32.
退院してから数日が過ぎた。
セリアは屋敷で穏やかな日々を過ごしていた。
朝は庭を散歩し、昼はお気に入りの本を読む。
疲れを感じれば部屋で休むようにはしているが、以前のように、一日のほとんどをベッドで過ごすことは少なくなっていた。
「お嬢様、お手紙が届いております」
午後、使用人が一通の封筒を持ってきた。
「ありがとう」
差出人を見て、セリアはぱっと表情を明るくする。
「イクス様からだ!」
嬉しそうに封を開ける。
中には丁寧に折り畳まれた手紙と、小さな金属製のプレートが入っていた。
「わあ……」
思わず声が漏れた。
銀色のプレートには、細かな魔法陣が美しく刻まれていた。中央には魔塔の紋章が刻印されており、光を受けて淡く輝いている。
裏面には《来訪者用入館証》と小さく文字が刻まれていた。
「すごい……」
そっと手に取り、いろいろな角度から眺める。
「かっこいい……!」
思わず頬が緩んだ。
隣で見ていた母が優しく笑う。
「そんなに嬉しいの?」
「もちろんです!」
セリアは目を輝かせながら頷く。
「これ、魔塔の入館証みたいです!」
もう一度プレートを見つめる。
勇者物語にも登場する魔塔。
そこに自分が行くことになるなんて、少し前までは想像もしていなかった。
母も手紙に目を向ける。
「何と書いてあるの?」
セリアは手紙を読み上げた。
『セリア様
お元気でしょうか。
予定どおり、三日後の午後から魔塔で治療を行います。
初めて来られる場所ですので、治療の前に館内を少しご案内できればと思っています。当日は入口でお待ちしております。
雷が落ちたり、怖い魔術師ばかりいたりする場所ではありませんので、ご安心ください。
お会いできるのを楽しみにしています。
イクス』
「ふふ、案内までしてもらえるんですね」
「イクス様らしいわね」
母は微笑んだ。
そして、ふと思いついたように言った。
「せっかくですし、お礼を買いに行きましょうか」
「お礼ですか?」
「ええ。ゼイン様にもイクス様にも、いろいろお世話になったでしょう?」
セリアは少し考えたあと、嬉しそうに続けた。
「ゼイン様には紅茶を贈りたいです」
「紅茶?」
「イクス様が、お仕事ばかりであまり休まないって言っていましたから。休憩の時に飲んでいただけたら嬉しいなって」
母は優しく頷いた。
「きっと喜んでくださるわ」
「それと……」
セリアは少し照れながら笑った。
「オーレリア様にも何か贈りたいんです」
「以前いただいた栞のお礼?」
「はい。ずっと本を読む時に使っているので、何かお返しがしたくて」
「それなら街に行きましょう」
◇◇◇
王都の街は今日も多くの人で賑わっていた。
石畳の道を歩きながら、セリアはあちこちに視線を向けた。
「あのお店も素敵ですね。新しいお菓子屋さんでしょうか」
歩くだけでも楽しい。
以前なら、体力のことを考えて長居はできなかった。けれど今は違う。
(また来られるものね)
そう思えることが何より嬉しかった。
最初に立ち寄ったのは紅茶専門店だった。
店内には様々な茶葉の香りが広がっていた。
「どれがいいでしょう……」
セリアは真剣な表情で並ぶ缶を見つめた。
「仕事の合間に飲まれるなら、こちらはいかがでしょう」
店員が香りのよい紅茶を勧めてくれた。
母と相談しながら選び、小さな焼き菓子も一緒に包んでもらった。
「これなら喜んでもらえるかな」
大切そうに箱を受け取る。
その後は本屋に向かった。
店内を歩いていると、美しい花模様のブックカバーが目に留まった。
「これ……」
落ち着いた色合いで、オーレリアによく似合いそうだった。
「素敵です。これなら使ってもらえるでしょうか」
「ええ。オーレリア様もきっと喜ばれるわ」
母に見せると、微笑んでくれた。
買い物を終えた後は、可愛らしい雑貨屋にも立ち寄った。
色とりどりの小物が並ぶ店内を見ているだけで心が弾む。
「また今度、ゆっくり見に来たいです」
「ええ、いつでも来られるわ」
母の言葉に、セリアは嬉しそうに笑った。
◇◇◇
屋敷に戻ると、セリアは机の前に座り、入館証を両手で大切そうに持った。
「魔塔かぁ……早く行ってみたいな」
紅茶を渡した時、ゼインは何と言うだろう。
きっと『気にするな』と短く答えるのだろうと思うと、セリアはくすりと笑った。
魔塔を訪れる日が、今まで以上に待ち遠しくなった。




