魔塔」
思わず見上げる。
青空に届きそうなほど高くそびえる白い塔。
壁面には魔法陣を模した美しい装飾が施され、陽の光を受けて淡く輝いていた。
「すごい……」
魔術師たちの憧れであり、王国最高の魔術師が集う場所。
その建物が今、目の前にあった。
「セリア様!」
聞き慣れた明るい声が響く。
振り向くと、入口でイクスが手を振っていた。
「イクス様」
「お待ちしていました」
いつもの人懐っこい笑顔を浮かべながら近づいてくる。
「ようこそ、魔塔へ」
「今日はよろしくお願いします」
セリアが頭を下げると、イクスもにこりと笑った。
「こちらこそ。まずは中をご案内しますね」
重厚な扉をくぐると、ひんやりとした空気が頬をなでた。
広々としたロビーには多くの魔術師たちが行き交っている。ローブ姿の者もいれば、資料を抱えて足早に歩く者もいる。
「皆さん、お忙しそうですね」
「研究中だったり、依頼を受けていたりしますからね」
イクスは歩きながら説明を続ける。
「一階から三階までは、受付で手続きをすれば見学できます」
「そうなんですか?」
「ええ。魔術に興味がある方なら見学できますよ」
廊下には魔道具がいくつも展示されていた。
小さな人形が机の上を歩き、積まれた紙を一枚ずつ運んでいる。
「可愛い……」
セリアは足を止め、一つひとつ興味深そうに眺めた。
「これも魔法で動いているんですか?」
「そうですよ」
イクスは笑いながら頷く。
「展示品なので触れませんけどね」
「見ているだけでも楽しいです」
そんなセリアを見て、イクスも嬉しそうに微笑んだ。
◇◇◇
魔力で動く昇降台に乗り、三階に向かった。
大きな扉の向こうには図書室が広がっていた。
「わあ……」
天井まで届くほど高い本棚が何列も並び、ぎっしりと本が収められている。
「すごいですね……」
「魔塔自慢の図書室です」
イクスは少し誇らしげだった。
「ただ、普通の本はあまり多くありません」
「そうなんですか?」
「ほとんどが魔術書や研究資料ですね」
セリアは本棚を眺めた。
難しそうな題名ばかりだった。
それでも目は輝いていた。
「読んでみたいです」
「え?」
「難しくて全部は分からないと思いますけど……」
セリアは少し照れながら笑う。
「魔術のこと、もっと知りたいですから」
イクスは思わず笑ってしまう。
「セリア様らしいですね」
「ふふ」
「こちらに置かれている本なら、自由に読んでいただけますよ。初心者向けの本もあります」
「本当ですか?」
「もちろんです」
その言葉だけで、また魔塔に来る楽しみが一つ増えた。
◇◇◇
さらに上へ向かう昇降台の前で、イクスが足を止めた。
「ここから先は関係者だけが入れる区域です」
扉の横には小さな魔法陣が描かれている。
「入館証を使います」
イクスが自分のプレートをかざすと、魔法陣が淡く光った。カチリ、と静かな音がして扉が開いた。
「セリア様もどうぞ」
少し緊張しながら、セリアは首から下げた入館証を取り出した。
魔法陣に近づける。淡い光が広がり、再び鍵の外れる音が響いた。
「開きました……! 私の入館証でも、ここから先に入れるんですね」
「入館証には、治療日だけ通れるよう登録されています」
「そうなんですね。いつでも入れるのかと思ってしまいました」
セリアが少し恥ずかしそうに笑うと、イクスも笑った。
◇◇◇
昇降台で最上階まで上がり、治療室に向かって廊下を歩いていると、大きな窓が見えてきた。
「わあ……!」
窓の向こうには王都の街並みが一望できた。
遠くまで続く街並み。
城壁。
人々が行き交う通り。
すべてが小さく見える。
「こんなに高いんですね……」
「魔塔は王都で一番高い建物ですから」
セリアはしばらく景色に見入っていた。
「きれい……」
「夕日もすごくきれいなんですよ」
イクスが窓の外を見ながら言う。
「空が真っ赤に染まって、この街全体が夕日に包まれるんです」
「見てみたいです」
自然と笑みがこぼれた。
「もう少し遅い時間までいられる日には、見られるかもしれませんね。——そろそろ時間ですね」
イクスに案内され、二人は治療室に向かった。
扉を開けると、室内には治療用のベッドや魔法陣が整えられている。
ほどなくして、ゼインが部屋に入ってきた。
「来たか」
「ゼイン様」
セリアは嬉しそうに頭を下げた。
「案内は終わったか」
「はい。とても楽しかったです」
その言葉に、ゼインは小さく頷いた。
「そうか」
短い一言だったが、その声音はどこか柔らかかった。
「では、始める」
治療が終わったら、あの紅茶を渡そう。
そう考えながら、セリアは治療用のベッドに腰を下ろした。




